パンデミック禍での犯罪
「そうか、じゃあ、泥棒に入ったというわけだね?」
「ええ、そうです。学校の中に入ると、真っ暗でした。しかも、ちょうど学校が閉鎖になってから、少ししてからのことだったので、学校内は、誰もいませんでした。ちょうど、空き巣が飲み屋街で流行っていると聞いたので、衝動的になったのも、その意識があったからでしょうね」
と片桐は言った。
「ということは、君が忍び込んだというのは、まだ、緊急事態宣言中だったということかな?」
と刑事がいうので、
「ええ、そうです。あの頃は、まだ表に誰もおらず、暗くなってしまうと、まず表を歩いている人などいませんからね。本当にゴーストタウンを歩いているようで、ムラムラとおかしな気分になったのも、言い訳のようですが、それはそれで仕方のないことだったと思います」
と言った。
刑事はそれを聞いて、
「ということは、君が殺したという人は、まだ学校の用務員だったということかな?」
と言われ、
「ええ、そうですよ。まさか、用務員がいたなんて思いもしなかったので、ビックリしました」
という、
「あの用務員さんは、住み込みだったようで、あそこに住んでいたんだよ」
と刑事がいうと、
「そうなんですか? 昔ならいざ知らず、今住み込みで用務員をやっている人がいるという意識はなかったですね。もっとも、無意識だったので、後から感じたことだったんですけどね」
と、片桐は言った。
「片桐さんは、殺したというのは、その時ではなかったんですね?」
と刑事がいうと、
「ええ、違います。だいぶ経ってからですね」
という。
確かに、緊急事態宣言中であれば、5月か6月ということになる。検死報告としては、死亡推定は、
「10月頃だ」
ということであった。
三か月か四カ月の開きがあるということは何を意味しているのだろう?
「用務員の仕事は、校長先生の話では、7月くらいに解雇になっていて、遅くとも、8月くらいには、学校を退去したような話だったんだけど、となると、あの人は退去した学校に現れたということになるんですよ」
と刑事は言った。
「そうなんですか? 私はてっきり、あの人はまだあそこで用務員をしていると思っていましたよ」
という。
「そうだったんだ。だが、なぜ君は、あの人と関わるようになったんだい?」
と、刑事は大方分かっていたが、とりあえず聞いてみた。
「私は、あの人に泥棒に入ったのを見つかったんですよ。それで、私も一気に目が覚めたような気がして、持ち前の気の弱さから、平謝りしかしなかったんですね。ごめんなさいと連呼していた気がします」
という。
「この男を見る限り、その通りなんだろう」「
と刑事は思った。
「じゃあ、用務員が、この男の弱みに付け込んで何かをしようとしたということなのか?」
と思ったが、何しろ泥棒をしようとしたくらいの相手である、脅迫などしても、何にもならないのは、分かり切っていることであろう。
「君は、見つかって平謝りをしたんだね? 彼は許してくれたかい?」
と聞かれ、
「何とも言えない表情をしていました。許すとも許さないとも言わず、じっと黙って私を見下ろすんです」
というので、
「そうか、難しいところだったんだろうな?」
と刑事がいうと、
「ええ、そう思います」
と、片桐はいうのだった。
「ところで、君は、用務員に捕まったわけだよね? それで、相手の男はどうしたんだ?」
と聞かれて、
「ええ、最初は、どうしようかというような感じだったようですが、こっちの目が覚めてから、完全に我に返ったのを見て、豹変したようです。最初はにっこりと笑っていたんですが、そのうちに、表情が明らかに妖艶な笑みに変わり、いかにも、何かを企んでいるかのようになったんです。それを見て、私は、たまらなくなりました」
と、言って怯えるように、身体を震わせて、ゾッとした様子を見せたのだ。
片桐がそういうと、少し、会話が途切れた。刑事も何を言おうか考えているようだった。
そして、少ししてから、
「じゃあ、その用務員が、君を脅してきたということかい? しかし、君だって、金がないわけだろう? 脅したって、お金が手に入るわけではないだろうに」
と刑事がいうと、
「はい、そうなんです。だから余計に私の方も怖くなったんですよ。何をさせられるのか、見当もつきませんからね」
と片桐はいう。
「その日は、じゃあ、つき出されることとかもなかったわけだね?」
「ええ、証拠は握っているからと言われ、連絡先などを聞かれたので、完全に相手の言いなりになっているというところです」
「じゃあ、相手は君に連絡先は教えていないというわけだね?」
「ええ、知りません。どこの誰かも分からないという感じですね」
「連絡は相手から一方的だということかい?」
「ええ、そうです。ケイタイもレンタルのようだったので、番号も毎回違っているような感じですね」
と片桐はそう言って、
「手の打ちようがない」
とばかりに、しょげていたのだ。
「なるほど、それにしても、一用務員の立場で、よくそんな悪知恵が働くものだな」
と刑事がいうと、
「ひょっとすると、バックに誰かいたのかも知れませんね。私が今回自首してきたのも、その気持ちがあったからなんです」ssz
という。
「どういうことだい?」
「相手にもし、バックがいれば、そいつらから、私が犯人だと分かってしまうだろうから、警察の捜査が入る前に、私が殺されてしまうのが怖かったんです。警察であれば、安心だと思って自首してきたんです」
という。
なるほど、男のいうのも分かる気がする、確かに、こんな大それたことを一人の男が、ただの用務員が考えるはずもない。片桐という男のいうのも、分かる気がすると考えていた。
だが、実際に自首してくるということは、勇気もいることで、本当に怖がっているのだろうと思えたのだ。
自首するということは、何かをさせられ、そこでトラブルになったことで、事件が起こったのだろう。
刑事はそれを考えると、
「ところで、君は、その用務員から、何をさせられようとしたんだい?」
と聞かれて、
「はい、私にもう一度同じことをしろというのです」
と片桐が言った。
「どういうことだ?」
と刑事が聞くと、
「もう一度、泥棒に入れということなんです。聞いてみると、その用務員さんも、私と同じように、学校からリストラされたというではないですか。私と立場は同じなんですよ。しかも、その復讐がしたいということだったので、私に、もう一度、泥棒に入ってほしいというんです。そして、その時には、警備y防犯カメラは切っておくからということでした」
というのを聞いて刑事は、
「なるほど、そういうことなんだな、君も彼の気持ちが分かるから、弱みを握られていることもあって、協力する気になったということだな?」
と、刑事はいうのだった。
「もちろん、それだけではないですよ。何か、あの人に同情的なところがあったんだと思います、でも、それは、自分が悪いことをしなければいけなくなったことで、その免罪符として、自分がそう思い込むことで、結果的に同情的になったんじゃないかって感じるんですよ」
というのだ。
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次