パンデミックの正体
友達は、自分に記憶が戻ってから、冷蔵庫に大きなトラウマが残ってしまった。それをいかに克服したかというと、
「同じ冷蔵庫といっても種類はいっぱいある。実際に被害にあった冷蔵庫は、ずっと古いもので、しかも、人間がスッポリ入れるくらいの業務用の大きなものだった」
ということであった。
その話を友達とした時、彼はまるで、目からうろこが落ちたかのような気がしたのだったが、
「だから?」
それを聞いている友達が質問してきて、
「だから、今も冷蔵庫とは形も何もかも違うということさ。それを本人に分からせることができれば、トラウマから解放されるということじゃないのか?」
という。
「なるほど、何かマイナスとマイナスを足せば、プラスになるというような意味にも聞こえるな」
とその人がいうので、
「そ、そういうことなんだよ。俺が言いたかったのは、お前なかなか分かっているじゃないか?」
と、いつになく興奮した黒川は、その時、目からうろこが落ちたのだった。
「マイナスにマイナスを足せば、プラスになる」
なるほど、だけどもっと言えば、
「マイナスにマイナスを掛けた方が、確実にプラスになるんだけどな」
というちょっと捻くれた発想をしたのだが、実はこれが大切だった。
というのも、
「天才と凡才の違いは、同じことを閃いて納得したとしても、さらにその次を考えるかどうかではないか?」
と感じたことがあったのを思い出したからだった。
「なるほど、一旦納得してしまって、その後があるかないかということなのか?」
と、感じることができたことで、それまでのいろいろなわだかまりが消え去り、発想がスムーズに行くようになったのが、黒川だったのだ。
一度、うまく進んでしまうと、今度はひっかかるということが難しい。それもある意味では、
「天才と凡才の違いだ」
といえるのではないだろうか?
「じゃあ、俺って天才なのだろうか?」
と考えたが、天才ではなく、秀才なのだと思った。
それは、天才というのを意識して、それに近づこうと努力する。それを秀才だと思っているからで自分が、
「まさにそれだ」
と感じているのだった。
「同じものをどのようにして利用するか?」
ということであり、
「同じに見えるものでも、実際には違っていることで、無限の可能性がある」
といえるのではないだろうか?
大団円
黒川研究員の予想は当たっていた。他の研究員が、偶然ではあったが、別のウイルスを発見したのだ。
しかし、もし他の研究員が発見したことで、一歩間違うと、
「自分の勘違いだったのではないか?」
と思い、見過ごしてしまうからだった。
ウイルスや細菌というのは、それぞれに似たものが結構あり、特に、キノコなどの菌類に似たウイルスというのも近年発見されたりしていた。
そのため、
「いろいろな試さないと、どのウイルスか判断ができない」
と言われるようになり、現存のウイルスや細菌についてのマニュアルができてきたりした。
だから、若手の人はそういうものを見て、実験することなく、
「これは、キノコの細菌なので、伝染病とは関係ない」
ということで、簡単に、自分で判断する人がいた。
宗次郎も黒川研究員もそのことをしっかりと掌握していて、危惧していたといってもいい。
「最近の若いもんは、なんて昔は言っていたが、まさか、自分がそれを言う立場になるとは、さすがに思っていなかったですね」
と、黒川がいうと、
「それはそうだよ。それだけわしらも年を取ったということだろうし、若いものに後進を譲らないといけない立場になったということだろうね。ただ、さすがに学生時代のマニュアルをそのまま利用する形にするというのは実に困ったものだよな:
と宗次郎は言った。
「それはそうですが、実は最近、少し気になるウイルスがあるんですが、若手の連中が一瞬、新規のウイルスだと言いかけて、やめたんですよ。私もちょっと気になって見てみたんですが、どうも、キノコの細菌に似たもののようなんです。でも、数日経ってから見ると、どうも最初に見た時と性質が違うようなんです」
と黒川がいうと、
「じゃあ、変異したということか?」
と、言われた黒川は、
「私も最初はそうなのかなと思ったんですが、この間発見した。変異をやたら繰り返すウイルスとは、まったく性質が違うんです。そこで、これは変異ではないと思ってみていると、どうも変異というよりも、自分自身が変身しているという感じなんですよ。つまり、増殖しているわけではなく、自分が化けている。まるで保護色のようにして、まわりから自分を守っているという感じですね」
というので、
「ほう、それは面白いウイルスだね」
と宗次郎がいうと、
「そうでもないんですよ。これが、ひょっとすると、強力な致死能力を持ったウイルスではないかと私には思えて仕方がないんです」
というので、
「待てよ」
と、今度は、宗次郎は考え込んだ。
「似たようなウイルスを私は前に発見したことがあったんだ」
というではないか。
「どうして、学会で発表しなかったんですか?」
と言われ、
「最終的には絶滅させたんだよ。そのウイルスの恐ろしさが分かったからね。一刻も早く絶滅させないと、手遅れになると思ったので、葬った。だから、研究らしいこともほとんどしていないので、資料も残っていない。顕微鏡の写真とか、それくらいが残っているくらいだろうか?」
という。
「それはいつ頃の話ですか?」
「私がまだ、研究員になりたてだったので、今から20数年前くらいであろうか? 当時の博士が、私に言ったんだよ。これで一応の解決は見たので、混乱を避けるためにこのことは二人だけの胸にってね。だって、証拠らしいものが何もないので、いうだけ無駄だということは分かっていたからね」
と、宗次郎はいうのだ。
黒川研究員の話を聞いていると、どうやら。そのウイルスが、かなりの致死率だという。感染経路も分かりにくく、正直、どこからどのようにというのが、確定しにくいという。
パンデミックの原因になったウイルスは、国の方の専門家で発表していることと、この研究所では、微妙に違う。しかし、相手は何と言っても国家推進の専門家委員会で、一介の一民間研究所が、
「それは違う」
といって意義を申し立てたとしても、それは、もう、どうしようもないことだ。
「世間を惑わす」
というだけで、政府からは、
「余計なことをいうな」
といって睨まれるだろうし、それは避けなければいけなかった。
やり方は違っても、国民を助けるという意味では政府と方針は同じだからだ。
ただ、政府が真剣に国民を助けようと、皆が一致団結して考えているかどうかは、甚だ疑問であるが、それでも、今、政府に逆らうのは、得策ではない。
「我々は我々のやり方で」
と、所長は言ったが、それは、バックに県知事がついているという自負もあるからだ。
正直。
「県知事程度の力でどうなるものでもないのでは?」