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パンドラの殺人

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 ということにしてしまうと、第二、第三のナチスが台頭してこないとも限らないではないか。
 世界恐慌であったり、社会主義の台頭であったりと、事情は他にもいろいろあったわけだが、ベルサイユ条約において、敗戦国であるドイツにあまりにも酷な条件を出してしまったことが、第二次大戦を招いたという教訓が生かされていない。
「敗戦国は、二度と軍国主義にならないように、経済的にも、政治的にも、軍事的にも、徹底的に締め付けることが必要だ」
 ということだったのかも知れないが、蓋を開けてみれば、何ともひどい状況。敗戦国とはいいながら、
「ここまでやっていいものか。これでは、完全に弱い者苛めではないか?」
 と言われても仕方がないだろう。
 そんな時代を通り越し、今度は日本が敗戦国。ドイツなどは、二度とも敗戦国になり、アメリカとソ連の対立に完全に巻き込まれてしまった。
 そんな状態を見ていると、
「どこまで締め付ければいいのか?」
 と言いたくなる。
 そういう意味では、日本は言い方は適切ではないかも知れないが、
「幸運だった」
 と言えるだろう。
 朝鮮半島の動乱から、戦争が勃発したことで、
「戦争特需」
 が生まれたのだ。
 その特需が、日本を豊かにし、復興を急ピッチで行えるようにした。
 そのおかげで、特需から、そんなに時間が経っていない間に、
「もはや、戦後ではない」
 とまで言われるようになったのだ。
 気説ラッシュでの土建屋、さらには、元闇市などから生まれた、貿易関係の会社などは、大きな成長を遂げていくことになるのだった。
 そのうちの一つが、今回の事件に関係する、
「柳沢商事」
 だったのだ。

                 トロイカ体制

 今回の事件でかかわりのあると思われる、殺害された長男が次期社長の可能性があった、
「柳沢商事」
 は、社長の自殺に続いて、次期社長と目されていた長男の清秀氏が殺されたということで、一時期、パニックになっていた。
 それは当然であろう。
 余命いくばくかと言われた社長はともかく、次期社長が殺されるなど、青天の霹靂、どうしていいのか分からなくなっていた。
 ただ、社長秘書だった男の活躍で、社長が亡くなってから、四十九日、つまりは、遺言公開の時までには、ほぼ、会社を通常に回せるようにしたのだから、その手腕は相当なものだったようだ。
 おかげで、遺産相続の遺言公開にまで、間に合ったというわけで、会社が混乱したままでは、遺言公開を後ろにずらすということも言われていた。
 それを言い出したのは、長男の嫁で、和子と言った。
 彼女は、最初こそ、夫が殺されたことで、気を失ったりして、精神が不安定であったが、
所長である義父の死、さらには、夫の死と、かなり精神的にはきつかったのだろう。
 葬儀でも、気丈に振る舞っていたが、どこまでが気力で、そこから先は本能による行動だったのか、自分でも分かっていなかったようだ。
 会社では、
「社長の余命が幾ばくかしかない」
 ということを知っていたのは、総務部などの一部の人間と、取締役と、一部の会社幹部だけだった。
 だから、最初は社長の死が自殺であったということは、伏せておくように緘口令が敷かれたが、いったいどこから漏れたのか、
「社長は自殺したらしい」
 ということが会社内でウワサになったことで、
「もはや社長の余命が限られていたことを、いまさらですが、公表した方がいいと思うのですが」
 と一人がいうので、
「そうですね、隠しておく必要もなければ、今の混乱を抑えるという意味でも、公表するのがいいでしょう」
 と、もう一人が言った。
 ということもあったので、社長の死は、
「自殺でした」
 ということを公表すると、
「社長も悩んでおられたんだ」
 という同情が集まったことで、事なきを得たかと思っていたところに、今度は殺人事件が勃発したのだった。
 またしても、会社はパニック。
「何か、柳沢一家には、呪いでも掛かっているんじゃないか?」
 と言われたた、会社幹部も、
「まんざら嘘でもない。笑って済まされないかも知れないな」
 と思うようになっていた。
 この次期社長が殺されたことにおいて、次期社長問題は、完全に暗礁に乗り上げた。
 そもそも、遺言が公開される前に、先代は、側近に向かって、
「次期社長は長男だ」
 ということをほのめかしていた。
 はっきりと明言をしなかったのは、遺言があったからだろう。
 自分が生い先短いと分かっていなければ、何も口でいうこともない。
「だからせめて自分が死ぬまでは、皆さんの心の奥にしまいこんでおいてください」
 と先代は言った。
 ただ、この流れは、普通にあることで、常識的に考えると、これが一番という選択肢だっただろう。
 それでも、大っぴらに、帝王学を会社内で、できるわけもなかった。
 だから、あくまでも、
「すべては、遺言書発表があってから」
 ということになったのだ。
 ここには、先代の奥さんの意見もかなりの部分で占めていた。
 奥さんは、名前だけ、取締役に入っていて、普段は家を切り盛りしていた。いわゆる、
「専業主婦」
 といっても、これだけの家を取り仕切るのは、かなりの労力がいる。
 だから、会社では、半分、
「幽霊取締役だった」
 といってもいいだろう。
 それに、家のことを長男の嫁である、和子に教えておく必要があった。
 和子は、結構物覚えもよく、昔から、才色兼備と言われていたというが、まさにその通りだった。
 だが、ある時から、和子は普段と同じようにしていても、どこかぼんやり考えていることがあった。
 知らない人が見れば、普通に考えているだけであろうが、よく彼女を知っている人間は、その異常性に気づくことであろう。
 そういう意味では、柳沢家では気付いた人はいるのだろうか?
 どこか、彼女はそのあたりを考えなければいけない存在になっていて、
「意外と、和子のことを、まわりの連中は意識していないんだ」
 と、清秀は思っていたようだが、本当は存在感の結構ある人であり、まわりからは一目置かれているようだったのだ。
 先代の奥さんから、和子に伝授されたことは、結構あって、吸収するのもうまいので、結構スムーズに行っていたのだった。
 いよいよ、四十九日の法要も終わり、それが落ち付いてくると、顧問弁護士である、坂下弁護士が、
「遺言状の公開」
 ということで、対象者に、それぞれ、弁護士事務所に来てもらうように促した。
 対象者というと、
「柳沢清秀。本人は亡くなっているので、未亡人の和子氏」
「柳沢清正。次男。嫁の聡子」
「長女の新海かすみ。嫁に出ている」
 という面々であった。
 かすみは海外からであったので、間に合うかという状態であったが、それ以前に、長男が殺されたということで、急遽の帰国となり、四十九日には間に合ったということだった。
 まず、坂下弁護士が、話始めた。
 その内容は、まず、殺された長男の清秀の警察での捜査で、聴くことができただけの内容を話したが、そこには真新しいことは何も出てこなかった。
作品名:パンドラの殺人 作家名:森本晃次