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忌み名

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「警察を上から縛るというのも、致し方のないことなのかも知れない」
 と思うのだった。
「警察の捜査を、いかに進めればいいか?」
 口出しはできないが、執権に、警察とのパイプ役になってもらうことで、幾分かの安心感があった。
 そのおかげで、捜査のやり方が決まっていったのだった。
 捜査のいろはをまるで分かっているかのような、執権だった。
 だが、執権として君臨した人間を、捜査に取られてしまうと、
「実際の今までの執権の仕事を誰が行うのか?」
 ということが問題であった。
 会社の仕事に対しては、執権の息子で、次期執権の呼び声の高い、執権の息子が行うことになった。
 今の執権は、当主がずっと君臨しているようなわけではなく、すでに、40代のうちに代を譲られていた執権で、年齢は40歳を少し超えたところで、
「そろそろ、息子に職を譲ろうかと思っているところなんですよ」
 といっていたが、
「どうせなら、わしの息子への襲名と同じ時期に行わないか?」
 ということを当主から言われていたので、今のところ、待っている状態だった。
 だが、この執権継承について、息子にその詳細を伝えていなかったので、息子も、
「どうして、親父は俺に継承してくれないんだ?」
 と思っていたようだ。
 今までであれば、息子が大学を卒業すると、実際に他で研修を行い、そして弘前家に戻ってきてから、数年、つまりは、25歳から27歳くらいまでに、継承されるというのが、今までの歴史だったのだ。
 しかし、今回は、息子が28歳の誕生日を過ぎても、継承されるという様子がない。息子が、
「いったい、どうしたことなのだろう?」
 と思ったとしても、無理もないことだろう。
 だが、実際には、父親も認める。
「立派な息子」
 だったのだ。
 ただ、疑心暗鬼なところがあるようで、そのことを父親も少しは気にしていて、
「猜疑心が強い人間にならなければいいが」
 と思っているようだった。
 ただ、この執権という仕事も、
「どこか猜疑心のようなものがないと、うまくいかない」
 ともいえるだろう。
 猜疑心というよりも、警察のように、
「まずは疑って掛かる」
 という、
「石橋を叩いて渡る」
 というそういう性格ではないと、やっていけないということになるのであろう。
 それが、今までの幾多の危機を乗り切ってきた手腕に繋がり、
「他の人と同じことをしていては、生き残れない」
 という、まるで動物の本能のような勘が鋭い男でなければいけないということを証明しているのであった。
 今までの執権は、ほとんどが、その気質を持っていた。もちろん、時代時代で、性格も違ったことであろう。
 しかし、脈々と受け継がれている家系の遺伝子は、
「どんなことがあっても、守り抜く」
 という精神の元に動いているようであり、その力を時代ごとに、いかんなく発揮してきたということになるのだ。
 そのおかげで、今年28歳になる執権の息子、まもなく、次の執権になるであろう彼が、今回は、執権代理ということで、執務につくことになったのだ。
 そして、肝心の弘前家の方だが、
「現社長は、少し体調を崩されたということで、副社長である、息子が社長代理として君臨することになる」
 ということを、会社内に通達していた。
 彼も、次期社長間近ということで、誰も意義はなく、むしろ、
「二人の同時就任の予行演習のようなものではないか?」
 と会社内では、まさか、裏で誘拐事件が動いているなどと知る由もなく、好き勝手なことを言っていたのだ。
 だが、それは、
「敵を欺くにはまず味方から」
 という言葉の通り、誰も誘拐事件に気づくような社員はいなかった。
 気づいたとすれば、それは超能力者ではないだろうか? まさか、犯人が会社内にいるとすれば、隠す方がいいのか、社員にバラして、混乱を招く方がいいのか、それによって、社内に犯人がいた場合であれば、性格的なものは分かるというものだ。
 実際に、会社の方でも、うまくいっていた。
「これなら、今すぐにでも、二人の就任発表があってもいいのではないか?」
 という、何も知らない連中は、好き勝手なことを言っているという感じであったが、何よりも、若い二人が安心したのは間違いなかった。
 だが、下手に喜ぶのは不謹慎だ。そもそも、二人は目立ちたがりなところがあったので、笑顔を見せるだけで、大っぴらな喜びを表現しようとしないことに不信感を抱いた社員もいたが、まさか、裏で誘拐事件が起こっているなどとは思ってもいなかっただろうから、おかしいとは思っても、それを口にすることはなかった。
 ただ、執権代理の方は、次第に憔悴していくのが分かる人には分かったかも知れない。それが、わざとなのかどうなのかを分かった人もいなかった。
 なぜ、彼が憔悴するのかというと、
「彼は、社長の孫娘と仲が良かったからな。本当なら結婚してもいいんじゃないか?」
 という話もあった。
 確かに、孫には男の子がいなかったので、
「誰かを養子として迎えるのであれば、執権家から養子を貰うことで、うまくいくので会はないか?」
 と、いわれていたが、そういう通り一遍の話でかたがつくというものでもなかった。
 というのは、この弘前財閥というのは、
「執権がナンバーツーでいることが、これだけの長期政権を作り、そして、時代を乗り切ることができたのだ」
 といわれるのだった。
 つまりは、
「息子が養子に来てしまうと、今度は執権家が断絶してしまう。今はこれでいいかも知れないが、それ以上、執権家が成り立たなくなると、弘前財閥もその存続が危なくなってしまう」
 ということになるという危惧があったのだ。
 そんな状態を考えると、次の世代の問題よりも、さらに次の世代という、先々のことをどうしても考えるのが、当主というものだった。
 これを一番危惧しているのが、今の当主である、広崎社長だった。
 息子に代を譲らないのには、
「私の代で、この問題を解決しておきたい」
 という気持ちがあったからだ。
 男の子が生まれても、時すでに遅くであり、養子を貰うしかないというのが、実体であったが、どうすればいいのかということの解決にはなっておらず、執権の方としても、頭を悩ませているところだった。
 このことは、会社内でも、誰も分かっていることではなかった。
 何しろ、
「執権職という余計なものがうちの会社にはある」
 と思っている社員がいっぱいいたからだ。
 確かに他の会社にはないかも知れない。代々続いてきたという、そのどちらも世襲だというのは、それだけで、
「まるで、包茎制度のようではないか?」
 と思われていた。
 今の民主主義の時代、世襲などというのは、昔の財閥でもありえないことだったのだ。
 正直、かつての財閥が、
「世襲でやってきた同族会社」
 として、成立できたのは、バブルが崩壊するまでのことだった。
 バブルが弾けると、神話はことごとく崩れていき、財閥系や銀行と言えども、
「吸収合併しなければ、生き残っていけるわけはない」
 といわれたというのは、前述のとおりである。
 そんな時代において、それでも、世襲でいけているのは、
作品名:忌み名 作家名:森本晃次