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パンドラの殺人

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 遺言があるということは、その子供たちの分配が違っているというのも分かっていたので、自分に関して以外のところで、割合的には、ほぼ想定内だったのだった。
 しかし、だからと言って、和子は、
「こんな遺言、信じられない」
 というようなことはなかった。
 正直、何となく分かっていたような気がするというのが、本音だっただろう。
 しかし、このタイミングでこの遺言はきつかった。もっとも、旦那が生きていたとしても、そこに何らかの歪みがあるだろうと思っているのだ。
 ただ、和子が考えているのは、
「なんて、中途半端な遺言なのだろう?」
 と思った。
 そして次に考えたのは、
「これの裏の遺言でもあるんじゃないだろうか?」
 ということであった。
 まさかとは思うが、表の遺言を出しておいて、その経過によって、法的に生きるべき本当の遺言書を後から提示するという。まさかの、
「逆サプライズ」
 という遺言書が隠れているのかも知れないと思った。
 もしそうであれば、これほど欺瞞に満ちたことはない。
「その時の状況によって、遺言書をいくつもパターンを作っていたのかも知れない」
 と思うと、
「これは、兄の清秀が亡くなった時のバージョンなのではないか?」
 と思い、そこに、故人の思惑があり、それによって、今、まさに相続対象者が翻弄されているということではないだろうか?
 そのことは、和子には分かっていた。和子自身、
「あの人の考えそうなことだ」
 と思っていたからだ。
 ただ、それ以外にも似たようなことを感じている人がいた。それが、かすみだったのだ。
 かすみとしては、
「どうせ、縁が切れる家族で、もう今回のように、一堂に会することはないだろうな」
 と思っていた。
 もし、あったとしても、それはきっと、
「誰かの葬儀か何かだろうな」
 としか思わない。
 だが、実際に分かっていたこととはいえ、
「この生まれ育った家族と、本当に縁がきれると思って、一堂に会した家族を見ると、まるで他人事のようにしか見えてこないんだよな」
 というのが、かすみの考えだった。
 かすみも、実家を出てから、夫の暴力。さらには、夫の失業と、まったくもってついてない状況が続いたことで、かなり逞しくなったようだ。
 そのおかげで、やっと自分の家族を他人事のように見えるようになったのだった。
 自分の家族を他人事のように見れるというのも、本当にいいことなのかどうか、正直分からない。
 だが、そうやって見てみると、以前、つまり生前の父親と、それを囲むような家族の関係が、思っていたよりも小さなものだったということに気が付いた。
 しかも、その小さな中に、ところどころ、誰も見ることができないスペースがあり、まるで、それを開けるということは、見てはいけない、
「パンドラの匣」
 を開けるようなものではないか?
「パンドラの匣」
 というのは、昔のギリシャ神話に出てきたパンドーラの伝説である。
 パンドーラというのは、ギリシャ神話では、
「人類最初の女性」
 とされている。
 他の神話や宗教の経典などでは、男女はほぼ一緒に生まれてことになっているが、ギリシャ神話は、珍しかった。
 そもそも、神(ゼウス)は、人間界に、
「争いの元になる」
 ということで、火というものを伝えなかった。
 しかし、そのせいで生活が困難である人類を気の毒に思ったプロメテウスが、人類に火を送る。そうすると、人類では争いがおこり、プロメテウスと人類に、バツを与えることにした。
 人類には、
「パンドーラ」
 という女性を遣わし、災いを起こさせるために、持たせた箱が、
「パンドラの匣」
 というわけである。
 その箱を開けると、人間界に、ありとあらゆる禍が飛び出すというものであったが、これはいわゆる、
「見るなのタブー」
 と言われるものの法則の一つであった。
 いわゆる、
「見てはいけない」
 と言われているものを開けたり見たりすると、おとぎ話なので、どうなったのか? を考えるとおのずと分かってくるというものだ。
 たとえば、
「つるの恩返し」
「浦島太郎」
 その他、日本のおとぎ話でもあるし、または、聖書においても、
「ソドムとゴモラ」
 でも、
「決して振り返ってはいけない」
 というのに、音に驚いて振り返ってしまったために、砂になってしまったという話である。
 パンドラの匣も、
「決して開けてはいけない」
 と言われていたのを、開けてしまったことで禍が襲った。
 しかし、これは、他の話とは違うものである。他の話は、
「見てはいけないと言われることをしたから、災いが起こった」
 ということであるが、パンドラの匣の場合は、
「災いを起こさせたいので、見てはいけないという暗示をかけておいて、好奇心を煽ることで開けさせる」
 というテクニックを使ったものだったのだ。
 そんな話を、かすみは思い出していた。
 そういえば、
「この家には、いっぱい結界のようなものがあったな」
 と、考えさせられた。
「じゃあ、この中に誰か、パンドラがいるのかしら?」
 と考えたのだった。
 もし、自分がこの家を出ていなければ、
「パンドラは私だったかも知れない」
 と思った。
 その証拠に、パンドラなどという発想が、そうはなかなか出てくるものではないはずだ。それなのに、簡単に出てくるということは、日ごろから自部をパンドラのような女だと思っているのかも知れない。
 遺産相続において、何といっても、この内容は、あまりにもおかしい。
「やはり、遺産相続の中で、長男が亡き者になるのではないか? という筋書きを考えていたとすれば、すごい発想力だ。妄想なのかも知れない」
 と感じた。
 ただ、どのパターンの遺言書であったとしても、たぶんであるが、その中心にいるのは、和子であることは間違いないだろう。
 もっといえば、
「遺言書の中で、少々のパターンが変わったとしても、言えることというのは、遺産を一番貰うのは、和子だ」
 ということになるだろう。
 となると、その例外は?
 というと、
「和子が死んだ時」
 というものだったに違いない。
 もっとも、この時は例外ではなく、むしろ、普通の相続だったことだろう。無数に考えられた中で、一番妥当だと思われたことが、一番稀だったということで、和子という女の存在が、まさに、
「悪魔の女」
 ともいえる、
「パンドーラとかぶさって見えてくるのは、しょうがないことなのかも知れない」
 と言えるだろう。
 そんなことを考えていると、
「じゃあ、長男の、清秀の死というのは何だったんだろう?」
 と考える。
 長男が死ぬと、その下位にいる人たちの分け前が増えるだけだ。ということになると、遺産相続という意味でいけば、
「損も得もないというのは、和子だけだ」
 ということになり、もし、動機が遺産関係であり、その遺産相続の内容を知っていたと仮定すれば、
「和子が真っ先に事件の容疑者から外れることになる」
 と言えるのではないだろうか?
 この日は、相続内容を確認するだけだったが、まさかこんなおかしな遺言だったということを思うと、寝付けない人もいるだろう。そう思って、その日は皆家路についた。
作品名:パンドラの殺人 作家名:森本晃次