合わせ鏡のような事件
これが、喧嘩や騒動によることであれば、どちらかが、加害者でどちらかが被害者ということになり、利害が正反対の相手を同時に尋問できるはずがない。
あくまでも、自分に都合のいいことしか言わないからだ。
つまりは、お互いの利益になるようなことしか言わない。そんな時だけ、それぞれで話を聞くのだ。
しかし、第一発見者に、そんな気遣い無用のはずである。
もっとも、第一発見者二人が、ちょうど何かの言い争いで揉めていたという時であれば。話を一緒に聞くというのは、無理のあることだろう。
そうでもないのに、二人を分けたということは、
「刑事は、二人に何かの疑念があったからではないか?」
と言えるのだ。
それは、シチュエーションから分かったことではなく、二人を見ていて、そして、実際に何かの話を聞いてみて分かったことであろう。
どちらが噛み合っていないかのように見えたかというと、一番怪しかったのは、梶原の方だった。
梶原は、一見挙動不審で、その感覚はずっと変わらなかった。
女の方は、最初のパニックから立ち直って、今では冷静沈着だ。
きっと、こんな女のことを、
「熱しやすく冷めやすい」
と思っているのかも知れない。
男であれば、
「竹を割ったような性格」
ということで、好かれる傾向があるが、女であれば、
「何か裏があるという執念深さのようなものが、粘着に感じられるのかも知れない」
と思うのだった。
そんな二人を分けて尋問するというのは、この時の刑事の初動捜査としての判断は、実にタイムリーだったということであろう。
女の方とすれば、男ほど、支離滅裂ではなかった。
ただ、こちらも、なくてもいい情報を出してくる。だが、それは、女の本性からなのであろうか、
「一言多い」
という程度のことだった。
確かに女は一言が多い人も結構いる。ただ、それは男でも同じだった。
ただ、男であれば、
「目立ってしょうがない」
ということになるのだろう。
「男と女の違いというと、同じことでも、男だと、胡散臭いであったりうっとしく思われることがあっても、女だったら、女だから許されるということになりかねない」
ということではないかと刑事は思っていた。
第一発見者とはいえ、話を聞けば聞くほど、
「これのどこがカップルなのか?」
と思う程、普段では歩み寄りが困難なくらいの性格であるが、これが、ことSMの関係ともなると、ツーカーの関係だといってもいいのではないだろうか?
梶原の話は、さほど興味のあるものではなかった。しかし、女に聴いてみると、少し違ったのが印象的だった。
それも、二人別々に聞かないと分からないことであり、ここは、刑事のタイムリーヒットだったかも知れない。
女の名前は、川下涼子と言った。年齢は梶原よりも二つ下の25歳だが、明らかに梶原よりも年齢が上に見えた。そもそも、25歳というのが、怪しいと思えたのだった。
「F商事で事務員をやっています。梶原さん、さっきの男性とは、私が受付をしている時に知り合いました」
と、彼女は聞かれる前に、自分からそういった。
刑事の方としても、自分から話しをしてくれるのは、手間が省けていいと思っているが、中には、自分のペースを狂わされたと思う男性もいるようで、そう思われると、結構厄介だった。
それは相手が刑事に限ったことではなく、人それぞれだということを受け付け時代に分かったことで、初対面の人間には、結構聞かれそうなことを、最初にパッと言ってしまうところがあった。
それだけ、面倒なことが嫌いな性格なので、それを、
「まるで竹を割ったような性格」
として、皆から、
「男のようだ」
とよく言われていたのだった。
だが、そんな彼女が、いくら二重人格だとはいえ、ここまで梶原の前で、M女を演じることができるのかというと、彼女が、SMバーに勤めていて、基本、
「M女」
として立ち回っていたからだ。
他の人の前では、
「男性っぽさ」
を演出していた。
もちろん、梶原の前でも、最初は、
「男性に負けちゃいけない」
とばかりに、虚勢を張っていたのだが、すぐに、その本性がバレてしまった。
「君はM女だね?」
といきなり言われたのだ。
「M女」
という言葉に、涼子は、過剰反応する。
恍惚の表情を浮かべて、トロンとした目を浮かべて、涎を出らしているかのようであった。
その時のことを言われるのが、涼子は、一番恥ずかしいという、
「いやぁ、やめてよ。恥ずかしい」
といって、これ以上ないというくらいの、Mのオーラを発散させていたのだ。
それを見た時、梶原のSっ気のスイッチが入る。その瞬間に、二人の立場は逆転するのであった。
そもそも、普段は、
「竹を割った性格の涼子に、優柔不断な梶原が寄り添っている」
という構図である。
まさか、スイッチが存在し、そのスイッチを押すことで、立場が逆転するなど、誰が想像できることだろう。
ただ、それを知っている人間もいないわけではなかった。それは、梶原のことをよく分かっている男だったのだ。
逆に、涼子のことをよく分かっている人が二人を見ても分からないのではないだろうか?
あくまでも、男の立場から見て、見ることができる環境でないと、二人の関係を垣間見ることはできないのであった。
そのことを、誰が分かっているのかというと、分かっているとすれば、やはり、梶原であろう。
「俺のことを分かっている人がいなければ、俺という男は、表に出ることはない」
と思っていた。
それは、自分が、会社で、
「管理職としては、やっていけないんだろうな」
と感じることからも分かるというものだ。
確かに、
「俺は現場の第一線にいるのが一番似合っている」
と思っていた。
一番の理由は、
「やればやっただけの結果が出る。逆にいえば、怠ければ、怠けただけの結果が出る」
ということであり、学生時代、
「数学が好きだった」
ということに直結しているような気がする。
数学というのは、
「答えが一つ」
ということで、好きであった。
他の学問のように、いくつも答えがあったり、そのため、それぞれに理由があるので、そこを一つ一つ突き詰めていくというのは、そもそも苦手だった。
数学や算数は、
「規則正しく並んだ、数字という並びに対して、いくつもの法則を組み合わせていくものだ」
その証明も数学であり、数学というのは、
「他の学問にも一番通じるものだ」
と考えるようになっていた。
数字が規則的に並んでいるというのは、SFの世界などの発想と似ているところがあるかも知れない。
一番最初にピンとくる発想は、
「時間」
というものではないだろうか?
時計というものを見ていると、そこには、今はデジタルが多いが、昔のアナルぐであれば、0から12までの数字があり、その上を、秒針、短針、長針と、それぞれ、
「秒、分、時」
として、形を表している。
その可能性は無限にあるが、決して不規則ではない。1秒も、1分も、一時間も、一日も、狂うことなく決まったスピードで流れていく。
作品名:合わせ鏡のような事件 作家名:森本晃次