パンドラの殺人
「秘書としての参謀役で、相模さんがいる」
ということを知らされた格好になった。
そう、秘書の名前は相模。社長がどこかから見つけてきたようだ。
実は彼は、戦前から、ある大きな財閥を切り盛りしていたのだが、派閥争いに敗れて、会社を追われていた。それを先代が見つけてきて、会社の相談役のような形に収めたのだった。
想像以上の力量に、先代もビックリするほどだったが、その元居た財閥も、今はない。
「相模さんがいれば、生き残れたかも知れない」
というのは、政財界での有名な逸話だったのだ。
ただ、一つ、依田島刑事が気になっていることがあった。
「確かに、政治の世界など、トップに立っている人からみれば、両脇に参謀がいてくれるというのは、安心できるかも知れないんだが、実際に参謀が二人もいると、次第に権力争いに発展したりはしないんだろうか?」
ということを言い出したのだ。
「でも、責任という意味でいうと、もう一人いてくれた方が、気が楽なのかも知れないですよ」
ともう一人の刑事が言ったが、
「それはそうかも知れないが、彼らのように、参謀として生き抜いてきた人たちには、上に上がるという感情が強いだろうから、同じような立場の人間がもう一人いるということは許されないんじゃないかな?」
というのだった。
確かに、ナンバー2というのと、ナンバー3とでは、まったく違うものだろう。やはり、自分が絶対的なナンバー2でいたいと思うのは当然のことであろう。
そういう意味でも、この会社の体制は、影では、
「トロイカ体制」
と言われた。
表に出て、代表として君臨する社長、顧問弁護士として、財産や法律的なことを処理する坂下弁護士、さらにウラのことをすべて一手に握るフィクサーのような存在である相模秘書。
それぞれに立場をわきまえている限り、この会社は安泰だと思われていた。
しかし、社長が亡くなり、今度は、長男が何者かに殺されるという、社長側の立場が安定しなくなった。
ひょっとすると、
「社長の座」
を奪い取る。
というような、野心に燃えている二人なのかも知れない。
もちろん、ライバル関係にある二人は、会社でも犬猿の仲だった。それを分かっていて先代は、二人をニコニコ見ていたのだ。まるで。わざと、二人を衝突されるかのようではないだろうか。
先は、不治の病だった。そのことは、家族と、両腕の二人は知っていた。
特に顧問弁護士である坂下氏の方は、社長の遺書の作成にも携わり、そんな二人の急接近を、いくら仕方のないことだといっても、相模氏が気にならないわけではなかったであろう。
社長は、そのことを気に病んでいたようだ。
社長は、自分が不治の病だと宣告された時は、ショックで目の前が真っ暗になったという。
もちろん、それは社長に限ったことではない。誰もが、
「余命半年」
などと告げられると、どうすればいいのか、困ってしまうことだろう。
しかし、先代は、
「社長になるべくしてなった人だ」
といってもいいくらいの人であろう。
社長にとって、余命宣告は、
「残りの人生をいかに過ごすかということを見つめなおす機会だったに違いない」
そこで考えたのが、
「参謀二人の関係を、ゆるぎないものにする」
ということだった。
普通なら、それぞれの立場から、嫉妬もあれば、ライバル心をむき出しにすることもあり、なかなかうまくいくことは難しいと思われた。
それでも、先代はいろいろ考え、
「要するに、それぞれに、相手に気を遣うことが、自分が上だということを示している」
と認識させることであった。
なかなか口では言えるが、実際には難しい。
それでも、社長は、何とか存命中にその目的を達成できたのだった。
だが、社長の自殺死体が発見されたのが、その直後だったのだ、
坂下弁護士も、相模氏も、
「社長は、やることをやり切ったと思って、満足して死んでいったんだろうな?」
と思った。
遺言書は残してはいるが、本来なら、
「社長の座を息子に譲ったところを手土産に、死へと旅立つ」
ということになるのだろうが、そういうわけではなく、自殺をしたのだ。
「何をそんなに死に急ぐのだ?」
と考えずにはおられなかった。
とにかく、三人がうまく回っている時というのは、
「トロイカ体制」
ということで、うまく回っていたのだ。
社長も、自分が表に出ているというだけで、すべての権力が集中しているわけではないと思っている。要するに、
「三権分立」
を絵に描いたようなものだといってもいいのではないだろうか?
そういう意味で、社長の、
「不治の病」
というのは、社長にとって、
「志半ばで、命を断たれる」
ということのショックは計り知れないものだったに違いない。
それでも、何とか、残った二人を今の安定した体制におかせて、新社長の後ろで支えていけるかという問題があったのだ。
そもそも、
「新社長に自分ほどの才覚があるのか?」
というのも、問題であった。
「自分にだって、トロイカ体制で、やっと会社を存続できるというのに、甘えた考えを持ったままの息子に、ちゃんと会社の操縦ができるだろうか?」
というのが気になるところだった。
本来なら、自分はもっと長く生きて、ゆっくり、次期社長を育てていけばいいと思っていた。
それだけに、早く息子に社長の器になってもらわないといけないということが分かっているくせに、実際にはそうもいかない。
「一体どうしたらいいのだろう?」
と先代は、自分の病のことよりも、会社の行く末の方が、どうしても気になるのだった。
しかし、社長本人の人間性は、ある程度覚悟はできていて、
「人生に悔いはなかったな」
と感じているところであった。
「いつまでも、本当はトロイカ体制などというものでもないのかも知れないな」
と先代は感じるのであった。
柳沢家の一族
刑事二人が、柳沢商事の会社から、この事件を見てみたが、ここに動機のようなものがあるようには見えなかった。
やはり、
「遺産相続がらみではないか?」
という方が、歴然としているようで、とりあえず、遺言公開での、親族の反応がどうなるか、気になるところであった。
とりあえず、柳沢商事が、トロイカ体制であったということは分かった。
何もなければ、次期社長は、清秀氏だったのだろうが、何者かに殺された。遺産相続としては、
「もし遺言がなければ、未亡人である、春江に半分。そして、子供たち三人に均等に分けられることになるだろう」
普通ならこれでいいのだろうが、わざわざ堅苦しくも遺言に認め、ある一定の時期が来れば、華々しく公開するということになっているのだから、それなりの思惑があるはずだ。
考えられることとしては、
「子供たちの分配であろうか」
つまりは、長女が嫁に行っていることもあって、すでに家を出ている。その相手に、本来なら一銭も与えたくはないのかも知れないが、それではあまりにも可哀そうということで、変な争いにならないように、一筆書き残そうと思ったとしても、それは無理もないことであろう。