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黒電話の恐怖

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 という意識を持ってのことだった。
 そんなに昔のことだという意識もなく、そして、その時の自分は、まだ、先生になって間もない頃だったという思いがあるが、その思いはそのままで、しかも、自分が、転属させられて、
「別の街に引っ越したんだ」
 という意識も、一緒に持っていた。
 つまり、夢自体が曖昧であり、学校で生徒に教えている姿も夢に見るのだが、そんな時の意識は、自分が生徒になって、教えている自分を見上げているという、今までには感じたことのない意識だった。
 先生の授業はまさに理想的なもので、自分がかつて意識していた教え方そのものではないか。
「俺ってこんなに、理想的な教え方をしていたのだろうか?」
 と考えたが、
 そう思った瞬間、自分に訛りが生まれて、何を言っているのか、急に聞き取れなくなった。
 まわりを見れば、もう授業を受けているという様相がまったくなくなっていて、各々が好き勝手に、まるで自習時間のような、そんな喧噪とした雰囲気に包まれていて、完全に自由だったのだ。
 それを、先生は咎めることなく、黙々と授業をしている。
「誰も聞いていないのに、よく続けられるな」
 と思い、もう一度教壇の上に目を向けると、自分はいなくなっていたのだ。
 そこにいたのは、
「いや、あったのは」
 テープレコーダーが回っているだけで、声だけがスピーカーから響いているのだが、教室の騒がしさにかき消されてしまい、何を言っているのかも聞き取れなかった。
「これ、俺の声なのか?」
 普段と違って、2オクターブくらい高くなっているその声は完全に、部屋に籠ってしまい、たぶん、教室はシーンとしていても、ほとんどの人に聞こえないくらいの声ではないだろうか?
 その声を聞いていて、
「どこかで聞いたことがあるような声だ」
 と思い、それがいつだったのか、すぐには思い出せなかったが、一度思い出してしまうと、
「ああ、あの時の」
 と感じたことで、
「なるほど、これなら、聞こえないと感じるのも分かるわ」
 と思ったのだった。
 そう、あれは、高校一年生の時に、無謀にも、ただ、
「トロフィーを貰うという野心のためだけに出場した」
 という、あの言論大会ではなかったか。
 あの時は、とにかく、
「興味も何もないことのために、時間を拘束されて、何が嫌で、一位の人がトロフィーを貰うという、人の幸せを見せつけられなければならないのか」
 という思いだけで、その嫉妬心から、
「あんな思いをするくらいなら、あの立場に俺がなってやる」
 というつもりで、立候補をしたのだった。
 出場者を決めるホームルームで、先生は、本郷が立候補すると、
「そうか、立候補してくれるか」
 と言って、手放しで喜んでくれた。
 もし、自分が立候補しなければ、また、誰かに、人身御供にでもなってもらおうと、誰かを犠牲者に仕立て上げることになるのだろう。
 学校側が何を考えて。弁論大会などをしようと思ったのか分からないが、
「生徒の自主性と、教養をたかめるため」
 ということなのかも知れないが、今のままでは、同じ読み方をするのであっても、
「強要をたかめる」
 という、人に強制することを強いるような、そんなダジャレとなってしまい、そこには、ただ冷たい笑いが吹き抜けるしかないように思えたのだった。
 あの時の、本郷っは、自信に満ち溢れていて、
「入賞以外は想像がつかなかった」
 と言ってもいいだろう。
 悪くても、優秀賞4人の中には入っているだろうと思っていたのだった。
 さすがに、
「グランプリは、高望みしすぎだろうな」
 と思っていたが、心の中では、
「まんざらでもない」
 と思っていたに違いない。
 だが、結果として、実際には散々だったことは、前述のとおりだったのだが、
「まさか、ブービーだったとは?」
 と、30人ほどの中で下から2番目だったのだ。
 もし、下部リーグとの入れ替えのような状況のプロスポーツであれば、
「入れ替え戦」
 というものを戦う以前に、そのまま文句なしで、下部リーグへの転落が決まるレベルであった。
 それを思うと、
「なんでなんだ」
 とおもうのも仕方のないことだろう。
 無理を言って聞かせてもらった録音を聞くと、納得したというか、奈落の底に叩き落された気がしたのだ。
「俺って、あんなにひどい声をしていたのか?」
 と呟くと、聞かせてくれた友達は、それを聞くと、怪訝な声で、
「何言ってるんだ、これがいつものお前じゃないか」
 と言われ、大いなるショックを受けた。
「これが俺?」
「ああ、そうさ、きっと君は意識がないんだろうね。確かに自分で感じる自分の声と、テープに撮った声が違うように、テープの声こそが、まさしく、本人の声なんだ。だからそれを分かっていないと、誰もが驚愕する」
 というので、
「じゃあ、お前もそうだったのか?」
 と聞くと、
「ああ、そうだったさ。特に俺の場合は、放送部を背中にしょっているようなものだがら、そのショックは結構なものだったんだ」
 というではないか。
「どうやって、克服したんだい?」
 と聞くと、
「克服というか、最終的に、自分の声を好きになるしかないわけだよな。だから、その間に紆余曲折があったわけだが、細かいことまでは覚えていない」
 というので、
「それで好きになれたのか?」
 と聞くと、
「そりゃあ、好きになれなかったら、俺は放送部を辞めていただろうな。それだけ、放送部での自分の声というのは、生命線のようなものなんだよ」
 というではないか。
「俺には分からないな」
 というと、
「そりゃあ、そうさ。それだけ、放送部の人間は、声をいうものを大切にしているかということだよ。スポーツ選手が身体を壊して、活躍できなくなれば引退するのと同じで、俺たちが声を潰せば、表に出てくることはできなくなる。そんなものさ」
 ということを言っていた。
 夢の中では、授業をしている自分と、各々好き勝手をしている生徒が、同じ空間で関わっているはずなのに、姿だって見えているはずなのに、まったく見えていないようなその光景は、何を意味しているのか、よくわからなかった。
 こういう授業は確かに、自分にもかつてはあった。
 それこそ、
「生徒から苛めを受けている」
 と言ってもいいようなもので。下手に逆らえば、
「何をされるか分かったものではない」
 という意識があったのだ。
 しかし、自分にだって、少なからずの、
「俺は先生だ」
 というプライドのようなものがあったはずだ。
 それなのに、生徒には、そんなことは関係ない。
「勝手に先生が授業をしているだけで、こっちは、黙って聞いてやる必要はない」
 とでも言いたいのか、好き勝手だ。
 本当であれば、しかりつけて、それこそ、首に縄をつけてでも、おとなしくさせ、授業を成立させるべきなのだろうが、それこそ、先生としてのプライドを捨てたようなものだ。
 まるで、
「腕に物を言わせるという行為は、違う土俵のものを持ってきて、剣の勝負に、飛び道具を使うようなものだ」
 という気持ちになるだろう。
 だが、いうことを聞かない連中に、いうことを聞かせるには、
「目には目を、歯には歯を」
作品名:黒電話の恐怖 作家名:森本晃次