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合わせ鏡のような事件

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 と思って、猶予を持っていたのだろう。
 しかも、
「口で言って分かったとしても、それは本当に分かったということではない」
 と思い、男に対して、必死で、
「ジェスチャーアピール」
 を試みるのだろう。
 だが、結果、男はいつまで経っても気づかない。まるで、
「オンナが自分のいうことであれば、何でも聞くだろう」
 とまで思っていると感じると、もう猶予はなくなってしまった。
 カウントダウン、5くらいから、いきなり0になるのだ。この場合のゼロは、
「限りなくゼロに近い」
 というわけではなく、完全に、
「無の状態」
 であるゼロになっているのだった。
 そうなると、オンナに修復の余地はない。初めて、そこで、最後通牒を叩きつける。そう、男は完膚なきまでに、打ちのめされることだろう。
 しかし、嘆いても、時間を戻すことはできない。
 いや、時間という外観だけが戻っても、気持ちの時間を戻さなければ、どうしようもない。
 これは、
「単純に時間を戻す」
 というのと違うだろう。
 なぜなら、気持ちが持っている時間というのは、一人一人違っているからだ。
 そんなカップルの危機はさておき、その時、
「ダメよ、怖いわ」
 という女を振りほどいて窓を開けて少し表を見た。
 女の方とすれば、
「覗かれてしまったのなら、それでも仕方がないけど、ここで無理して、もっとひどい目に遭うのは勘弁してほしい」
 という思いであった。
 しかも、半分男に対して冷めかけている自分を考えると、
「いまさらそんなことをして何になるというの、私の気持ちは変わらないわ」
 というものであった。
 しかし、男の方とすれば、
「ここで、少し勇気のあるところを見せれば、もっとこの女は俺のことを好きになる」
 というような、まだ女の気持ちが変わっていないと思っているのであった。
 男の方とすれば、
「元々、こういうスリリングなことがいいというようなそぶりを見せたのは女ではないか? 俺としてはここまでの冒険はいらなかったんだ。もっとも、俺もこういうことが好きだったらしく、オンナの思惑通りになったことは少し癪だ」
 と思っていた。
 だから、
「何かあっても、元々は女が悪いんだから、女もそれくらいの自覚はあるだろう。だから、俺に逆らうことはできないんだ」
 とばかりに、まるでプレイでの従順さが、そのままこの女の性格のように思っていたが違うのだった。
 確かに、女のプレイは完全に男に従順で、手錠や手かせ足かせなどという道具を使えば、さらに燃えるタイプだった。
 ただ、これはこの女の性癖であって、性格ではないのだ。
 そのことを分かっていなかったことが、この男の命取りであり、さらに、男がSであったことで、一度勘違いをしてしまうと、その自分の考えを信じて疑わない。
「疑うなんて、自分で自分が許せないようなことができるはずがない」
 と思っていた。
 そんな、SとMの関係の男女は、お互いに噛み合っているからこそ、成立する関係だということを、どこまで分かっているのだろうか?
 特にプレイともなると、危険を伴うもので、下手をすれば、死んでしまうことだって十分にありえる。そのことを、二人が同時に分かっているのだろうか?
 Sであっても、Mであっても、その覚悟が中途半端であれば、いくら相手が完璧であっても、何が起こるか分からない。
 それが、SMの世界というものだろう。
 そんな世界を目くるめく楽しむつもりの二人だった。
 実際にSMとして、お互いが惹きあっているということに気づいたのは最近だったようだ。
 今はまだ、その入り口にあり、高架下での、カーセックスに興じるというのは、まだまだSMの世界としては、
「入門編」
 に過ぎない。
 二人ともそれくらいのことは分かり切っている。わかり切っているが、だからと言って、ただ楽しんでいるというだけではいけないことも分かっている。
 特に女は、お互いの性癖が折り合っていないと、プレイもうまくいかないことは分かっていた。
 女の方とすれば、男には言っていながったが、Mとしてプレイするのは、この男が最初ではない。完全にネコをかぶっていて、
「私、お付き合いするのはあなたが初めてなの」
 といっていた。
 しかし、最初に身体を重ねた時、処女でないのは分かっていることであり、
「高校の時、処女を早く捨てたくて、好きでもない先輩と、しちゃったの」
 というではないか。
 男はそれにコロッと騙された。
「好きになってしまったら、前が見えなくなる」
 といわれるがまさにその通り、
「そっか、そっか。じゃあ、一番最初に好きになった男性が俺なんだな?」
 といって、彼女が、
「そうよ」
 という言葉を、素直に信じたのだった。
「こんな男がSだというのも……」
 というのが、オンナには、物足りなさが感じられた。
 物足りないというと、男に失礼に当たると思い、なるべく気づいてもらえるようにしようと思っていた。
「普通の男なら気づくよね? しかも、Sなんだから」
 と、オンナは思っていた。
 だからこそ、何も言わない女。だが、それは男を却って、増長させることになるのだった。
 この思いは、
「女の願いに近いものを、男が簡単に裏切った」
 と、周りは思うだろう。
 しかし、男にとっては、自分が四面楚歌に陥っていることには、結構すぐに気づくものなのだろうが、そのくせ、こんな時だけ、
「いやいや、俺の錯覚なんだ」
 と、Sのくせに、自分には甘いのだった。
 男が、自分を擁護する感覚は、どこか、
「母親の羊水の中に、まだいる感覚があるのかも知れない」
 と思うことがある。
 時にこの男はそんなことを思っていた。
 学生時代から、人とのことで、何か噛み合わなかったり、誰かに助けを求めたい時などに想像するのが、子供の頃の母親であった。
 厳しい面もあったが、いつも、見守ってくれているような人で、時に、それが億劫に思うことがあったが、そんなことも、助けを求めたい時は関係がなかった。
「どうして、昔のお母さんを思い出すんだろう?」
 と思ったのだが、
 甘えることを、あまり許してくれなかった母親は、厳しさだけしか、印象に残らない人だということを、思ってきた。
 それなのに、厳しかった母親の優しい部分だけを切り取ったかのように考えるのは、
「自分はSだと思っていたけど、ひょっとすると、Mなんじゃないだろうか?」
 という感覚を覚えさせた。
 だが、よくよく考えてみると、
「SとMって紙一重なのではないか?」
 と感じるようになった。
「Sだから、Mのことがよく分かる。逆も真なり」
 ではないかと思っていたが、それが果たして、本当に紙一重だと言えるのだろうか?
 磁石のように、無理やりにでも一緒にしてしまうと、いけないものであり、惹きあっているのであれば、一緒になる瞬間まで引き寄せ、そこから先は必死になって一緒にならないような距離を保つ。つまりは、
「近づけば近づくほど、危険性が増す」
 ということだ。
 お互いに結界を持っているから惹きあうというもの、結界を超えてしまうと、
「見てはいけないものを見てしまった」
作品名:合わせ鏡のような事件 作家名:森本晃次