蔦が絡まる
草薙がこの店にやってきたのは、前の店からの紹介だった。実はいつものように、前の店でやはり、5回くらい入った女の子がいて、
「そろそろ飽きてきたな」
ということで、後ろめたさを感じ、他の店を探そうとしていた時のことだった。
今までバレなかっただけなのか、それとも皆気づいていないだけなのか、それとも、気付いていて黙っていただけなのか、前に来ていた店の馴染みの女の子が、
「こういちさん。そろそろ次を漁る頃なんじゃない?」
と、お気に入りの女の子の方から言い出した。
それを聞いて、さすがに気まずいという気持ちになったが、さすがに今までバレなかったのが不思議なくらいだと思うと、
「君も分かっているじゃないか?」
と気まずい気持ちを隠して、にやりと苦笑いを浮かべて、そういった。
「だけど、よく分かったな」
と聞くと、
「だって、幸一さん分かりやすいんだもん。でも、また他の子に飽きたら。私のところに戻ってくるんだよ。まるで、巣立っていく子供を見送る母親の心境だけどね」
といって、ニコニコ笑っている。
だが、その表情は、ただ皮肉を言っているようには見えなかった。本当に子供を送り出す親を見ているようだった。
しかし、まさか、その彼女の言葉が、次の店に行って、本当に実現するかのようになっていることに気づくはずもなく、つかさに、気づかれて、またしても気まずい思いをした時、
「あれ? なんかデジャブだな」
と感じたのは、前の店で、
「新しいところに行きなさい」
と送り出された、あの時の気持ちになったからだった。
そう、前のお店の彼女は、源氏名を、
「なごみ」
という。
彼女のいる店のコンセプトは、
「人妻ソープ」
ということもあり、彼女が本当に人妻であるということは、本人がそういうのだから本当だろう。
店の設定がそうなっているので、まだ未婚の子であろうと、バツイチであろうと、店のキャストになった時点で、人妻なのだ。客から聞かれた時の、模範解答もそれぞれで用意していることだろう。
客によっては、毎回違う女の子に入って、ずっと同じ質問をして、女の子を困らせてやろうというくらいの気持ちを持っている客もいるに違いない。
「これも一種のプレイの一つだ」
とばかりに、店側も女の子によって設定を変えておかないと、皆一緒だったら、せっかくのプレイが萎えてしまうというものだ。
だが、なごみの場合は本当の主婦である。
一緒にいて、
「この気遣いや落ち着きは主婦ではないとないだろう」
と思っていた。
そもそも、結婚したことも、結婚願望すらない男が、
「この人は主婦なのか、そうではないのか?」
ということを言い当てたとしても、そこに何ら、信憑性はないのではないだろうか?
「どうせ、はったりだよ」
と言われてもしょうがない。
まあ、もっとも、それでもいいと本人は思っているのだが、自分では自分の目を信じていた。
それでいいと思っていたのだ。
そんななごみが、なぜ、わざわざ新しくいく店をわざわざ指定して、女の子まで進めてくるのだろう? 少し気持ち悪いが、なごみが変なことを考えるわけはないと思い、その考えに乗ってみることにしたのだ。
なごみが、どうして、草薙が、そういう飽きっぽいタイプだと分かったのかというのは謎だった。
彼女自身がそういう勘が鋭いところがあって、
「草薙さんという人は、飽きると、別の女性に行くんだわ」
ということが生理的にでも分かったのか。
だが、風俗嬢だって、マジ恋をしているわけではない。できるだけリピーターが増えれば、
「性癖も分かっている相手だ」
ということで安心感もある。
性格も分かっているので、
「この人が、誰かに何かを話したりはしないだろう」
と思える人が、リピーターについてくれるのはありがたいのだ。
中には、ストーカーになってしまう危ない人もいるが、最近では、よほどのことがない限りは、そこまではないように思えた。
統計を取ったわけではないので分からないが、今は、身バレなどにも店が気を遣っているので、そのあたりは問題ないようだ。
しかも、風俗の店というのは、昔のように、個人商店のような感じではなく、チェーン店であったり、姉妹店のような形式が多い。
店舗でのソープを経営している店が、デリヘルを経営していたりというのも、少なくはない。系列店同士での、キャストの移籍などお結構あり、意外と、嬢同士も知り合いということもあるのかも知れないと思う。
ただ、彼女たちは、ソープの場合でも、時間が違ったり、さらには、個室が決まれば、お客さんを迎えに出るくらいで、後は、出勤時間をほとんど、決まった部屋で過ごす。
逆にデリヘルの場合は、事務所の中に、女の子の待機所があるところが多いだろうから、顔を合わせることはあるだろう。
しかし、話をしているという感じではなく、特に今などはスマホが普及していることで、スマホに夢中で、まわりを見る暇はないようだ。
だからと言って、彼女たちは遊んでいるわけではない。待機している時間に、
「営業」
をしているのだ。
例えば、今は、独自にホームページを持っているところもあるが、基本的には、風俗関係のSNSなどで、共通のホームページを持っている。
それは、風俗に限ったことではなく、グルメ関係、理容関係など、
「予約制のお店」
などは、地域ごとに管理されているサイトで、金銭面であったり、サービス面、立地などで検索し、自分が探しているところを見つけられるようになっていて、しかも、ネットで、予約もできるようになっている。風俗関係もその中の一つというわけだ。
自分の探している店の、そして、その中の誰に担当してもらうかということをそのサイドに書かれている情報であったり、口コミやレビューなどというのを閲覧者が情報として取り入れ、自分の予定と合致すれば、予約をするということになるのだ。
理容関係にしても、風俗にしても、担当をしてもらう人を選ぶ必要がある。
風俗などの場合は、身バレの危険がないように、パネルでは顔を暈したり、手で隠したりしているが、それでも、客に選んでもらうようにするために、一度入ってもらったお客さんに、口コミを書いてもらったり、さらには、
「写メ日記」
というものがあり、そこに来てくれたお客さんに、
「お礼日記」
を書くことで、それを見て、誰にしようか決めかねている客が、
「この子は、自分が求めているサービスをしてくれる女の子だ」
と思えば、最初から、指名してきてくれるだろう。
口コミに対してもお礼をすることで、
「この子は律義な子なんだ」
と、客によっては、サービスや容姿よりも、そんな律義さを求める人もいる。
特に、
「お気に入りの女の子を作りたい」
と思っている人は、そういう、
「お礼日記」
などを大切にすることだろう。
そういう意味で、女の子は待機中であっても、忙しいものなのである。
世間の人の中には、偏見の目で見る人もいるだろう。しかし、中にはそんな偏見の目で見ながらも、風俗に通っている人もいる。
そういう意味で、