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パンドラの殺人

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 被害者の、死因は、
「刺されたことによる、出血多量でのショック死」
 ということであった。
 死亡推定時刻は夜中のこと、目撃者も、変な物音を聞いたという人もいなかった。
 夜中だったので、当たりは静かだったはずなのに、あっという間だったことと、後ろからの不意打ち、さらには、適格に心臓を抉っていたということで、ほぼ即死に近かっただろうということで、声を立てることもできなかったのかも知れない。
 何といっても、これだけ静かな場所で、物音を立てず、当然、真っ暗だったか、それに近いくらいの暗闇だったはずなので、
「よくこんな場所で、声も立てさせないほどに確実に殺せるもんだな」
 と、依田島刑事は言った。
「そうですね。まるでプロの仕業のようだ」
 この時代は、まだまだ、混乱が収まっていない時代でもあり、品保の差の激しさから、暗殺や強盗などというものも多く発生し、治安は決して良くはなかった。
 だからこそ、裕福な人間は、金にモノを言わせて、自分を警護するために、用心棒を雇っていた。
 だから、世の中には、そんな用心棒的な男は結構いて、その筋に聴けば、教えてくれるというものだ。
 犯人も、そんな人物を探し出し、刺客として仕向けたのかも知れない。まるで、江戸時代か、明治初期のようではないか?
 そんな連中は次第に、武装化し、過激派となっていったり、やくざの組を構えて行ったりしたのだろう。
 特に、社会主義への革命運動など、影では結構行われていたのかも知れない。警察でも公安のような部署が、目を光らせていたことだろう。
 いわゆる大日本帝国における、
「特高警察」
 のようなものだ。
 相手が社会主義勢力であれば、遠慮はいらない。昔の、
「特高警察」
 並みのことをしていても不思議ではない。
 実際に、破壊した組織もあったことだろう。
 それでも、うまくいかずに、その後の、
「日本赤軍」
 の台頭を許すことになったのも、事実であろう。
 警察としては、今回の事件を、
「ほぼ、プロの仕業ではないか?」
 と思っている。
 ということは、犯人は、プロを雇ってでも、確実に暗殺したということだとすれば、
「実に冷静で、しかも、覚悟もしっかりと持っている」
 といってもいいだろう。
 犯行現場も、死亡推定時刻も大体わかっているのに、捜査では、ほとんど何も目新しいことは出てこなかった。
 こうなったら、遺言を聞いてみるしかないのだが、四十九日の法要がすまないと開封できないということで、遺産相続に関わる人間は、気が気ではないだろうし、警察の捜査もここでいったん、中断してしまったようで、苛立ちを隠せない。
 もちろん、捜査は行われていた。ただ、新しいことがまったく出てこないというのだから、
「暗礁に乗り上げた」
 といってもいいだろう。
「この時代では、なかなか、市民も警察に協力してくれるわけではないので、捜査が進まないのも仕方がないのだろうか?」
 と、口には出さないが、捜査員のほとんどはそう思っているようだった。
 実際に遺言書の発表がなされる中で、捜査は、少し目先を変えてみることにした。
「我々は、捜査方針を、遺産相続に関してだけ見ていたが、それだけでは、暗礁に乗り上げてしまった。他の方面からも見てみる必要があるのではないか?」
 と、本部長の意見があった。
「たとえば、どういうものですか?」
 と聞かれた本部長は、
「我々は、殺されたのが、財閥ともいえるような富豪家族の持っている会社の次期社長という世に込みの高く、先代の長男であるということで、どうしても、遺産相続にばかり目を向けていたが、それだけの男なのだから、女関係であったり、会社内での派閥抗争であったり、普通に怨恨関係があったりと、考えられることを、一度出し合って、一つ一つ、潰していく必要があるんじゃないかと思うんだ」
 と、いうではないか。
 そもそも、警察の捜査というものは、そういうところから始まるものだ。
「どうして、捜査の方針を、遺産相続関係一本に向けてしまったのか?」
 ということに、誰も疑問を抱かなかったのだろう。
 何も、遺言公表の時まで、じっと待っている必要などないのだ。誰もが考えられることを、地道に捜査すればいいだけだったはずではないか。
 実際に、会社や華族、いろいろ捜査が行われた。
「いまさら」
 というところはあったが、
「現場百回」
 という言葉があるように、バラック後の、殺害現場の捜査も行われた。
 時間がだいぶ経っているので、何かが出てくるということもないだろうし、当時の鑑識では、かなり限界があるというものだ。
 殺害現場から、発見されるものは何もなかった。
 もしこれが、どこかの室内であれば、捜査のしようもあるが、何と言っても、バラックの跡地ということで、コンクリートの欠片などが、いっぱい落ちていて、空襲で焼け落ちた廃墟となった街を、いまさら思い起こさせるのであった。
 今度は会社の方に行ってみた。
 会社は、戦後すぐは、闇市からの土建屋だったようだが、そのうちに、まっとうな会社として、株式登記を行い、貿易を中心とした、一種の、
「マルチ営業」
 のようなものを営んでいた。
 さすがに、会社というものが、当時では、だいぶオープンになってきただろう。
 それまでの紺頼の時代は、闇市に毛が生えたようなものや、それこそ、土建屋のような、気の荒い連中が多かった会社が幅を利かせていたのだろう。
 何しろ、住宅らしいものは、ほとんどが焼けてしまい、行政による区画整理が行われれば、その後は建設ラッシュとなるのは分かっていることだったので、土建屋というのは、どこまでも需要があるというものだった。
 どんどん、建物が建っていって、社会が元通りになってくる。
 しかも、今度は鉄筋コンクリートの家も多く、次第に団地のようなものもできてくるのだ。
 会社もどんどんできてくると、従業員を雇うようになる。
 何と言っても、インフラ整備が急務で、電気、ガス、水道はもちろんのこと、鉄道や道路などの整備も急ピッチである。
 東京では、
「東京タワーの建設」
 などもあり、ウワサとしては、
「オリンピック招致」
 もあるという。
 しかも、その招致には、
「日本の敗戦からの復興」
 ということを、
「全世界にアピールする」
 という目的があったのだ。
 だからこその、復興が急がれた。しかもただの復興だけではない。それまでの木造家屋から、鉄筋コンクリートに変わったり、いろいろな、社会を築くことになる。
 復興がどこまで進むかが、これからの日本の将来を決める。オリンピックを開催したはいいが、
「20年近くも経っているのに、まだまだ復興にまではほど遠い」
 と思われては、世界から取り残されてしまう。
 ただでさえ、
「敗戦国」
 という負い目があるのだ。
 戦後結成された、国際連合、いわゆる
「国連」
 であるが、これも、第一次大戦終了後の、
「ベルサイユ体制」
 のあやまちを、再度犯そうというのか?
 あくまでも、
「戦勝国による戦勝国のための機関」
 となっていた。
「敗戦国はどこまで言っても敗戦国」
作品名:パンドラの殺人 作家名:森本晃次