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合わせ鏡のような事件

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「はい、通報する、1時間くらい前だったと思います」
 という。
 ということは、1回戦を終えるには、十分すぎるくらいであり、2回戦をもくろんでいたのか、それとも、1回戦に突入するまでになかなかタイミングがうまくいかなかったのかのどちらかだろうと、刑事は想像したが、実際には後者だったのだ。
 そもそも、露出をプレイの一環としていたのだから、一番盛り上がるタイミングを見計らっていたのだというのも、まんざらありえないことではないだろう。
 ただ、刑事は二人が普段からSMの関係であり、ここでは露出や、見られることの興奮を感じたいと思っているということを理解していなかったので、二人をどちらかというと、
「まるで、よく言えば中学生のような、純朴なカップルと言えるのだろうが、実際には、ヘタレなカップルなのではないだろうか?」
 ということであった。
 実際には、男は、
「私はSだ」
 と言いながらも、やっていることはヘタレなのだ。
「よく女がついてくるものだ」
 といってもいいのだろうが、どこまでがどうなのか、本人たちもよく分かっていないかのようだった。
 梶原は、自分の仕事のことをいろいろ話していた。それは、警察が聞かなければいけないほどの情報を超越したものであり、次第に刑事も、
「ああ、いや、もういいですよ」
 というところまで、話していた。
 話し方を見ていて刑事は、
「この男、話始めると、興奮してしまい、歯止めが利かなくなるようだな」
 と感じたので、相手のことを、
「しょせんは、ただの第一発見者ではないか」
 と感じるようになった。
 確かに、こちらから何も聞かずに黙っていると、まったくの無口な人間にしか見えない。しかし、ひとたび話を始めると、どこまでも話してしまいそうで、
「こんな男に、ペラペラ自分の秘密を話すようなやつもいないだろうな」
 と、人からの情報は、ほとんど皆無に近いくらいに、何も持っていない男なのではないかと刑事は感じていた。
 確かに、普段から無口ではあるが、話が盛り上がったというか、何かのスイッチが入った時、まるでマシンガンのように話をする人はいる。
 そのことは、刑事をやっていれば、嫌というほど感じることで、特に刑事は話の中から相手の本意、真偽についても、解釈し、自分で理解して、相手の性格を判断しなければいけない職業ではないか。
 人との会話から、何が起こったのかという事実に繋がることがある。
 いや、事実だけではない。
「表に出ているだけではない何かが見つかる」
 という、真実というものも、掘り出せるのではないだろうか?
 それを考えると、この男が何を考えているのかを、刑事は、いつになく掘り下げて見ているようだった。
 ただ、この男は状況判断ができない人間なのか、それとも、いきなり死体を発見したということで、頭の中がパニくってしまっているのか、話の内容は支離滅裂に思えた。
 なぜ、そう思うのかというと、梶原という男は、何が言いたいのかということの焦点が見えてこないからだった。
「ずれているというよりも、最初から、あっちこっちに話が飛ぶので、捉えどころがない」
 ということなのであった。
 あっちこっちに話が飛んでしまうということは、出てきた話は、
「切り取ることもできる」
 ということだ。
 しかし、この切り取りというのを、作戦と考える犯人も今までにはいた。
 わざと支離滅裂なことをいうので、刑事は今までの経験から、必要な部分だけを切り取って、そこをつなぎ合わせようとするものであるが、それを逆手に取って、犯人にとって、刑事が思い込んでほしい部分を、うまく切り取りやすくするために、わざと、支離滅裂な話し方をするやつもいた。
 だが、目の前にいる梶原は、そこまでのことができるやつではないと思えてならない。
 もし、切り取って考えた場合に、やつの術中に嵌ったと後から感じたとしても、それはただの偶然なのか、まさかとは思うが、
「やつの持って生まれた性格なるがゆえ」
 ということではないかと思えるのだった。
 梶原という男をどのように見ればいいのかというと、今までの容疑者や犯人と照らし合わせると、
「ただの第一発見者としてしか見ることはできない」
 と思えた。
 探偵小説などでは、よく昔から、
「第一発見者を疑え」
 などと言われ、今でも、捜査の極意として言われていることであるので、刑事の方としても、そのことは百も承知で話を聞いているのだ。
「いかに、どこかにウソが含まれていないか?」
 ということを考えるためにであった。
 それを思うと、
「刑事というのは、どこまで第一発見者を疑えばいいのか?」
 と、余計なことを考えるのであった。
「ところで、どうして、あれを死体だと思ったのですか?」
 と刑事に聞かれて、
「正直自信がなかったのですが、あんなにでかい石があそこにあるとは思えないし、暗かったので、僕も怯えがあったんでしょうね。あの場面では、死体が転がっていても、別に不思議はないという思い込みもあったんでしょうね。だから、一度死体に見えると、後はもう、それ以外には見えなくなって。そのうちに彼女も僕のおかしな様子に気づいたんでしょうが、最初は目をそらしていたんですが、遅る遅る見ると、それを死体だと思ったんでしょうね。二人が二人ともそう思うと、もう疑いようがない。後は警察に通報するだけだって思い、慌てて、110番したというわけです」
 と梶原は言った。
「じゃあ、ずっと死体だと思って疑わなかったんですね?」
 と聞かれて、
「そういわれると、あの時、110番した後に、若干の後悔はありました。でも、死体を触ったり、動かしたりはできないので、それ以上確認のしようがない。さすがに、発見しておいて、その場から立ち去るのは怖いからですね。どこで誰が見ているか分からないということがありますからね」
 と梶原が言った。
 奇しくも、
「覗かれる」
 ということを承知のプレイだったとはいえ、
「このまま、放っておくというのは、どうにも承知できない」
 と考えたことと、
「本当に覗かれていたら、通報しないわけにはいかない」
 という思いがあり、反射的に、
「110番」
 ということになったのだ。
 この時はさすがに、女も男に任せるしかないと思ったのだろう。
「男を手玉に取る」
 ということにかけては、
「長けているオンナ」
 ではあったが、今回のような。
「不測の事態」
 に陥った時は、またしても、
「従順な女」
 に戻るのだった。
 それがこの女の特徴であり、それだけに、梶原が、コロッと騙されたというのも、無理もないことだった。
 刑事も、どうして最初から、二人をそれぞれ別々に話を聞くことにしたというのか?
 普段であれば、一緒に聴くだろう。
 第一発見者として、それぞれに話を聞くよりも、一緒に聴いた方がメリットがあるはずだった。
 なぜなら、
「一足す一」
 というものが、3にも4にもなるからだ。
 それぞれに、相手の話を補足することができるわけで、二人を切り離して話を聞くというのは、普段であれば考えられることではない。
作品名:合わせ鏡のような事件 作家名:森本晃次