合わせ鏡のような事件
と男は言ったが、女は、少し戸惑っていた。
ただ、それは、本当に戸惑っていたわけではなく、
「戸惑ったふりをすることが、私のキャラなんだわ」
と思ったことで、しおらしく、躊躇って見せたのだった。
「あなたたちは、ここで何をしていたんですか?」
といわれることを恐れていたのは間違いない。
しかし、彼女は、こんなことでビビるような、たまではなかった。
どちらかというと、
「これくらいのこと、別に平気よ」
と他の人の前ではいうだろう。
しかし、彼の前でだけは、しおらしくしていたのだ。
彼女は、他の人に、彼の存在を話していない。男の方も、彼女の知り合いに会うことをしようとはしなかった。
そもそも二人の仲は、
「お忍びの恋」
であった。
性癖が結んだ仲だったので、それがなければ、二人が知り合うことはなかっただろう。
どこで二人が知り合ったのかというと、彼女は、元々、取引先の受付嬢だった。
ひょんなことから、お互いの性癖が分かるようになり、最初に近づいたのは、男の方だった。
女も、ウスウス男が自分を意識しているのが分かり、どこか女王様のような気分になったのだが、それは彼が自分に寄ってくるのを引き付ける意味だった。
「男がSだったら、女が惹きつけるようなことをすると却って離れるのでは?」
という意見もあるだろうが、男が二重人格であることを見抜いた彼女は、普段の彼の方にモーションを掛けたのだった。
普段の男は、自分に興味を示してくる女を気にしていた。
その女が、どんな性癖なのかということを探るのが、男の愉しみだったのだ。
だから、女はそれが分かったので、男にモーションを掛け、こっちを気にしているのが分かると、初めて、自分にM性があることを知らせる素振りをした。
普通なら、そんな露骨なことをすると、男も怪しむであろうが、女は、男の行動パターンが分かるのか、それとも、自分ができるパターンに、男がうまく乗っかってくるということを、最初から分かったのか。
だから、男は、自分では、
「オンナをものにした」
と思っているのだが、実は、
「オンナに引き寄せられた」
ということであった。
見えない保護色に包まれた蜘蛛の糸に、餌になる蝶々が引っかかったかのようではないか?
さしづめオンナは、
「女郎蜘蛛」
というところであろうか?
いかにも、
「女郎のように、男を引き付け、男は惹きつけられたことが分からずに、逃げられなくなったその自分の姿を、相手の女に見た」
それが、この女の巧みな業だったのだ。
それは、オンナはあくまでも、男の前では従順であり、本性を明かそうとはしなかった。
女が従順に徹することができるのは、オンナも二重人格だからだと言えるだろう。
「私は、Sにもなれるし、Mにもなれる。下手をすれば、レズビアンで、男にもなれれば、オンナにもなれるのよ」
といっていたのだ。
この二人の関係は、
「男女の関係」
あるいは、
「SMの関係」
というものを超越した何かを持っているのかも知れない。
男が、そんな女の本性を分かっているかどうか、疑問である、
SというのはあくまでもSで、プレイを離れても、Sのままでいたいものではないだろうか?
「プレイ中だけSで、あとは、対等」
ということはあるかも知れないが、オンナに主導権を握られるということを、男はプライドが許さないのではないだろうか。
もし、そんなことになれば、我に返り、どんなにプレイが噛み合ったとしても、別れに至ることになるのではないかと思う。
それを考えると、
「男は、女の本性に気づいていないのではないか?」
と思えてならなかった。
女の方では、
「この男は、私の本性を分かっていない」
と信じて疑わないだろう。
それだけ、彼女には二重人格性があり、マインドコントロールできているのかも知れない。
その証拠に、二人の間に存在する決め事を考えたのは、女の方だった。
男からすれば、
「危険な目に遭うかも知れないと考え、不安に思うのは女の方だ。草案くらいは決めさせて、最終的に、俺が決めたことにすれば、それで、お互いに面目が立つ」
と思っていたのだ。
確かにそうなのだろうが、本当のSであれば、こんなことを考えるようなことはないだろう。
考える前に行動していて、相手の女に考える暇を与えないくらいではないだろうか?
そんなことを考えると、
「やはり、プレイの中に、何か、甘い罠のようなものが、蜜として、存在していたのかも知れない」
と感じたのだろう。
二人が行う、SMの関係について、くどくど話すことは、ここでは無駄なことだろうと思う。
なぜなら、ノーマルな読者諸君では、想像を絶するものであろうし、SMに携わったひとにとっては、
「至極当然」
なプレイだということになるだろう。
しかも、二人は、SMの関係だけではない。
もちろん、過激なプレイをホテルでするという一般的なSMの関係でもあるのだが、たまに、
「プレイとしてのSMではないが、気持ちだけSMになりたい時もある」
と思うのだ。
例えば、
「身体に跡が残ってしまってはいけない」
という時、さらには、
「SMに耐えられないような体調である時」
というのは、ノーマルセックスに興じるが、ただのノーマルではすでに我慢ができなくなっている。
そのために、
「露出」
ということから、
「普通は見られることはないだろうが」
という、人が入ってこないようなところでの、カーセックスに興じるようになったのである。
今日がまさにその時であり、普通なら、こんなところにこの時間、デートのカップルが来るということもなかった。
「本当に、まわりから隠れて、お忍びでのセックスをする」
という人でもない限りくることはない。
ただ、そういう人がノーマルでないことは分かっている。同じような仲間がいると思っただけで、このSMカップルは、燃え上がるに違いない。
今までは、自分たちが来た時には、他のカップルがいることはない。
「まったくいないのか? それとも、時間差のタイミングであったことがないだけなのか?」
と考えるが、どちらともいえるが、実際にはその判断は難しいだろう。
二人は、警察の捜査が進むのを黙って見ていたが、それぞれ、考えていることが、違ったようだ。それも、性格の違いからなので、仕方がないだろうが、刑事は、二人を一人ずつにして、話を聞くことにしたようだった。
無限への発想
まず、男の方の証言だが、男の名前は、梶原時久と言った。年齢は、27歳だといっているが、見た目は、30代にも見えなくはないと刑事が思ったほどだった。
「何でこんなところにいるんだ?」
といきなり核心を突かれ、さすがに最初は黙り込んでしまったが、細々とした声で、
「彼女とデートしていました」
と、いうのがやっとだった。
「ふーん、デートね」
と刑事もこの状況を分かってのことだったので、わざと聞いたという節はあった。
「それはいいとして、君たちがここに来たのはいつだったんだい?」
と聞かれて、
作品名:合わせ鏡のような事件 作家名:森本晃次