小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

パンデミックの正体

INDEX|15ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 しかし、逃げることはできないが、あまりにも、広いところに、置き去りにされたことで、
「何が起こっても、逃げ場はない」
 という、今まで知らなかった場所に置かれてしまった。
 だが、そのおかげで、
「逃げようとしなくても、研究に没頭できて、逃げているのと同じ効果を得ることができる」
 と感じた。
 黒川研究員にとって、広い場所、そして、逃げ場というものが同じだと思えてくると、
「自由というのは、ひょっとすると、恐ろしいものになってくるのではないか?」
 と感じた。
「資本主義の原点が、自由競争だ」
 ということから、この自由と、逃げ場を考えた時の自由とが、同じなのか、まったく違うものなのかということを考えてしまう黒川だったのだ。
「資本主義、民主主義、これこそ正義のように言われているが、その根拠はどこからなんだろうな?」
 と、今まで研究以外のことで頭を使った記憶はないだけに、どこか不思議な感覚になったのだった。
 黒川研究員は、自分が貧しかったことで、リアルに、自分のまわりで、死を迎えた人が多かったのを知っていた。
 子供の頃には、
「ほとんど、貧乏だからといって死にことはない時代になった」
 と言われていたが、黒川少年の身近では、そんなことはなかった。
 病院にもいけなくなった人が多かった。
 実は、これには訳があって、その頃に急に医療費の自己負担が増えたのだ。
 以前であれば、家族一割負担が、三割負担になったりしたこともあり、なかなか病院にも行けなくなった。
 確かに、まだ、市販の薬を薬局で買うよりも安かったが、もう、そんな時代ではなくなったのだ。
 今から思えば、
「病院の待合室が、老人の茶話会のようになっていた」
 などという時代があったことが、今ではウソのようではないか。
 漫才などで聞いたことがあったのが、それぞれ、患者の老人になって、待合室のシーンである。
 一人が、
「爺さん、最近見かけんかったが、どうしたんじゃい」
 というと、言われた爺さん役が、
「ああ、体調崩しておってな。それでこれんじゃったんだよ」
 というものであった。
 要するに、
「病院というところは、体調が悪いから来るところだ」
 というのを、皮肉っているのである。
 それだけ、病院の待合室というと、まるで、老人の、
「生存確認」
 のようなもので、毎日来ている老人が、たまたまその日、来ていなければ、
「家で孤独死しているのではないか?」
 という心配もあった。
 もっとも、その頃は、家族が老人の面倒をちゃんと見ていたので、孤独死などという言葉すら、なかったのではないだろうか?
 今の時代は、結婚しない人が増えたので、当然、子供がいるわけではない。そうなると、面倒を見てくれる人もいないし、さらに、老人ホームに入ろうにも、お金がないと来ている。
 昔であれば、
「おじいちゃんを老人ホームに入れるなんて、可愛そう」
 と、まるで、老人ホームが姥捨て山のようなイメージであったが、今はそんなことはない。
 ホームに入りたいと思っているが、お金がないという人も多いことだろう。
「時代は変わったんだよな」
 ということであり、黒川が育った時代は、ちょうど、そんな時代の転換期だったのかも知れない。
 ただ、時代の転換期というのは、ビフォーアウターで、その前後をどこでどのように切り取るかを考えるかであって、ある意味どこで切ったとしても、同じなのかも知れない。
「まるで、そう考えると、時代の流れなんて、金太郎飴のようなものではないか?」
 といってもいいだろう。
「どこを切っても金太郎。金太郎飴」
 というのが、昔存在したが、それすら知らない人が多い今の世の中、
「俺も年を取るはずだよな?」
 という人が増えている。
 昔よりも今の方が、老人は明らかに多くなっている。少子高齢化と言われるのがその証拠なのに、それでいて、老人があまり目立たないというのはどういうことだろう?
「昔が目立っていたのか、今が目立たないようになっているのか?」
 どちらにしても、今の時代は、どうなっているのか、訳が分からない。ただ、それが始まったのは、黒川少年がまだ小さかった頃、そう、バブルが弾けて、世間が混乱していた頃、完全に世間が変わったのはその頃からかも知れない。
 だから、
「日本だけが、景気が悪いままだ」
 と言われるのであって、政府が悪いのか、何が悪いのか分からない。
 少なくとも、
「消えた年金」
 などという問題を引き起こす政府だからこそ、
「明日はない」
 と言われても仕方のないことだろう。
 そんな政府に嫌気を差して、政権交代させれば、交代した政権が輪をかけてひどかった。さらに元に戻してみれば、野に下った政府がさらに腐って戻ってきた。完全に、
「負のスパイラル」
 を政府は落ち続けていくのだった。

                 新型の伝染病

 黒川研究員も、立派に独り立ちし、研究発表もいくつかできるようになったのが、研究所発足以来3年が経っていた。
 しかし、この発表というのは、新薬の開発ということで、まだ、この研究所は、普通の新薬開発研究所だったのだ。
 だから、そのスポンサーは、製薬販売会社であり、ここは、それら薬品会社の、
「共同出資」
 によって成り立っていた。
 そして、ここは研究所だけではなく、敷地ははるかに広く、奥には工場と、流通倉庫ができていた。
 そもそも、ここは、薬品会社共同出資による、物流センターが始まりだったのだ。
 そこに、薬品工場と、研究所がくっついた。それを地ならしをしたのが、他ならぬ、明人だったのだ。
 健太郎が、頼みに来たのは、そもそも、流通センター建設と、付随する工場と研究所による、
「総合センター」
 を作りたいという構想だからだった。
 だから、明人も県知事に遭おうと思ったのだし、ただの、研究所だけでは、利益にもならない話だから、門前払いもいいところだっただろう。
 つまり、うまく他のものと一緒にして、研究所をまんまと薬品会社の共同出資という形で作らせることに成功したのだ。
 流通センターは、実に軌道に乗っている。3年ですでに黒字に転じたのだ。
「最低5年はかかるだろう」
 と、黒字転換を見積もっていたが、それ以上の成果があがった。
「これで、研究所に対して、何も言う人はいないだろう」
 と思っていて、いずれ起こるかも知れないと思っている。パンデミックが、幻で終わってくれることを願うくらいになっていた。
「体制は整った」
 というほどに、研究所では、いつパンデミックが起こっても、伝染病研究所として活動できる状態になっていた。
 黒字に転じたことで、研究費用も余裕ができて、消耗品の交換など簡単にできるだけの資金は、すでにあったのだ。
 もっとも、本当にパンデミックがやってくれば、誰も分からない研究をここでするのだから。国民はおろか、政府までもが、一縷の望みをかけて、ここに期待してくれるであろうと思っていたのだ。
 しかし、政府というのは、そんな甘いものではなかった。
 一縷の望みは、逆にこちらから政府に対してのものだった。
作品名:パンデミックの正体 作家名:森本晃次