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蔦が絡まる

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 その期間がどれくらいだったのか分からないが、鬱から躁になり、また躁から鬱になるという期間を繰り返す時期があったのは憶えている。その中で。躁状態の期間がどれほどだったのかまでは覚えていないが。鬱状態だけは、
「大体、2週間くらいだろうか?」
 ということは意識としてあった。
 なぜかというと、
「鬱状態から抜けるのが、自分で分かるからだ」
 と感じたからだった。
 鬱状態から躁状態になる時に感じるのは、
「俺が今鬱というトンネルの中にいて、今そのトンネルと抜けようとしている」
 というのが、分かるのだ。
 それは、トンネルの先に明かりが見えて。それがどんどん広がっていくのが分かるからだ、
 鬱状態のトンネルでは、本当のトンネルのように、黄色いハロゲンランプがついている。そのランプを抜けていくかのように鬱状態を走っていると、それは、自分が、
「その場にとどまっているわけではなく、先に進んでいる」
 ということを分かることで、眠くなるのを避けるためなのが、トンネルの中での、ハロゲンランプの効果ではないかと思っている。
 鬱状態でも同じで、
「そのまま襲ってきた睡魔に負けて眠ってしまうように感覚がマヒしてしまうと、本当は抜けるべき鬱状態からの出口が開いているその瞬間に間に合わず、永遠に鬱状態から抜けることができないのではないか?」
 と感じてしまい、
「実際に抜けられない」
 ということになってしまうと、それは、
「自分が悪い」
 ということになってしまうのが恐ろしいということであった。
 それを考えることで、この真っ暗な世界を、鬱状態であるかのように、錯覚してしまったのだろう。
 そんな鬱状態のようなトンネルをくぐると、そこに待っていたのは、
「雪国」
 ならぬ、つかさだった。
 ということを思うと、
「ここは、国境の長いトンネルだったということか?」
 と感じたが、まんざらでもないような気がした。
 なるほど、確かに、今までいた世界とは違う、天国へといざなってくれる人と一緒に潜るトンネル。そこに何が待っているかということであった。
 それは、鬱状態から躁状態へ抜ける時と同じであないか。
 そう思うと、身体が、次第に宙に浮いてくるような気がしてくるのだった。
「何事も、自分にとって初めての瞬間を通り抜ける時というのは、そういうものなのではないだろうか?」
 と感じさせられた。
 トンネルを超えて入った部屋に明かりを感じたのは、そういう意味で無理もないことだった。
 しかし、目が慣れてくると、それほど明るい部屋ではないということに気づくと、少し現実に引き戻された気がした。
「彼女は恥ずかしがり屋で、明るくするのが嫌なのかな?」
 と感じた。
 すると、初めて会った相手の、初めての風俗嬢であることで、完全に相手が主導権を握るのは、手に取るほどに明らかなはずなのに、自分の中で、
「本当にそれでいいのか?」
 という思いがこみ上げてきた。
 それは、自分の中にある、S性というものが目を覚ました、いわゆる、
「覚醒した」
 といってもいい瞬間だったのかも知れない。
 部屋に入ると、彼女はそんな草薙の気持ちが分かっているのか、何も言わせないかのように、いきなり、唇を塞いでくる。
 絡めてくる舌を感じていると、トロンとした気分になり、身体の力が一気に抜けていくようだった。
「明らかに、主導権は自分にある」
 と言いたいのだろう。
 だが、長めのキスが終わって、ベッドに座り、ある程度の会話が済むと、そこには、気まずい雰囲気が漂った。
 今度は、草薙の方から、相手の唇を奪いにかかる。
「あぁ」
 と、身をよじって反応するつかさだったが、主導権を握られたくないと思ったのか、今度は必死になってしがみついてくる。お互いに上半身は裸になっていたので、身体が完全に密着していた。
 少ししかない空気をさらに圧迫しようとしがみついてくるつかさだったが、途中から草薙も負けていない。
 抱きしめた時に、思わず、
「あぁ」
 という声を出させようと、必至になって抱き寄せる。
 今はこの瞬間が、至高の悦びだったのだ。
 そんな草薙の唇から最初に離れたのは、つかさだった。話した口からは、
「はぁはか」
 という吐息が聞こえた。
「吐息というのは、これくらいの薄暗さが一番いいのかも知れない」
 と思うと、
「薄暗くてもいいのではないか?」
 と感じるようになり、
 最初に感じた、
「報復」
 という気持ちが萎えてきたしたが、そもそも、サディスティックなところがある草薙は、あくまでも、相手を蹂躙するための言い訳というか、
「免罪符」
 を手に入れていたのだろう。
 その気持ちを、今、つかさを抱きしめながら、感じていたのだった。
 その時、何を話したのか覚えていない。身体を無性に求め合っていたというのが本音であろう。
「相手も、こちらを求めてくれている」
 と感じたのは、童貞の贔屓目だったのだろうか?
 いや、明らかに、演技ではないと思いたい。それは、逆に、自分が彼女に嵌ってしまったことから言えるのだと思ったのだ。
「自分が嵌ったのは、つかさが、俺に対して必死にしがみついてくれて、そこまで女としての悦びを覚えてということを感じたからだ」
 と思った。
 相手が自分に対して、
「愛している」
 という気持ちを表してくれないと、
「俺は相手を好きになれないんじゃないか?」
 と感じていたからだ。
 それまで、彼女ができなかったのは、あくまでも、自分から行くのではなく、
「好きになってくれた相手に対して自分がその気持ちに答えるということが、この俺の気持ちの第一歩なんだ」
 と考えるからだった。
 つまり、主導権が相手にあるということを免罪符にして、あくまでも、モテているという自分をさらに演出したいという思いからであろう。
 彼女が欲しいというのは本音であるが、それには、最高のシチュエーションが必要だということを自分で納得する必要がある。そのために、今まで彼女もおらず、必然的に、童貞だったわけだ。
 そういう意味で、
「童貞を捨てる相手は、本当なら、絶対に。彼女でないといけないと思っていたはずだったのに」
 という思いが強かった。
 それなのに、どうしてことなのか、本当に好きなのか分からない相手である。
「いや、好きになってはいけない相手」
 というべき相手に、童貞を奪ってもらうということは、自分のポリシーに反しているのではなかったか。
 もちろん、性風俗営業を、斜めの目で見ていたわけではない。あくまでも、
「好きになってはいけない相手だ」
 ということでの、
「住む世界の違い」
 を感じていたのだった。
「好きな人が、高校時代にいなかったのか?」
 と言われればそんなことはなかった。
 どちらかというと、ストライクゾーンの広い自分だったので、無意識にでも好きになった人を入れれば、かなりの数だったような気がする。
 だが、告白はおろか、つき合うという想像、いや、妄想ができなかったのだ。
 誰を好きになるというわけではなく、逆に、
「誰か一人が気になると、同時に他の誰かも意識してしまう」
 という不思議な感覚があった。
 それは、自分の中で、
作品名:蔦が絡まる 作家名:森本晃次