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パンドラの殺人

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 相模氏が何を考えて、そこに鎮座しているのか気になるところであったが、公開までには時間は秒読みだった。
 というよりも、すでに始まっていた。この場の主人公は、かくいう弁護士本人なのである。
「それでは、公開させていただきますが、この遺言書は、故人の遺志に沿って、厳正な手続きを経て作成されたものですから、法的根拠は周知のとおりです。ますはそれをご認識いただきますように」
 という文句の後、
「では」
 といって、緊張感が最高潮の中で、坂下弁護士は遺言書を読み上げるのだった。
「一つ、柳沢商事の社長には、長男の清秀を就任させ、次男の清正には、専務をお願いすること。その際には、補佐役、代理人、秘書すべての役を相模氏に委託することとし、会社の訴訟すべて、および、対外的な問題に際しては、必ず、坂下弁護士に相談のうえで事に当たることとする」
 と、まずは、財産面よりも、会社のことが最初だった。
 それだけ、故人が、会社を大切に考えていたという証拠であろう。
「何があっても、会社が存続していれば、何とかなる」
 という今までの自分の経験から学んだことだったに違いない。
 さらに、坂下弁護士は続ける。
「一つ、全財産に関しては、その半分を、長男の嫁である和子に与え、そして、残りの半分のうちのさらに半分を配偶者である春江に与え、残りの半分を、次男の清正と長女の新海かすみに与えることとする」
 というではないか。
「もし、和子が死亡した場合は、その分を元に戻し、全財産の中から、再度前述の方法で再分配するようにし、同じように、遺産相続対象者の他の誰が死亡せしめる場合は同じように再分配することとする。ただし、新海かすみが死亡した場合は、その受け取り分は、坂下弁護士預かりとし、いずれは、会社に帰属させるようにする」
 というのが、大まかな内容だった。
 遺産相続における。死亡者に関しては、ほぼその通りなのだろうが、何と言っても衝撃的だったのは、遺産臓側の一人者として、和子の名前があったことだった。
「坂下さん、兄の分は、和子さんに行った分だということですか?」
「そういうことになりますね」
「じゃあ、二人が離婚ということになれば?」
 と言われた坂下氏が、さらに遺言書を見て、
「もし、長男夫婦が離婚ということにでもなれば、長男の清秀は遺産相続の権利を一切失うということになる。遺産はあくまでも、和子に贈られるのだから、和子がどうしようが、それは、本人の意思によるものとする」
 ということを言った。
「ということは、和子さんは、遺産を独り占めしようと思えばできるわけだ」
 と、聡子がいうと、キッとした目が、一斉に聡子に注がれた。
 さすがに、一瞬ビビッてしまった聡子だったが、その視線を切るように、自分は和子を凝視した。
 和子は、黙って借りてきた猫のように座っていたが、何もいおうとしない。
 というよりも、何かを言える状況ではないといってもいいのは、疑惑の視線がそこにあったからだ。
 それは、
「旦那殺し」
 の疑惑であった。
 しかし、遺産相続の内容を知るわけもないので、遺産を相続する立場に一番近い旦那を、意さん目当てで殺すというのはおかしい。
 そうなると、今度は、
「一番最初に嫌疑から外れるのは、和子さんなんじゃないか?」
 と誰もが思うことだろう。
 その発想は簡単なことであり、誰もがすぐに理解することであった。
 弁護士である坂下も、鎮座していた相模も、それなりに、この遺言書には衝撃を受けたことだろう。
「なんで、和子さんが遺産相続の筆頭になるんだ?」
 と思う。
 長男の清秀を差し置いてである。
 もちろん、遺言書というのは、書いた本人の意志なので、そこに何が隠されているのか分からない。しかも、
「遺言を残さないといけないということは、法律上の遺産相続では、自分の意思に反するということになるだろうから」
 というのが一番のところであろう。
 そんな遺産相続について、他にも細かく書かれていたが、その内容はあまりたいしたことではなかった。
「やっぱり、私はあまり家族の仲間として見られていたわけではないんだわ」
 と、かすみは言ったが、それ以上にショックだったのは、旦那の新海のようだった。
 しかし、考えてみれば、元々、一銭も貰えないかも知れなかったことを思えば御の字だったのだろう。
 ただ、もう一つ、旦那には、気がかりなことがあった。
「かすみにも財産を与えるとして、その条件として、離婚して戻ってこい」
 という条項があったら、どうしようと、思っていただろう。
 かすみのことだから、今までの自分の散々な行為を考えれば、
「お金はもらえるは、家に戻れるは、さらには、嫌な旦那とは別れられるは」
 ということで、ホイホイで、離婚して戻ったことだろう。
 しかも、旦那が想像していたよりも、柳沢家というのは、
「組織」
 としてカチッとしていて、何と言っても、秘書の男や、顧問弁護士などという人が脇を固めていると思うと、そう簡単に遺産を貰えるとは思えなかった。
 それなのに、ほとんど問題なくもらえるというのはビックリだった。家に戻る条件もなかった。それは、旦那にとっては、ありがたいと思っていた。
 しかし、逆に当の本人である、かすみは、まったく違うことを考えていた。
「これは、お父さんの絶縁状だわ」
 ということである。
「お金を渡して、縁を切るというようなことであり、いわゆる遺産は、手切れ金」
 とでもいえばいいのか。
「ここでお金を渡しておくから、今後何かあっても、うちとはかかわりがないから、何も言ってきても知らないぞ」
 ということを言っているのだろう。
 そもそも、家を飛び出したのは、かすみの方だった。いくら、
「手切れ金」
 だといっても、もらえるだけよかったとすればいいのではないか。
 旦那が手放しで喜んでいるのを見ると、完全にかすみは冷めてしまっていた。
「こんな男について行かなければいけないのか?」
 と思うと情けなくなってくる。
 そんな中で、かすみは、部屋の中を見渡してみた。
 半分蚊帳の外の自分とは違い、未亡人となった、清秀の奥さん和子、さらには、清正の奥さんの聡子、そして、母親の春江。この三人が、バトルの渦中というところであろうか?
「女の闘い」
 というこの場面に自分がいないのは、少し寂しい気がしたが、これから何が起こるのか、いや、すでに長男の清秀が殺されているではないか。これは、遺産相続をめぐることであったのだとすれば、まだまだ序章に過ぎないのだが、すでに戦いは始まってしまっていて、後戻りはできないということであろう。
 それを分かっているのか、かすみは、冷静な目で見ていた。
 ここにおいて、一番の渦中というのは、何と言っても、未亡人となってしまった長男の嫁である、和子である。
 そもそも、遺産の分け前は夫に来るものだと思っていた。普通に考えれば、
「義父の配偶者である義母の春江さんに、半分。そして、残りを子供たちで当分にする。あるいは、分配の比率を少しだけ変えるか」
 という程度だと思っていた。
作品名:パンドラの殺人 作家名:森本晃次