パンデミックの正体
こちらから見て、ウイルスという一つの括りでも、ウイルス界においては、その距離が遠かったり近かったりとバラバラだ。
少なくとも、研究員は、そこまで考えて行動しないと、国家存亡にかかわっている。まだ続いている以上。国家の緊急事態にはかわりはないのだった。
そんなことを考えていると、研究所で発見したウイルスの存在を、いち早く国家に知らせたのは、間違いではなかった。
その正体の信憑性に対しては。健太郎が、政府や各自治体に説明している。
「なるほど、?県さんの知事が言われるのであれば、信憑性はある」
ということで、少なくとも、自治体単位では、健太郎の方針に、合わせるということになっているようだ。
しかし、国は違う。それを専門家になげて、その答えが来るのを待って、国民に発表した。
宗次郎の研究所の所員の中には、
「こっちがあれだけ早く情報を流してやったのに、今頃発表って、どういうことなんだ?」
というのだが、それも、理由が分かれば納得だ。
研究員が納得するということは、それだけ研究員に政府は、微々たるところでも、信用されていないということになるのだろう。
中央政府は、自分たちが作った有識者会議の意見を否定する以上、私立の研究所である、宗次郎の研究所など眼中になかっただろう、
しかし、それは、研究所の方としてはありがたい。国家の変な命令を聞かなくて済むからだ。
どこか、国に対して挑発的な態度を、宗次郎の研究室では行ったが、それも計算ずく、
「どうせ、国家などに、俺たちの苦労が分かるものか」
という思いと、
「国家の言葉は信用できない」
という思いが交錯するのだが、いつでも、正しいのは研究所の方。
しかし、それを大っぴらにすると、
「国家の立場がなくなり、そのせいで、国家が信用を失うことは避けたい」
ということである。
研究所は、最終的には国家を巻き込んだところでの最大のプロジェクトを作り、研究所はその代償で、亡くなってもいいと考えるほどだったのだ。
国家というものは、
「利用するためにある」
とまで思っているのは、宗次郎で、実は、健太郎の、
「触れ込み」
でもあったのだ。
そのウイルスは、当初の目論見通り、弱いウイルスだった。重症化はそれほどなく、蔓延のスピードも、それほどでもない。
ただ、まだピークにもなっていないのに、すぐに新種が出てきた。
「何だこれは? まだ蔓延もしていないのに、新しい株に置き変わろうとしている?」
ということで、研究員も呆れるようなウイルスだった。
これが人間世界だったら、
「まるで子供の喧嘩のようで、気が弱いことから、鬼ごっこをしていて、見つからないと思っていても、万が一ということを考えると、恐ろしくて、さらに、厳重なところに隠れてしまう」
というようなものだった。
そういえば、以前に聞いた話だったが、自分たちよりも十年くらい前の世代で、鬼ごっこをしていて、廃品の投機場所にあった、
「古い冷蔵庫」
に隠れようとしたのだが、うっかりその冷蔵庫が閉まってしまい、逃げられなくなったのだ。
「見つからない子供がいる」
ということで、捜索が行われた。
最初は、
「まさか、そんな廃品回収の場所にいるなんて」
と誰もが思っていなかったので捜さなかったのだが、
「これだけ探して見つからないということは」
と、そっちにも、捜査の手を伸ばしたのだ。
すると、不自然に転がっている冷蔵庫が見つかった。
誰か一人が不審に感じたのだが、何か霊感めいたものがあったのだ。
中から開けることはできないが、表からだと、意外と簡単に開けることができる。中を開けると、半分意識を失いかけている子供が見つかった。その子がどうして閉じ込められることになったのか、ショックから、記憶を失くしてしまったようだった。しかも、冷蔵庫を見ると、拒否反応を示すようで、その反応たるや、結構なものだった。
だから、どうしてこのようなことになったのか分からなかったが、中には、
「何か、妖怪めいたものの伝説でも残っているのではないか?」
と考えるようになったようだ。
実際に見つかってみると、子供の記憶がないことで、それ以上何も聞けないことが分かり、そのせいもあり、その場所を、
「関係者以外立ち入り禁止」
ということにして、かなり高い柵を設けさせて、厳重にカギで締めることになったのだった。
だが、記憶というのは、いつどのようにして戻ってくるものなのか分からない。
その子は、ある日突然思い出したのだ。本人曰く、
「夢の中に出てきたことがやたらリアルだったので、それを親に話すと、あの時、お前は冷蔵庫に閉じ込められたのだと言われて、急に息苦しくなって、気を失ったんだ。それから、俺は冷蔵庫を見ると頭痛がしてくるようになった。だが、今ではだいぶ回復はしているが、お前は一人暮らしは無理だと言われたことがあったくらいだったんだ」
と、いうことだった。
その記憶から、身体が震えたり、ショックで呼吸困難になるというのは、完全に、PTSDであり、
「心的外傷後ストレス障害」
と呼ばれるものであった。
つまりは、一種のトラウマなのだが、ショックが大きかった出来事に遭遇したことで、その時はショックから記憶から消えたようになるが、心の奥でくすんでいたストレスが、トラウマをよみがえらせるというような形で、起こす。
「ストレス障害だ」
ということであった。
その少年は、まさにそれであり、その経験をした少年たちの中に、黒川研究員がいたのだ。
彼は、
「あの時の友達に起こったPTSDを目の当たりにしたことで、心理学や医学、生物学に興味を持ち、この研究所の研究員になったんですよ」
というではないか。
子供の頃には、誰もが、少なからずのPTSDに遭遇しているのかも知れない。それを思うと、黒川研究員の態度から、この話は余計に信憑性を感じるのだった。
今回のウイルスを見ていて、その時のことを思い出した。そして次に感じたのは、
「あの時のことを思い出すと、もう一つの懸念が出てくるんだけどな」
という思いがあった。
黒川は、何か嫌な予感がすると、結構当たっていることが多かった。それは、普通の人はしないような、自分でも変だなと思うようなことを感じた時に出てくるものだった。
その時も、小学生の頃に感じた友達のことを思い出し。
「何か時間差で、別の記憶も一緒によみがえったかのような気がしたんだよな」
ということであった。
それが、今回のウイルスとどのようにかかわりがあるというのか、黒川が感じたのは、
「何か、これで終わりという気がしないな。まったく関係のないようなものなのに、その原点は一緒ではないか?」
という考えであった。
もちろん、まったくの妄想で、何の脈絡もない発想であった。そのことが、
「他の人は忘れてしまったような感覚でも、すぐに思い出せるのではないか?」
と感じ、
「難しいと思う発想が、実は簡単なことではなかったか?」
と思うようになるということを、近い将来感じることになるのだった。
そんなことを考えていると、小学生の頃のことがまた記憶によみがえってきた。