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合わせ鏡のような事件

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 しかし、若いカップルには、そんなことは関係ない。
「恥も外聞もない」
 と思いながら、完全に相手の身体をむさぼっているのだ。
 男は女にむちゃぶりつき、オンナは、男にしがみつく。
 女の場合は本能ではないだろうか? 快感に蝕まれる身体が、勝手に反応し、男にしがみつく。男は女が自分のテクニックと愛情に感じてくれているということで、感無量となり、今度は、本能で動くようになる。
 二人は、息を殺しながら、最初こそ、表を気にしていたのだろうが、次第に、自分たちの世界に入っていく。まわりを気にする感情は、夜の静寂に吸い取られていくようだった。
 それでも、息を殺しているのは、羞恥心からだろうか?
 いや、羞恥心によって、声を殺すことが、相手を興奮に落とし入れる。恥じらいで押し殺している声は、男も女も、溜まらない興奮にいざなってくれるのであった。
「あぁ、気持ちいい」
 女が溜まらなくなって、声を挙げる。
 男はそれに触発されたかのように、オンナにむしゃぶりつくと、さらに、女が声を挙げる。
 そんなルーティンを繰り返していると、次第に室内は、湿気に満ちてきて。男も女も吐息の興奮にしびれてくるのを感じているようだった。
 そして、二度目の絶頂を迎えたのか。
「あぁ、もうだめ」
 と女がさらに叫んだ。
 それにより、車がまるで、見えない力にいざなわれたかのように、グイッと持ち上がったかのようだった。
 小刻みな振動は、いかにもいやらしさを醸し出していたが、絶頂によっての、車の反応は、夜の静寂に対しての、一瞬のエッセンスを与えるかのようだった。
 だが、その瞬間、
「バサバサ」
 という音が表から聞こえた。
 二人はハッとして、それぞれに、
「風の音かしら?」
 と感じたのだが、どうもそうではないようだ。
 風が吹いたのであれば、一か所だけの音のはずはなく、まわりから、まるでハウリングでもするかのように聞こえるものではないだろうか?
 それを考えると、ちょうど、絶頂に達したということもあってか、まず、オンナが異常な雰囲気に気が付いた。
「何、今の音」
 といって訝しがった。
 ただ、オンナも最後の絶頂を迎えた時、その音のおかげで、絶頂を迎えることができたのだから、あまりこだわりたくないという思いもあった。
 しかし、そうもいかないと思ったのは、男が同じタイミングで果てたからだった。
 普段は、一緒に絶頂を迎えることのない相手だった。どちらも我慢できないタイプだったので、寸前になって、相手を待つことができないし、一気に絶頂に向かうということもできなかった。
 そのせいもあって。男が、
「あっ」
 と言った瞬間に果てたのを、自分も絶頂を迎えていたので、遠くの方で感じていたのだ。
 その瞬間だけ、
「ああ、幸せ」
 と思った。
 今まで一緒にはいけなかった相手が、一緒にいくことができたのだから、
「きっと、これからも彼は一緒にいってくれるだろう?」
 と思ったのだが、次第に冷静さを取り戻してくると、どうやらそういうわけではないということに気が付いた。
「表に誰かいる?」
 と、オンナがいうと、男も賢者モードに突入しているその身体で、けだるそうに起き上がると、
「そのようだな」
 といって、表を見たが、そこには誰もいなかった。
「気のせいだったのよ」
 と女が言ったが、
「そうだったのかな?」
 と男は半信半疑だった。
 しかし、オンナも、
「気のせいだ」
 と言いながらも、本心は違っていた。
「確かに表に誰かいた」
 ということを感じていて、
「一体誰だったんだ」
 ということを考えながら表を見たが。やはり誰もいない。
 ただ、これを7、
「気のせいだ」
 ということで片付けることはできなかった。
 気のせいで片付けてしまうと、何か、鬱憤のようなものが残ったままになり、せっかくの今日の一晩を棒に振ったような気がするのと、
「もうここでするのは、怖いな」
 という気持ちになり、
「ここはおとなしく、ラブホテルで」
 と言い出しかねないと思ったのだ。
「もし、ラブホテルに行くとしても、自分で納得しておかなければ、釈然としない」
 という思いがあり、
 そのために、
「今回のことは、ある程度までハッキリさせておきたい」
 と感じた。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
 ということわざもあるが、錯覚であったということを証明しておきたいのだった。
「錯覚ということを証明できれば、次回もここでできる」
 と、オンナは思っていた。
 しかし、男は逆に、オンナよりもビビっていて、
「一度こんな思いをしたのだから、もうここでは嫌だ。金を払ってでも、ラブホテルに行った方がマシだ」
 と考えていた。
 だから、男は、曖昧でもいいと思っていたのだ。
 しかし、そんな男の態度というのは、オンナには簡単に見すこすことができるようだ。
「しっかりしてよ。あんた本当に男なの?」
 といって、普通に罵倒するのだった。
 さすがにそこまで言われると男も面白くない。
「こんな、ヒステリックなオンナだったのか?」
 とばかりに、頭の中では、半分、他の女を思い浮かべていたくらいだった。
 そこまでは、女の方も気づかなかったが、それは、どうしても、ここを曖昧にはしておけないという目先のことが気になっていたからだ。
 まさか男が、すでに冷めてしまっていることなど知る由もなく、自分だけ必死になっていることを、オンナは分かっていなかった。
 これは男と女の違いなのかかどうか分からないが、
「冷めてしまうと、相手に自分が冷めていることを知られたくないと思うのが男であり、そんな男の気持ちを、オンナがすぐに察するくせに、オンナが冷めてきたことを、男に知らしめようとしている時に限って、男は二人の間に亀裂が入りかけているということが分かっていないのだ」
 つまりは、男が感じることとして、
「オンナは、自分の本心を決して口にはしない。口にした時には、覚悟が決まった時なのだ」
 ということで、女がサバサバしているかのように感じることだろう。
 だが、実際には、男が、女の行動に気を配っていないからなのかも知れない。
「男全員、オンナ全員がそうだ」
 とは言わない。
 ただ、この男は、女の行動に、自分の気持ちが入っているということに気づかない男なのだろう。
 それだけ、言葉に重要性を抱き、
「言葉しか信じない」
 という、
「言葉至上主義」
 とでもいうように考えているのかも知れない。
 どんなに、
「俺たちは、気が合ったカップルだ」
 と思ったとしても、それは、言葉でのことであり、感情やその他、分からなければいけないことを分からなかったことが、破局への一本道だったということを分かるはずもないだろう。
 もっといえば、
「気が合っているというのは、完全な思い込みであって、実際には、そんなことはないのだ」
 ということでしかないだろう。
 そのせいで、
「最初から噛み合っていないものを噛み合っていると二人が思い込んでいて、しかも、それに女は先に気づいたが、男はまったく気づくことはなかった」
 ということであろう。
 女はそれでも、
「いつかは分かってくれる」
作品名:合わせ鏡のような事件 作家名:森本晃次