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蔦が絡まる

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 特に矢田という男は、生まれつき、人を信じやすい方のようなので、プロパガンダや教育を受けて、それが自分の正当性だと感じると、
「お金を使うのが正義だ」
 と考えるようになった。
 しかも、使ってあけることで、相手も潤い、こちらは、
「それくらい痛くも痒くもない」
 と思うのだから、感覚がマヒしてくるのも当たり前というものだ。
 そんな、矢田は、一人の女性と結婚した。その女性は、家族が選んできた相手で、彼女もある意味、裕福な家庭であったが、どちらかというと、
「成金的」
 なところがあった。
 裕福な家庭であれば、別に焦ることもなければ、余裕を持っているのが当然だと普通は思っている。しかし、成金出身ということになると、まわりに対して、
「一時たりとも、油断はできない」
 という思いを持っている。
 相手が、成金というと、下に見てしまうということは、分かっているようだった。
 だから、彼女は、矢田家に嫁に入った時点で、覚悟はしていたことだろう。自分が下に見られても、我慢しなければいけないということをである。
 それは、親からも言われてきたが、さすがに矢田家ほどの裕福なところともなると、少し大変であった。
 ソープで童貞喪失というのも、ある意味儀式のようなものだった。
 屋敷に呼んで、童貞喪失の儀式をしてもよかったのだが、お店に行きたいというのは、宗次郎の希望だった。
「絶対に、そういうお店には行ってはいけない。家の品格に傷がつくから」
 というようなことは、なぜか矢田家にはなかったのだ。
 むしろ、風俗店を、裏では経営していて、大っぴらではないが、学生時代の宗次郎も、そのことは知っていたのだ。
 そういう意味で、自分の家が裏で経営しているという店にも、一般客として入ったことがあった。
 完全なお忍びだったが、それがまた楽しかったのだ。
 そんなある日、いつものお忍びで店に行き、何となく気になっている女の子を指名した。モザイクが掛かっていて、ほとんど顔は分からなかったが、どこか懐かしさがあり、
「今まで、手が届きそうな感じなんだけど、結局手が届かなかった」
 というものが、目の前にぶら下がっている気がしたのだ。
 その女を指名して見ると、何と、その女が妻の綾子だった。
 お店では、
「なごみ」
 という源氏名で、そう、この女こそ、草薙につかさを紹介した、あの
「なごみ」
 だったのだ。
 普通であれば、会うことはないだろう。女の方もモニターでチェックするだろうし、店の方も、矢田の顔を知っているはずだからである。
 しかし、ちょうどその時、待合室のモニターが故障していて、マジックミラーでしか確認できなかったので、彼女には、それが夫だとは分からなかった。
 さらに、受付のボーイは、入ってから数日という新人だったので、男が矢田宗次郎だということを知らなかったのだった。
 そんな偶然が重なって、二人が遭遇することになった。
 二人は慌てたことだろう。特に綾子の方は、立っていられないくらいに動揺したに違いない。
 しかし、矢田の方は、すぐにショックを取り戻し、普通に客として接してきた。それが、綾子には耐えられないほどの時間だったのだ。
「どうして、何も言わないの?」
 という思いが強かった。
「分かっているんでしょう? 私だって」
 と思いながらも、無言のうちに、プレイに入った。
 そもそも、お店に来て、無口になるということが皆無だった矢田は、遊び慣れているのだから、無口でされるがままだったということは、実際に今までにはなかったことであった。
 綾子は、何とか地獄のような時間を、呼吸困難で気絶しそうになりながらも耐えたのだった。
 どうして耐えられたのか、自分でも分からなかったが、綾子はその時、大きな決断をしたことに間違いはなかった。
 ただ、それからそんなに日にちが経っているというわけではなかったが、一人の男性の他殺死体が、早朝の工事現場から発見された。
 それが、矢田宗次郎だというのは、すぐに分かったのであった。
 矢田が殺されていることを電話で聞かされた奥さんの綾子は、慌てて、現場に向かった。そこは、時々買い物の帰りに通りかかる場所で、場所には見覚えがあったが、旦那の通勤コースではないので、そのことを、警察に告げた。
「ということは、旦那さんはこのあたりの土地勘はなかったということかな?」
 と刑事が聞くと、
「ええ、なかったと思います。ところで主人は殺されたんでしょうか?」
 と綾子が聞くと、
「ええ、残念ながらそのようですね。ナイフのようなもので胸を刺されています」
 というではないか。
 警察の方とすれば、もう少し分かっていた。抵抗した跡がないということで、不意打ちを食らわされたか、顔見知りの犯行ではないかということであった。ただ、不意打ちにしても、一発で心臓を一突き、即死だったことを考えると、狙いすましての犯行だと思えるので、
「顔見知りの犯行」
 という方が可能性は高いということであった。
「ところで、奥さん。旦那さんが誰かに殺されるような何かがあったとかいうことを聞いたことはなかったですか?」
 と聞かれて、
「いいえ」
 とこたえながら、何かを思い出すように考え込んでいた。
「そんなに些細なことでも構いません。おっしゃっていただければ、事件解決につながるかも知れません」
 と刑事は言った。
「実は」
 と綾子は一瞬口をつぐんだが、
「警察の方が調べればどうせすぐにわかるんでしょうが、これは、ここだけのお話にしておいてくださいね」
 というので、刑事も、
「それは心得ています。我々には守秘義務というものがありますからね」
 というので、
「実は私、OLの傍ら、風俗にも勤めているんです」
 という。
 二人の刑事がもっと驚くかと思ったが、リアクションの薄さにちょっと拍子抜けしたが、
「そうですか。それは、どういうお店ですか?」
 と聞かれたので、
「ソープランドです」
 というと、
「なるほど、では、デリヘルなどと違って、女の子に送迎があるわけではないので、退社時間とかになれば、ビルの表で待ち伏せして、そこからストーカー行為というのもできるわけですね?」
 と言われた。
「ええ、ラストまである日は電車やバスもなくなっているので、送迎をお願いしますが、昼に入る時は、普通に夕方終わるので、通勤ラッシュに紛れる形で帰りますね」
 というと、
「どういう服装で?」
 と言われ、一瞬、ムッと来たが、
「普通の、いや、目立たない感じと言ってもいいかも知れないですね。アイドルだって、普段はお忍びのような恰好をしているでしょう? あんな感じですよ」
 と、わざと語気を強めたのだった。
 刑事は、それでもお構いなしという感じで、
「なるほど、やっぱり、分かっていれば、尾行できないわけではない。しかも、尾行も、ラッシュに紛れていれば、奥さんに分からないようにつけることもできる」
 という。
 刑事は、捜査のつもりで簡単に話しているが、本人にとっては、
「いくらでもストーキングができるんだ」
 といって、いたずらに怖がらせているだけではないか。
 旦那が殺されて、怯えている奥さんにいう言葉ではない。
作品名:蔦が絡まる 作家名:森本晃次