パンデミック禍での犯罪
「そうだけど、君は、鮫島さんのことが何か気になったのかい?」
と校長は聞いた。
普通であれば、担任にまず相談し、担任に伴われてこちらにくるのが 本当なのだろうが、それにも関わらず、本人が直接、校長室に来たということは、それなりに、何か言いたいことがあったのだろう。
「鮫島さんは、2カ月前に学校をやめさせられたと聞きましたが、何か理由があったんですか?」
と、いきなり、核心を突く質問をしてきたのには、さすがに校長もビックリした。
しかし、この件に関しては、
「大人の回答」
をするしかない。
「これは、学校と、本人との間の雇用契約の問題なので、他人に話すわけにはいかないんだ。それくらいは、君にだって分かるだろう?」
と言ったが、
「そう、まさにその通りなんだ」
と校長は、自分に言い聞かせた。
ただ、そんなことは、彼女も百も承知ではないだろうか?
なぜなら、意を決して、担任を通さずにわざわざ校長室に、先ほどのような緊張感を持ってやってくるのだから、当然、いろいろなことを考えてのことであろう。
それをすべてわかっていて、いまさらの質問をしてくるのだから、何か他に考えがあってのことにしか思えないのだった。
校長は、そんな彼女を見つめながら、
「この子は、鮫島さんとどういう関係なんだろうか?」
と考えてしまった。
「あの真面目で目立たない鮫島さんが、まさか、生徒に手を出すわけもないし、かといって、目の前に鎮座し、モジモジしている彼女が、老人を誘惑するようなこともないとしか思えない。しかも、お金が絡んでくるならまだしも、用務員の鮫島さんが、そんなお金を持っているわけはない。そうなると、私の知らない感情が二人の間にあったということなのだろうか?」
と、まるで、
「二人には男女の関係があった」
と言わんばかりの発想にしかならないのであった。
それを何とか打ち消しながら、校長は、大人の対応をするしかなかった。
「鶴崎君は、どうして、そんなに鮫島さんのことが気になるんだい?」
と聞かれた純子は、
「私、最近はなくなったんですけど、以前、クラスで苛めのようなものにあっていて、鮫島さんに相談していたんです。一度、学校の裏庭に咲いている花をぼんやりと見ていた私を気にかけてくれた鮫島さんが話しかけてくれたんですね。その時にアドバイスを貰ったことで、別に私が何かをしたわけではないのに、それからぱったりと苛めはなくなったんです。それから、鮫島さんとお話するようになって、よく用務員室に遊びに行ったりもしていたんですが、急にお辞めになったので、私も気にはなっていたんです。それで、今日あんな形で再会するとは思っていなかったので、ビックリしたんですよ」
と言った。
なるほど、悩み相談に乗っていたのだとすれば、校長も納得がいく。二人に対して抱いた思いに、
「失礼なことをした」
と、心で詫びたのだった。
「そうなんだね。用務員の鮫島さんは、よく相談に乗ってくれたかい?」
と校長が聞くと、
「ええ、よく話を聞いてくれました。わしには何もできないけどって言いながらだったんですが、私はとにかく聞いてくれるだけで気が楽だったんです」
という。
「でも、それだったら、担任の先生だったいるんじゃない?」
と校長がいうと、今の今までオドオドとしていた目が、急に座ったかのようになって、
「それができるくらいなら、最初からやっています。学校の先生なんて、しょせん口では何とでもいうけど、いざとなったら逃げだすし、すぐに長いものには巻かれてしまうんですよ」
と強い口調で言った。
校長も、
「まさか、ここまで急変貌するとは?」
と思い、
「そんなに担任に相談したくなかったのかい?」
というと、純子は、それまでの鬱憤を一気に晴らすかのように、
「ええ、そうですよ。私が苛められているのを知っているくせに、見て見ぬふりをするんだから、たちが悪いなんてものじゃないわ」
というではないか。
さすがにそれを聞いて校長も黙っているわけにはいかない。
「えっ、担任も知っているのに? それじゃあ、見殺しにされたも同然じゃないか? そんなバカなことが」
というと、
「ええ、そんなバカなことなのよ。私が苛められているところに遭遇し、私が眼で先生に助けてって訴えているのに、そそくさとその場を去ったんですよ。私の目をちゃんと見ているのにですよ。だから、苛めっ子たちも、いうんです。お前は先生から見捨てられたんだってですね。これがどれほど私を傷つける行為だったのか、それなら最初から私を見なければよかったって思うと、先生も同罪にしか思えなかったんですよ」
と彼女は必死で訴えた。
この変貌ぶりにはさすがに驚いた校長だったが、
「鮫島さんにもこんな口調で言ったのだろうか?」
と思いながら、
「鮫島さんは、優しかったですか?」
と聞いてみた。
これは自分が、今かなり叱責されるように聞いたことが、
「彼女の冷静さを失った中での暴言なのか?」
ということを、考えさせるからではないかと思ったからである。
ただ、彼女の目を見ている限り、少し目が血走っているようには見えるが、冷静さを失っていないように思うのは、
「これが彼女の性格なのではないか?」
ということであった。
まわりから、舐められないようにするために。虚勢を張るという行動に出るのは、誰もにありえることであろうが、それを必死になっているように見せるというのは、ある意味、いじめられっ子に特有の能力の一つではないだろうか?
「自分の本心を知られないようにするため」
というテクニックは、いじめられっ子には、人それぞれではありながら、備わっているものだと思うのだった。
その感情は、誰にも持てるものではなかった。校長と言っても一人の人間。実は校長も、子供の頃、いじめられっ子だったのだ。
当時というと、まだ、昭和の頃だったこともあって、今と苛めの性質は違っていた。
今のように、
「何かイラつく」
というような、理由にもなっていない理由からの苛めではなかった。
「苛められる人には、苛められるだけのそれなりの理由があったのだ」
ということであった。
苛めに遭うというのは、昔は。文字通り、
「苛められるには、その人に原因があった」
といってもいいだろう。
校長にも思い当たる節はあった。
「私は子供の頃から勉強が苦手だった。小学校三年生くらいまでは、まったく勉強ができずに、落ちこぼれていた。しかし、四年生になると、急に覚醒したとでも言っていいのか、ちょっとしたきっかけから、それまで分からなかった問題が解けたのだ。その調子で他の問題も面白いように解けたことで、成績もうなぎのぼりだった」
と思い返していた。
さらに問題はそこから後だった。
それを今度はまわりにひけらかすようになったのだ。
「俺は偉いんだ」
と言わんばかりになり、自分が分かる問題を他の人が分からないと、
「何で分からないんだ?」
作品名:パンデミック禍での犯罪 作家名:森本晃次