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パンデミックの正体

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 だが、その時期は1カ月くらいのもので、実際には年明けから、今度は別の変異株が襲ってきて、
「重症化はしないが、感染者は、軒並み、過去最高」
 ということになった。
 そして、政府は形ばかりの緊急事態宣言をまた発令した。
 しかし、今度は、もう休業要請は行わない。時短営業は要請しているが、ただそれだけだ。
「じゃあ、何のための宣言なんだ?」
 ということになる。
「国民への注意喚起」
 というだけであれば、これほど滑稽でバカバカしいものはない。
 要するに、それだけ、国民がバカだということを言っているようなものであり、しかも、さらに国民は政府が思っているよりも、さらにバカで、宣言が出ても、次第に感覚がマヒしていて、
「ああ、また出たか」
 というだけで、別に自粛をすることも、本当に自分で、注意をするということもなくなってきた。
 まるで、
「オオカミ少年」
 の話のように、要するに、
「危ないぞと言い続けているうちに、みんなの感覚がマヒしてきてしまって、少々であれば、どうせ要請でしかないということで、誰もいうことを聞かなくなった」
 というのが、本音だろう。
 つまり、この話の結末のように、
「本当の悪夢がやってきた時には誰もそのことに気づかず、気が付けば、国家が破滅していた」
 ということになりかねない。
 少し前までは、核戦争の脅威というものが残っていたが、今は各国政府の思惑に関係のないところで、その足音は迫ってきている。
 つまり、相手は人間ではないので、人情に訴えることもできない。
 起こってしまえば、止めることはできるはずもなく、
「黙って、死を待つ」
 という時代が襲ってきているに違いないのだった。
 そんな時代が目の前に迫ってきていても、誰も気づかない。今回のパンデミックがその警鐘であったはずなのに、一度、オオカミ少年としてやり過ごしてしまうと、もう誰も気づかないだろう。
 気づいた人はいても、それは少数派であり、大多数は、完全に、オオカミ少年の術中に嵌ってしまっているのだ。
 まるで、旧約聖書の、
「ノアの箱舟」
 のようではないか。
 世の中がおかしくなってきたことで、神が、また新たに世界を浄化し、世の中を再度作り直そうとしているのを、ノア以外には誰も信じようとしない。
 それが、
「慣れ」
 というものから生まれてきたのか、それとも、他に原因があるのかは分からないが、少なくとも、集団意識で、全員が楽天的に考える世の中というのは、その修復は人間にはできない。
 神も、かなり強引な方法でなければできないということなのだろう。
 大規模洪水によって、人類をほぼ死滅させ、再度イブたちが、新たな、
「アダムとイブ」
 として、新たな歴史を作るということなのだろう。
 そういう意味で、歴史の大きな最初の節目は、この、
「ノアの箱舟だ」
 といってもいいだろう。
 そのうちに、国家は、ほとんど対策を打たなくなった。
 要するに、
「国はお前たち国民のためには、もう何もしないから、自分の命は自分で守れ」
 といっているのと同じである。
 だから、急激に感染者が増えても、これ以上の経済の困窮は、経済界からの反発が大きくなり、選挙での票が他に流れてしまうのを恐れ、そして、自分たちの私腹を肥やしてくれるお金も入ってこないのは、政治家によっては、困るからだった。
 要するに、
「国民の命よりも、私利私欲が大切だ」
 というわけだ。
 そして、そのため、今度はその役目を押し付けられたのが、各自治体である。
 自治体が、自分の都道府県の状況を踏まえて、国に宣言発令の依頼を掛け、そして、それを国が了承することで、背年を実施できるというものだ。
 あくまでも、自治体主導。この考え方は、他でも結構あったりする。
 たとえば、風俗営業などの特殊な業界などは、国が一つ一つの県の細かい事情を把握しているわけではないので、その方針は、すべて、
「各都道府県の条例」
 に委ねられることになる。
 だから、それぞれの県で事情が違うので、
「隣の県では通用していたのに、こっちでは通用しない」
 というわけだ。
 そもそも、細かいことは、各市町村で違うことも多いだろう。
 例えば、ゴミの出し方一つでもそうで、
「物によっては、これは燃えるゴミ。こっちは燃えないゴミというやり方や、その分別も、すべてが、市町村で微妙に違っている」
 ということであった。
 しかし、この全世界的なパンデミックを、各市町村単位にまで落とすというのはどういうことであろうか?
「完全に、投げやりだと思われても、仕方のないことだろう」
 といえるのではないだろうか?
 確かに、すべてを国が見るというのは、実に大変なことだ。
 国が指導するのは、実際に行う指針の基本部分を作ることであったり、ワクチンなどを手配し、各自治体に滞りなく送り付けることであろう。
 しかし、今までに、ワクチンが遅延したり、予約を取っていてもキャンセルさせられたりなどと、トラブルも絶えなかった。
 しかも、今度は、3回目の摂取後というのは、本当にリスクの高い人間にしか、摂取をしないなどといいきって、
「なんと、医療従事者にさえ、ワクチンを接種しないつもりだった」
 というのは、滑稽を通り越して、空いた口がふさがらない。
 その後、またしても爆発的な感染が進む中で、医療従事者のだけは、その範囲を広げたが、ほぼ、ほとんどの国民は摂取することができないという状態だった。
 実際に、病床使用率は、危険水位を超え、医療は崩壊寸前だというのに、あくまでも、
「経済を回す」
「ウイズパンデミック」
 ということで、今までとは違い、
「経済優先、人命二の次だ」
 ということになってしまった。
「自分たちの命は自分で守れ」
 などと言って、実際に守れる人などいるわけもない。
 要するに、見捨てられた国民に、政治家は、私利私欲に走ったということになるのだろう。
 もう、国民と、政治家の見ている方向は、まったく違うところを見ている。
 国民もバカが多いのか、
「政府がいいというのだから」
 と、どんどん警戒を解いていく。
 国家が完全に割れてしまってきているのに、野党も、まったく機能しない。それどころか、こんな国民から、バカにされている底辺のような存在だ。
「日本も終わったな」
 というと、
「いまさら何を。そんなの前から分かっていることじゃないか?」
 と、すでに諦めの境地の人も少なくないのだった。
 そんな時代になって、自治体が、結構力を持ってきたところもあった。
「これまでのように、中央にばかり、気を遣わずに、これからは、我々が主導権を握って、逆に国を動かすくらいの気概があってもいいのではないか?」
 というところも徐々に増えてきたようだ。
 さすがに、知事が前面に立って、それをやってしまうと、非常にまずいことになる。もちろん、最終的には、自治体の力を示すことが大切なのだが、そのためには、水面下で、いろいろな工作が必要だ。
 それだって、中央が今までやってきたことであり、自分たちが事を起こすのに、慎重になるというのは、
「策を弄する人間は、自分がやられていることに案外気づかないものだ」
作品名:パンデミックの正体 作家名:森本晃次