自分の道の葛藤
と思ったのは、今までにも似たような、鬱状態に陥る生徒が、毎年一人くらいはいて、今までの経験から、そういう生徒は、いつも、
「旅行の時に、元気になる」
というのが、恒例のようになっていた。
「私は、今年も同じような感じになると思っていますよ」
と、他の先生に安心したように話をして、他の先生も、
「クラス主任がいうんだから」
と、他の先生も、信じて疑わない感覚だった。
確かに普通の学校とは違う。皆一つの目標に向かって、進んでいるのだが、皆まわりは敵であり、味方は自分一人と言ってもいいだろう。
そんな状態を少しでも和らげて、自分たちの最高のパフォーマンスができるような、そんなチームにしたいと思っていた。
皆がライバルだと言っても、一人でデビューっするわけではない。適性などを見極めて数人で一つのユニットを組んで、そこでやっていくわけである。
センターもいれば、引き立て役もいる。
皆が皆、きっと、センターを目指していることだろう。
しかし、全員がセンターになれるわけではない。メンバーがそれほど差がなくて、
「どんぐりの背比べ」
くらいであれば、
「センターの持ち回り制」
というのもいいかも知れない。
あるいは、楽曲によって、誰が、その曲にふさわしいかということが決まってくるだろうから、
「同じ人のセンターが続く」
ということもあることだろう。
しかし、それも致し方のないことで、センターの重圧を知らなければ、ただ、ひがんでいるだけで、嫉妬の塊になってしまうと、その人が一人浮いてしまい、ユニットとしての、機能を果たさないということになるであろう。
それを思うと、ユニットの組み方も難しく、ある意味、この温泉旅行で、普段とは違う。いや、普段の見せない、本当の姿を見ることができるかも知れないということで、この機に、ユニットを編成するということになっていた。
そこまでは、彼女たちに学校側が教えることはしない。
下手に教えてしまうと、かしこまってしまい、普段の姿が見せられなくなってしまうだろう。
それを考えると、温泉旅行というのは、ある意味、
「適性検査」
の様相を呈していたのだ。
大団円
温泉旅館へは、二泊三日での小旅行であった。一応、名目は研修旅行ということなので、そこでは、どちらかというと、規則正しい生活を行い、精神的な成長を育むというのが目的だった。
ただ、その頃になると、ちあきは、少し精神的にきつい時期に入っていた。
レッスンがきついというわけではない。ただ、身体が非常に重く、普段であれば、ちゃんとできるようなことも、億劫になって動かないのだ。
まるで、汗で服が身体にへばり付いてしまったかのようである。もがけばもがくほど動けないような感覚で、必死になっても、どうしようもなかった。
自分では、原因が分かっていた。
というのは、レッスンを初めて、3カ月ほど経ってからのこと、それまで必死に皆に追いつこうとして、必死だった。
何しろ、オーディションだって、友達が勝手に応募したもの、合格したりしたものだから、柄にもなく、まるで自分の天職のように思ってしまっていたのだ。
しかし、実際には、ダンスも歌も、まったくの素人。他の人たちは、オーディション合格を目指して、それなりにレッスンを重ねてきたわけなので、最初から差はついているのだ。
それを少しでも埋めようと、元々のちあきの負けん気と、誠実さで、かなりの練習を続け、ある程度までは上達したように思えた。
習い事では、ある程度のところまでの成長は、努力さえすれば、できるものである。問題はそこからなのだが、ちあきは、そこまでくると、少し安心したのだった。
安心というか、精神的な余裕ができたというのか、そこまでくると、今度はいろいろなことを考えるようになった。
というのは、
「このまま、アイドルとしてデビューして、売れるかどうかは別にして、アイドルとしての活動が、本当に自分のやりたいことなのだろうか?」
ということであった。
そもそも、シンガーソングライターでやっていきたい。そして、自分の作った曲を歌い続けたいと思っていたはずなのに、
「まずは、アイドルで芸能界の基礎固めをしよう」
と思って、飛び込んだということは、自分でも覚えている。
もちろん、その思いには変わりはないのだが、自分の気持ちの中で、何かが揺れているのがわかった。
「せっかく、かなりの倍率を突破して、オーディションに合格したのだから、まずはアイドルとして頑張る」
という気持ちと、
「いや、今の勢いを追い風にして、強引でもいいが、わがままと思われない程度に、自分のやりたいシンガーソングライターへの道を模索していることを、スタッフにも話しておく方がいいのか?」
という気持ちの揺れ動きであった。
話をしておく程度はいいような気がしたが、それが、まるで言い訳のように思われると、今後、いくら誠意をもって、真面目にレッスンに取り組んだとしても、スタッフの頭の中に、
「こいつは、中途半端な気持ちで、アイドルになろうとしている」
とでも、思われるのは、間違いなく、マイナスである。
そんなことは、分かっているはずであった。それでも、気持ちに余裕が出てくると、つい次のステップに進むことを切に望むという気持ちが強くなり、どうしても、言いたくなるという衝動に駆られるのだった。
アイドルと、シンガーソングライターという、どちらかというと正反対の道の狭間で苦しんでいるのは、まるで、躁鬱状態なのか、二重人格なのかということを感じているかのようだった。
だが、少し怖かったが、一人の信頼できると思える一人のスタッフに相談を持ち掛けた。その人は立場上からか、それとも煩わしいと思ったのか、
「今は、レッスンに集中する時期ではないか?」
と、まあ、当たり前と思えるようなことしか言わなかった。
いや、
「言えなかった」
というべきであろうか。
そう言われてしまうと、まるで、自分が相手を困らせてしまったのではないかという後ろめたい気持ちにもなってきて、とりあえず、
「分かりました。そうします」
としか、言えなかったのだ。
それでも、頭の中に何かしらのモヤモヤがあって、そのことを分かっているのは、その人だけだったのだ。
そんなジレンマの中において、最初は、
「心配してくれているんだな」
と思ったスタッフに対して、時間が経つにつれて、
「きっと、私の相談なんて、すぐに忘れていくんだろうな?」
と思った。
他にも、もっと、自分よりも深刻な悩みを持った人がいて、その人も、相談しているかも知れない。
そう思うと、なんだか、自分だけが悩んでいると思うのは、少し危険な気がしたのだ。
そんなことを考えていると、今回の温泉旅行は、少し不思議な感覚だった。
「ちょうどいい、気分転換になる」
という楽観的な考えと、
「せっかく、温泉に来ているのに、悩みを抱えたままというのは、心から楽しめないということもあって、なんだかもったいない」
という後ろ向きの気持ちであった。