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パンドラの殺人

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 そもそも、時代的には、昭和恐慌のあたりから、日本では、慢性的なモノ不足、さらには、不況が襲ってきていた。
 追い打ちをかけたのが、東北地方における、凶作だったのだ。
 その時は、農村の悲惨さはすごいもので、
「娘を売らないと、その日の食事も手に入らない」
 というほどだったという。
 したがって、娘を遊郭に売るための、
「売買ルート」
 や、
「相談所」
 などのポスターが電柱などに貼られているという時代であった。
 その食糧事情問題と、外交、いわゆる、安全保障問題から起こった、
「満州事変」
 によって、日本は、最終的には、
「国際連盟脱退」
 ということになり、世界から孤立する形になった。
 そうなってしまっては、国内の資源が致命的に不足している日本だったが、満州の荒れた地方に、優良な資源を求めるのは無理だった。あくまでも、満州では人口問題だけで、資源に関しては新たな場所を求めるしかなかった。
 それが、中国大陸に対しての、、シナ事変であり、さらに、それに対して列強による、油や鉄などというものの、輸出制限だという、
「経済制裁」
 だったのだ。
 そこで、ある程度の条件を出して、日本に譲歩を言ってきたが、当時中国戦線が拡大しているところで、連戦連勝状態だったので、そんな進言に従うわけもなく、和平工作もうまくいかなかった。
 さらに列強は、経済制裁を強める。
「石油、鉄くずなどの全面輸出禁止」
 という結構ひどいものであった。
 しかし、それにも関わらず、ここで日本は、本格的に資源獲得のために、今のベトナムあたりの、フランス領インドシナ、つまりは、仏印と呼ばれるところに軍を進駐させるしかなかったのだ。
 そのため、アメリカと一触即発になった。
 ただ、かねてより、イギリスから、
「欧州戦線に、参戦してくれないか?」
 と言われていたアメリカは、大統領の一存では戦争はできなかった。
 何と言っても、他の国に関わることは、アメリカの伝統的な、
「モンロー主義」
 というものに逆らうことで、国民が許さなかったからだ。
 だから、国民が納得がいくようにするために、日本を利用し、
「日本が先に手を出したから、戦争を始める」
 ということを世論に植え付けようとし、日本を追い詰めて、先に攻撃させるというやり方に矛先を変えた。
 要するに、イギリスとの約束通り、ドイツに宣戦布告するために、同盟国である、日本への宣戦布告をする必要があるということであった。
 ただ、思ったよりも、日本軍は強く、最初は苦戦したが、最期は何とか、
「本土無差別爆撃」
「二発の原爆投下」
「和平仲介をもくろんでいた相手国であるソ連による、満州侵略」
 ということが重なっての。やっと、戦争終結を覚悟した
 それが、第二次世界大戦における、その中で日本が戦った、
「大東亜戦争」
 というものであった。
 そんな波乱万丈な歴史の中で、廃墟となった日本の大都市では、何とか生き残った人と、進駐軍による不幸が行われた。
 民衆も大いに混乱したことだろう。この間まで、
「万世一系の天皇陛下の国である、日本を死守するのだ」
 といっていたものが、爆弾は降ってこないが、そのかわり、住居、衣類、食料と言った、
「衣食住」
 のすべてがなくなってしまったのである。
 そんな時代も、すべては、
「ほしがりません、勝つまでは」
 という標語があったように、
「日本は必ず勝ち、それによって、困窮から抜け出すことができるので、それまでは、ひもじくても貧しくても、戦争完遂に向けて、国民一人一人が頑張る」
 ということだった。
 しかし、政府が言っていた、
「必勝」
 というものが、崩れたのだ。
 いわゆる、日本という国の、今までの対外戦争における、
「不敗神話」
 が崩れたのだ。
 それまで、
「日清戦争」
「日露戦争」
「第一次世界大戦」
 という三つの大きな戦争を勝ち続けてきた。
 しかも、今中国に侵攻し、日本人を虐殺する中国を懲らしめているということに、
「日本こそが、勧善懲悪の国なんだ」
 という名目で、国民が、
「そんな二音民族の誇りを持って、欧米列強から、アジアを守っている」
 という、戦争の大義名分である、
「欧米列強の支配から、東アジアを解放し、自分たちだけで、大東亜共栄圏というものを確立し、独立地帯を作る」
 ということで、戦争の名称を、
「大東亜戦争」
 と閣議決定された。
 戦争が終わると、戦勝国側にとっては、もはや容認できない戦争の大義名分であった。
 したがって、
「大東亜戦争」
 という表現は、
「言ってはならない」
 ということになり、日本が、サンフランシスコ平和条約にて、完全独立するまで、とりあえずということで、
「太平洋戦争」
 という言葉を使うように、GHQから言われたのだ。
 しかし、実際に独立しても、なぜか、いまだに、
「太平洋戦争」
 といっているのはなぜなのだろうか?
 まるで、アメリカの腰ぎんちゃくとなってしまった。今の我が国を象徴しているようなものではないか?
 日米安保からこっち、日本はアメリカの属国に成り下がり、今までやってきた。
 沖縄を始めとする米軍基地からひどい目に遭っても、
「日本国のため」
 ということで、地元民は泣き寝入りではないか。
 しかも、朝鮮、ベトナムと大きな戦争を背景に、元々日本を非武装国にしたはずなのに、結果、警察予備隊から、自衛隊へという、
「中途半端な軍隊」
 を作らざるを得なくなってしまったのだった。
 憲法がある以上、このままでは、本当に、
「中途半端な軍隊」
 である。
 近隣諸国の安全が脅かされている、令和の時代では、本当に見直す時がきたのではないかと、やっと政府も重い腰を上げたということである。
 ただ、どう決まろうが、今までの経緯から、ただでは済まないことは分かり切っている。
 それを思うと、これからの日本がどうなるか? 難しい問題であろう。
 ただ、戦後のあの混乱を乗り越えて、一度は奇跡的な経済復興をしてきた日本である。できないことはないであろう。
 そんな時代において、まず、大きな問題として、
「ハイパーインフレ」
 というものがあった。かつてのドイツでも起こったように、
「お金はあっても、モノがない」
 という時代である。
 当然、価格は天文学的に上昇し、貨幣価値などあってないようなものだった。
 そこで政府が考えたのが、
「新円の発行」
 であった。
「今までの貨幣を使えないようにし、新たに発行する円を新しいお金にしよう」
 というもので、いくらたくさんお金を持っていても、両替できる金銭には上限が設けられた。したがって、お金を持っていた人が損をするというような感じだといってもいいだろう。
 経済背策にある、中世における
「徳政令」
 や、今の時代における、
「民事再生法」
 に通じるもので、それらは、一種の、
「債権放棄」
 という強力な薬によって、一つの企業を救おうというものだが、新円の切り替えは、それを国家単位でやろうというものだった。
 当然大混乱となり、それまでの特権階級、つまり、爵位などというのは、紙切れよりも、薄っぺらいものとなった。
作品名:パンドラの殺人 作家名:森本晃次