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忌み名

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「この電気機器なら、どこのメーカー」
 というのは、ある程度電機メーカーであれば、確立されているものなのだろうが、弘前電機に関しては、看板製品があったわけではない。
 それなので、製品ごとのメーカーランキングでは、どれも一位ということはないのだが、しっかり、ベスト5には入っている。
 それだけに、地道に売り上げが伸びているので、結果、総合ランキングにすると、いつもしれっと一位にいるのが、弘前電機で、まるで、忍者か忍びのようで、そのせいもあってか、世間から、
「ステルスメーカー」
 と言われるようになっていた。
 それが、評判としていいのか、それとも、またしても、目立たないということを皮肉ったことなのか、相変わらず、メーカーとしては、印象は浅かったのだった。
 そんな弘前財閥も、バブルが弾けてからは、
「ステルスメーカー」
 というわけにはいかなくなり、財閥の中に、研究チームを結成することになった。
 それが、新製品開発チームで、それぞれの業界の製品開発に長けている人を、他の会社から、
「引き抜く」
 というやり方をしていた。
 軍隊時代には、引き抜きなどはお手の物だったが、民主主義の自由競争の時代になると、そこまで必死になることもなく、
「軍隊時代とは違った活動をしよう」
 ということで、戦後の混乱期から、
「あまり世間で目立たないようにしよう」
 という考えが定着し、高度成長期は、流れに則ってやってきた。
 おかげで、経費をそれほど損なうことなく、売り上げはそれなりにあったのだから、利益はどんどん生まれていった。
 それも、戦後の財閥解体にも、新円の切り替えも、何とか乗り気ってきた、
「執権政治」
 の手腕があったからだった。
 執権が、本当の実力を発揮したのは、この戦後の混乱期だったのかも知れない。
 そんな動乱の時代を乗り越えてきた、弘前一族に、今まで逆らう者はいなかった。だが、今回は、勢力争いなどという形のものではなく、まったく想像もしていないところからの攻撃があろうとは思ってもいなかったのだ。
 それが、
「営利誘拐による脅迫事件」
 ということになるとは、さすがに弘前家も、執権家も想像もしていないことだったに違いない。
「営利誘拐」
 ということになると、弘前家では、昭和末期の、あの
「社長誘拐事件」
 を想像してしまったが、今回は自分がターゲットではなく、孫だったのだ。
 今の当主は、すでに60歳近い社長が、元気で切り盛りしているのだ。
 先代は逆に、50歳になる前から、今の社長にその座を譲り、自分は会長として君臨した。
 そのおかげで、若いうちから今の社長の時代ということになり、今の社長が、30年近い長期政権となっているのだった。
 そもそも、弘前家というのは、代々、社長職を早く息子に譲り、会長となることで、
「会長。社長」
 という2つのラインが並び立つことで、その権力を維持してきたのだ。
 さらに、そこに、執権の一族がいることで、
「一種の、トロイカ体制」
 いわゆる、民主主義の基本に則っとったかのような、
「三権分立」
 だったのだ。
 ただ、弘前家の考え方としては、民主主義における三権分立に見られるのは、一種の、
「ケガの功名」
 だったわけで、本当のところは、陸軍で培った、
「陸軍三長官」
 という考え方だったのだ。
 陸軍三長官というと、前述の三人となるが、陸軍大臣と参謀総長を兼務すると、権力が集中するというのは、大日本帝国憲法には、
「天皇の統帥権」
 というのがあるからだった。
 天皇の統帥権というのは、
「陸海軍は、天皇が直轄で収める」
 というものだった。
 つまりは、政府と言えども、軍部のやり方に口出しできないということである。そして、軍部の頂点にいるのが、参謀総長で、陸軍大臣というのは、政府内における大臣となるのだ。
 つまりは、陸軍大臣はおろか、総理大臣ですら、軍に作戦に口出しができない。そもそも、軍部の会議に、政府の人間が入ることすら許されないからだ。政府が軍に口出しをしたり、軍部に関係あることを、勝手に国際会議などで決めてくることは許されない。
 それが、
「統帥権干犯」
 という、重大な憲法違反となるのだ。
 天皇は国家元首である。その国家元首が統帥するものに政府が抵触するということは、天皇への反逆とも取られかねない。外国でいうところの、死刑にも値する、
「国家反逆罪」
 ともいえる罪に問われても仕方のないことなのであろう。
 それを思うと、弘前財閥が、トロイカ体制を取っている理由も、おのずと分かるというものであった。
 そんな体制だったので、これまで、内部でも、他からも、それほど攻撃はなかった。
 といっても、反乱分子であったり、外敵などに対しては、執権がしっかり調査し、
「出鼻をくじいてきた」
 ということで、事なきを得てきたのだった。
 だが、それはあくまでも、他の企業であったり、内部抗争などに対してであり、個人的な恨みであったり、
「金持ちであれば、誰でもいい」
 というような衝動的な犯罪であれば、実際問題として、防ぎようがないというところであろう。
 しかも、社長や重役などの身辺警護まではできても、家族となると、そこは難しい。
 今回誘拐されたのは、社長の孫にあたる、
「つぐみ」
 という娘であった。
 彼女は、現在23歳で、四年生の大学を卒業してから、間もない頃だった。
 就職も、コネであればいくらでもあったのだろうが、それには及ばないほどの成績を収めていたので、就職は、引く手あまただったのだ。
「もっと大きなところがあっただろうに」
 とまわりから言われたが、彼女が選んだ会社は、地元では大手だが、全国的には、さほど名が知れているところではなかった。
「地元で家から通えますからね」
 というのが彼女の言い分で、彼女も、弘前家を出たいというような思いは、毛頭ないようだった。
 弘前家は、確かに子供の頃から英才教育や、帝王学などを学ばせることもやっていたが、比較的、自由な家庭だった。
「弘前家の血が流れているのであれば、それなりの礼儀作法や心構えは持っているはずだ」
 というのがその理由で、今の社長も、先代も、さらに、もっと古い代々の当主も、一般的な帝王学しか学んでいなかった。
 というのも、執権の家系の助けがあったので、弘前家が、肩ひじを張る必要はなかったのだ。
 ただ、問題は、次期社長と言われる人に、男の跡取りがいないことであった、
 娘としては、つぐみが恵まれたのだが、男の子の跡取りがいなかった。今のままでは、
「娘に養子をとるか?」
 あるいは、
「どこかから、優秀な人間を養子として迎え入れるか?」
 ということであるが、まず一番は、
「娘のつぐみが、優秀な婿を選んでくれる」
 ということであった。
 弘前家も、戦前までは、許嫁などということもあったが、
「今の時代にはそぐわない」
 ということで、戦後早々と、その考えを改めた。
 それくらいの気持ちや臨機応変さがないと、戦後のあの混乱を乗り越えることはできなかっただろう。
 それも、執権一族の意見と取り入れることで、あらためた考え方だった。
作品名:忌み名 作家名:森本晃次