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パンデミックの正体

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 明人のように、決められたレールの上で、着実に上り詰めた今の立場、そして、政治家の父親と、どんな家庭で過ごしたのか、聞くに及びない兄の健太郎だったが、それでも、人気のある県知事として活躍しているという意味で、一番表で輝いているのが、兄なのだろう。
 そして、実家のお金の力も若干あったが、努力によって、博士にまでなった宗次郎。それぞれに、成功者といってもいいだろう。
「夢を叶えた」
 ということは、間違いのないことだからである。
 そして今、兄の健太郎が、
「伝染病研究所」
 を作りたいと言い出した。
 宗次郎も、伝染病関係のことを実際に研究していた。そのことを兄にも何度も話をしていた。
「ひょっとすると、兄が伝染病を気にし始めたのは、この俺の話に共感と、危惧を覚えたからなんじゃないだろうか?」
 と、感じたのだ。
 ということは、
「兄が研究所をつくるのが、本気だということであれば、俺も真剣になって、協力してやらないといけないな」
 と考えるようになったのだ。
 二人は、酒を呑みながら、最初は漠然とした話でしかなかったが、何度も酒を呑みに行っているうちに、次第に具体化していったのだ。
 そんな中、健太郎が、県庁の中をいろいろ見渡してみて、まず誰も、伝染病のことを危惧している人が一人もいないということに気づかされた。
「なるほど、まだ、そんなに大げさに考える人がいないのも、当然だよな
 と思った。
 役所というところは、どうしても、現状というものを超えた考えをする人はあまりいないだろう。
「現状維持が平和でいい」
 と思っているのだろうし、それ以上のことを今から考えても、しょせんはどうあるものでもない。
「そう、平和が一番なんだ」
 と、波風を立てないような考えが、頭の中に十分にあるのだった。
「平和ボケと、公務員気質のようなものが結びつくと、世間で言われているような、昔のお役所的な考えになるんだろうが、今は公務員も、結構大変だ。何といっても、コンプライアンスなどという問題は、公務員は昔から言われている。実際には、とにかく厳しいものだからな」
 と、健太郎は考えていた。
 県知事ともなると、
「地方のトップ」
 ということである。
 中央との交渉の矢面に立たなければならず、知事会などもしょっちゅう行われていて、いかに、将来がどうなるのかの展望もしなければならない。
 SGDSの問題を、将来のこととして考えているので、逆にいえば、
「SDGS以外のことを話しても、ムダなんだ」
 と考えている知事もいる。
 いや、ほとんどがそうではないだろうか? それだけでも大変なことなのに、起こってもいないことに気を病んでも仕方がないと思っているに違いない。
 確かにそれは正論である。将来がどうなるかということを、必要以上に考えるというのは、どこまでしなければならないかが問題で、今の段階で、
「いずれ、伝染病が流行る時期がやってくる」
 といっても、まあ、まったくありえないといって、ただ笑い飛ばすという人はいないだろう。
 何と言っても、今の時代は、
「何が起こっても不思議のない時代だ」
 と言われているだけに、誰もが、否定できないことだ。
 だが、
「だからと言って、必要以上のことにびくついていれば、普段の仕事もおろそかになるではないか?」
 という人も出てくるだろう。
 だから、必要以上なことを人に強要もできないと、健太郎は思っていた。
 そのあたりが、
「県知事としての、限界」
 という感じで思っていた。
 県知事に限らず、それなりに権力は持っているが、自分独自に決められないというのが、民主主義である。
 もっとも、独裁主義であっても、間違ったをしてしまうと、国家が破滅に向かうのは分かり切ったことで、最終責任として、独裁者が、
「死をもって償う」
 という結末になることは、歴史が証明しているではないか。
 そんな歴史を、健太郎は十分に勉強していた。
「政治家になるんだ」
 という覚悟を決めた、結構最初の頃から、歴史というものの大切さには気づいていたのだ。
「歴史の中に、答えが埋まっている」
 ということを分かっているつもりであるし、実際に受けてきた教育を考えていくと、結果、そこに行き着くのだと思うのだった。
 歴史を勉強するようになったことは、今の取り柄として考えている、自分の、
「先見の明」
 というものが育まれる大きな力になったのだ。
 といえるのではないかということであった。
 実際に、研究所の開設には、実は、明人の会社からの出資というのも、大きかった。
 明人は知らなかったが、
「まさか、県知事が、宗次郎の兄だったなんて」
 ということだった。
 宗次郎の実兄ということは、
「この俺とも、血のつながりがあるということではないか?」
 ということになる。
 そのことに気づくのはかなり後になってからのことだったが、健太郎が、研究所をつくるために、明人の会社に出資をお願いに行ったのは、偶然ではなかった。
 もちろん、自分から、
「宗次郎の実兄です」
 と名乗るつもりもなかった。
 相手の性格もまだ分かっていないので、下手に名乗れば、先入観から、拒否反応を起こすかも知れないと考えた。
 そう思うのは、どうしても、両親の離婚ということが頭に引っかかっていたのだ。
 それに比べて相手は、実業家一家で、親の跡を継ぐという意味で、順風満帆な人生を歩んできたのだ。
 一応、離婚という挫折はあったが、自分も親が政治家ということで、同じ道を歩んできたという自負がある。
 それは、親の跡を継ぐということでは同じではないかと思うと、明人の気持ちもわかる気がするのだ。
 ただ、どうしても、交わることのできないものがある。いわゆる、
「結界」
 というものであるが、結界というものが、いかなるものなのか、どうしても分からない。
 それもそのはず、
「分からないことだからこその、結界なのではないだろうか?」
 ということに、健太郎は気づいていなかったのだ。

                 黒川研究員

 宗次郎も、健太郎も、明人に対しては、一線を画してきた。
 だから、宗次郎は明人の会社に出資の交渉に行った兄のことを知らない。
 明人も、そのことを知らないどころか、宗次郎の実兄であるということも知らない。
 珍しい苗字であれば、いざ知らず、
「宮本」
 という苗字は、結構一般的で、苗字だけで、
「兄弟だ」
 などということが分かるはずもない、
 しかも、県時事とは、初対面だったのだ。
 健太郎の話は、
「研究所を作りたいので、出資をお願いしたい」
 ということだった。
 もちろん、いくつかの会社に話は持ち掛けてはいるが、他の会社には、漠然としてしか話していない。
 現職の県知事が、まだ県として正式な決定事項がなされたわけでもなかった計画を、おおっぴらにはできないという事情もあったのだ、
 世間話程度のことで済ませていた、訪問理由も、
「現地調査の表敬訪問:
 という程度だったのだ。
 そこでの世間話の一つということで、きっと、ほとんどの社長が、
「まるで夢物語だ」
 ということで、話を聞いてくれるわけでもないだろう。
作品名:パンデミックの正体 作家名:森本晃次