パンドラの殺人
だが、せっかく今までうまく隠しきれていたのに、先代が死んでしまえば、いくら坂下弁護士と相模氏が頑張ろうとも、効き目はない。
「弱肉強食の世界、お金が必要だ」
ということで、丸め込むには、
「遺産を分けてやるのが一番」
だったのだ。
「老いらくの恋」
という言葉があるが、まさに、先代は、一人の娘に恋をした。その相手が、和子だったのだ。
元々、長男の許嫁のようなものであったが、先代は、きれいに育った和子に、昔の初恋の娘を見たのだった。
先代が、今までの人生で、
「この秘密は墓場まで持っていこう」
と思ったのだとすれば、このことだったのだ。
だから、これがバレては、世間体も悪いし、厳格な先代は、
「死んでも死にきれない」
と思ったのだろう。
しかも、自分に輪をかけて潔癖症の長男が、そんなことを知れば、何をするか分からないということになるだろう。
先代とすれば、
「和子か、清秀のどちらかには死んでもらうしかない」
という気持ちを持ったようだ。
しかも、それは、自分が死んでからのことだった。
相当悩んだことだろう。
和子に対しては、禁を破ってまでも、好きになったことで、愛してしまった相手。本来なら、自分のこの手で殺したいくらいの相手である。
「心中ということになるか」
と先代は呟いたことだろう。
ただ、
「殺すくらいに悩んでいる相手であるのだから、最初からあきらめることもできたのかも知れない」
と思ったのは、余命いくばくもない命の中で、相当気が弱っていたからであろう。
そうなると、もう後は、息子に死んでもらうしかない。
ただ、これも手塩にかけて、後継者として育ててきた相手ではないか。いくら、次男がいるからとはいえ、次男では、まだまだ心もとない。坂下弁護士や、相模氏がいるから、しばらくは大丈夫だろうが、二人がある程度の年になってくると、あてにならなくなってしまう。
その時になって、次男が、会社の屋台骨を背負えるだろうか?
そんなことを考えていると、にっちもさっちもいかなくなり。頭の中が混乱してくるのだった。
もちろ、すべてを知っている坂下弁護士や相模氏にも相談をした。
しかし、先代のいうように、
「どちらか二人のうちの一人を葬る」
というのは、あまりにも突出した考えで、奇抜すぎると思ったが、それ以外に、
「いったいどうすればいいのか?」
ということを考えると、先がまったく見えてこないのであった。
それが、まだ、先代の存命時代のことであった。
だが、先代も、ただ、
「自分の妾」
というだけのことで、遺産を譲ることにしたのだろうか?
「まさか、彼女は、柳沢家に関係の深い人なのかも知れない」
ということも考えられる。
もっと言えば、
「遺産相続に値するだけの血縁?」
ということになれば、近親相姦という問題もはらんでくる。
先代は、厳格ではあったが、近親相姦に関しては、さほどこだわりはない。だから、
「この秘密は墓場まで持っていこう」
という考えの元に、誰にも悟られないようにしていたのではないだろうか?
和子に対しても、最初は、強引だったのかも知れないが、次第に彼女も先代を受け入れるようになった。それを、
「女の性」
ということで片付けられるのか、和子自身にも分かっていなかっただろう。
では、和子の旦那である、清秀を殺したのは誰だろう?
清秀は、どこからか、和子が先代と関係があることを知った。そして密かに和子のことを探らせると、自分との関係が、
「近親相姦である」
ということまで知るに至ったといってもいいだろう。
そんな中において、遺産相続の問題が持ち上がった。しかも、先代は自殺だったというではないか?
「余命も分かっているのに、何ゆえ、そんなに死に急ぐというのか?」
と考えた。
厳格なところは、実によく似通っている自分と先代だったので、
「余命宣告を受けた時は、最初はショックだったようだが、開き直ると、今までできなかったことをすると思えたのだと、本人が言っていた」
「ああ、あの先代ならそうだろうな。俺だってそうだろうから」
と考えたのだった。
そして出た結論は、
「和子に対しての罪滅ぼしのようなものもあったのかも知れない」
ということと、
「何か、誰かに死ななければならないことを吹き込まれたのかも知れない」
ということであった。
さすがに死が近づいている先代が自殺をするくらいなので、口では開き直ったことをいいながら、精神的には相当にもろかったのだろう。
「ひょっとすると、近親相姦に当たるということを、その時に知ったのかも?」
遺言書を作った時には、和子を、自分の妾にしてしまったことに対しての罪の意識と、息子に悪いという気持ちから、財産をたくさん分けてやるという単純な思いだっただろうが、まさか、彼女が近親者だったということを思い知らされると、すっかり気弱になっているところだったので、自殺も衝動的だったのかも知れない。
「では、先代に、和子のことを話したのは誰だというのだろう?」
そのことも、捜査が進むにつれて分かってきた。
それは、次男の嫁の聡子だった。
彼女は、和子を脅して、すっかり自分の味方に引き入れた上で、旦那の悪口を吹き込み、さらに決定的なこととして、近親者であることを告げたのだろう。もちろん、先代に密告したのも聡子だった。
遺産の分け前に預かれなければ、どうしようもないということで、先代には、ギリギリまで何も言わなかったのだ。
そこで、余命から考えて、遺言書を書き換える暇がないところで、近親相姦を打ち明けた。
ひょっとすると、自殺も考えにあったのかも知れない。
罪の意識はなかった。
「どうせ、すぐに死ぬんだから」
という思いである。
そして、和子にも同じことを言った。
和子とは、旦那が自分をどう思っているのか、いつも疑心暗鬼であった。元々口数の少ない旦那だったが、最近では、特に何も言わなかったのだ。
そんな旦那に対して、
「ストレスのほとんどを費やしている。このままだと、私は孤立してしまう」
と、先代が自殺したことも、自分の責任だと思い込んでいて、悩みに悩んでいたところに、聡子からの余計な忠告だった。
自分の身の上を知り、愕然となった和子は、最初は、心中するくらいのつもりで、旦那を殺したのだった。
これは、聡子だけの計画ではない。途中から、共犯者がいた。それが、かすみだったのだ。
かすみは、遺産の分け前が少ないことを、聡子にほのめかされ、
「長男がいなくなれば、分け前は多くなる」
ということで、
「自分の手を下さなくても、精神的に。兄嫁を追い詰めればいいのよ」
といっていた。
聡子はそのために、単身海外にいる、かすみを一度訪ねたのだ。
そして、かずみは手紙にて、聡子の思惑通りに追い詰めることになった。この時代の手紙の効力は結構なもので、相当なショックを与えられたであろう。
さらに、和子の性格からして、その手紙を取っておくことはせずに、すぐに処分することも分かっていた。
となると、かすみの関わった証拠は残らない。