小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

パンドラの殺人

INDEX|13ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 もちろん、彼らも、事情を聴かれたが、この中で、長女の新海かすみだけは、入国した形跡がないことから、完全なアリバイが成立していた。
 ただし、次男の清正、嫁の和子に関しては、アリバイというのはハッキリしておらず、今のところ、警察でも、捜査を続行中ということであった。
 相続関係だけではなく、怨恨、その他も考えられるので、今はその捜査を警察が行っているということだった。
 つまり、
「警察の捜査は、ほぼ進展していない」
 ということなのだ。
 何しろ、人通りのない場所で、真夜中は真っ暗、物音ひとつ聞いたものもいない。
 そんな状態で一体何が分かるというのか?
 とにかく、物証が出てこない以上、状況証拠でも掴むしかない。とりあえず、先代の人間関係から、警察は捜査しているということであった。
 当時の警察は、結構、通り一遍の捜査しかしないということで、迷宮入りする事件も多かった。
「日本の警察は優秀で、世界一だ」
 と言われる時代は、まだ少し先のことになるのだった。
 警察がいろいろ捜査する中で、容疑者となりえる遺産相続に関わる人間は、それぞれに、確固としたアリバイがあるわけではなく、どっちかというと、
「すべてにおいて、皆グレーだ」
 ということであった。
 後は、その人の性格や行動パターンを調べるしかないということで、警察は今、そのあたりを個人別に集めているようだった。
 ただ、警察の捜査はうまく行っていない。行き詰まっているというべきであろうか。遺産相続人を見れば、
「誰も怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと言えば怪しくない」
 と、それぞれに一長一短があるのだが、一番の問題としては、
「決定的な証拠が見つからない」
 ということであった。
 何と言っても、まだ遺産相続の内容を誰も知れないというし、そんな状態で、相続人であり、しかも、長男、さらに、次期社長という人間を殺して、誰が得をするというのか?
 殺人事件の場合、
「この人を殺すことによって、一番得をする人間」
 動機としては十分だと言われる。
 しかし、その人物がハッキリとしないのだ。
 何と言っても、
「遺言書がまだ未公開だ」
 ということが大きい。
 分かっている人がいれば、その人が怪しいのだが、見られた形跡もない。
 それは警察の鑑識が調べても、その跡がないのだから、照明されたといってもいいだろう。
 そんなことを考えていると、もう一つ気になるところとして、
「では、それ以外に、被害者に対して恨みを持っている人間はいないのか?」
 ということであった。
 実際にそんな人間は捜査を進めていても、出てくることはなかった。
「このご時世で、会社を経営しているのであれば、一人くらい恨みに思っているやつがいてもいいんだけどな」
 と一人の刑事がいうと、
「いやいや、一人いたとすれば、隠れているだけで、数人はいるさ。それがこのご時世というものさ」
 と、依田島刑事はいうのだった。
 もう一人の刑事は、
「そんなものなのかな?」
 と心の中で思いながらも、自分でも、そのあたりは分かっているつもりだったのだ。
 それでも、本当に彼を悪くいう人がまったくいない。それも却って怪しいというものではないだろうか?
「男は表に出ると、七人の敵がいる」
 などというではないか。普通のビジネスマンでもそうなのだから、社長ともなると、かなりのものだろう。
 そこで、依田島刑事が考えたのは、
「参謀である男の存在」
 だったのだ。
「この会社に参謀として君臨している男がいる」
 という話は、この会社の内部からも、取引先からも聞かされた。
 別に隠している様子もないので、会社の人間が、刑事に訪ねられても、気軽に話すことができるのだろう。
 人から訊ねられて、すべてに緘口令が敷かれていれば、何も話せない状態となり、パニックになってしまうと、本当に話してはいけないことをポロっと話してしまわないとも限らない。
 つまり、
「すべてに蓋をしてしまうと、息苦しいだけで、にっちもさっちもいかなくなる」
 と言えるのではないだろうか?
 それを考えると、
「どこかに空気穴をあけておく必要がある」
 というものだった。
 そういえば、戦前の探偵小説で、
「被害者を一思いに殺すのではなく、生き埋めにする」
 というのがあった。
 その時には、箱に穴をあけておいて、その穴を空気穴にしておいて、すぐには窒息死をしないようにして、できるだけ長く生かしておいて、苦しみを味合わせるというような恐ろしい話があった。
 そういう意味で、動物の習性としては、
「生き延びられるものには、どんなことがあっても、すがってしまう」
 というものがあるのだ。
「どうせこのまま死んでしまうのは間違いないはずなのに、さらには、このまま一思いに死んだ方が楽だと分かっているのに、呼吸が苦しくなると、どうしても、その空気穴に助けを求めることになる」
 というものであった。
 つまりは、
「違法性阻却の事由」
 と呼ばれるものの中に、
「緊急避難」
 というものがある。
 これは、例えば、大型船が難破したりして、沈没した場合に、救命ボートを使って逃げ出した人がいたとする。すると、そのボートは三人乗りだった場合、最初に三人がそのボートで脱出したところを、海面を彷徨っていた人がボートを見つけ、近寄ってきた場合に、ボートに乗っている人が、その人が乗ってくるのを阻止して、殺してしまったとしても、
「ボートは定員オーバーになり、このままでは全滅する」
 ということで、海面に漂っている人間を見殺し、あるいは、助けなかったとしても、自分たちが助かるためには仕方のないこととして、この場合は無罪を主張できるのである。
「違法性の阻却」
 というのは、これだけではなく、
「正当防衛」
 などのように、
「殺さなければ、殺される」
 という究極の場面においては、相手を殺しても、罪には問われないというようなものであった。
 そんな切羽詰まったものではないとしても、もし、このまますべてを抑えてしまうと、人間というのは、思いもよらない行動に出たりするものだ。
 せっかく緘口令を敷いていても、うっかりと喋ってしまうかも知れない。
 しかも、精神的に追い詰められていると、冷静な状況判断ができなくなってしまい、本当は言ってはいけないことを口走ってしまう可能性だってないとはいえない、そうなると、せっかくの緘口令も水の泡だ。
 だったら、冷静な判断力ができるような環境にしておく必要がある。
 そういう意味で、空気穴をあけておくというような感覚になるのではないだろうか?
「私のことは刑事に聞かれたら話してもいい、むしろ、私に聞いてくれというくらいの方がいいかも知れないな」
 といって、すべてを引き受けることにしていたのだ。
 この方が社員も安心できるし、
「何かあったら、秘書に聞いてくれと言えばいいんだ」
 と思うと気楽になった。
 そして、社員もその時になってやっと、
「秘書がこのような仕事までしているんだ」
 ということに気が付いた。
 社長が君臨していて、その相談役に両極として、
「顧問弁護士の坂下弁護士」
 がいて、さらに、
作品名:パンドラの殺人 作家名:森本晃次