第一印象と二重人格の末路
女の子としても、常連さんを比べた時、古株の昔からの人を優先したくなるのは、風俗嬢に限らず誰もそうだろう。同じ立場で見てしまうと、必ずそこに不公平が出るとすれば、やはり古い人からというのが、人情であるに違いない。
だが、その日は、半分、
「どうにでもなれ」
という気持ちでやってきていた。
しかも、最初に来てから、入れなかったために、他に行って、ぼったくられたのだ。この店でリベンジを考えるのは当然だろう。
しかも、おあつらえ向きに、普段は入れないという女の子が空いているという。
「ラッキーですよ」
などと言われると、入らないわけにはいかないが、そもそも、前のぼったくりでも、
「お客さん、いい子いるよ」
といって、強引に引き込まれたのが原因だったではないか。
この店でダメだったこともあって、向こうでも自暴自棄だったのだろう。自覚はなかったが、少しは放心状態だったことだろう。
しかし、明らかに違うのは、向こうはまったく知らない店で、ここまでひどいとは思わなかったということであり、こっちも店は店員も馴染みの、少々のことであれば、都合をつけてくれるような店である。
そういう意味で、
「ひょっとすると、俺の様子を見て。店員が気を利かせて、俺に話を持ってきたのかも知れない」
と思うと、むげに断るのも、違うと思うのだった。
結局、
「じゃあ、その子で」
ということで、ランカーの女の子にすることにした。
ここで、まさか、普段なら簡単に入れるような女の子を選ぶというのも、何か情けない気がして、どうせなら、
「毒を食らわば皿まで」
というではないか、
「ダメならダメで、今日はそういう日だったということで諦めるしかない」
と、感じるのだった。
ちょうど、女の子は、すぐに行けるということで、待合室では、5分ほどの待ち時間だというではないか。
予約をしてから来ても、普通でも、それくらいは待たされる。
もっとも、そんな待ち時間も、結構いいもので、その時間に、精神的な戦闘態勢を整えるのであった。
待合室に入ると、他の客は、一人いるだけだった。
その人は、こちらを見ようともせず。ケイタイの画面を見つめている。初めて見る顔だったが、そもそも、吾郎が来る時というのは、それほど客が来ない時間を最初から見計らってくるようにしていた。待合室に他の客がいるというのも、あまり気分のいいものではないと思っているからだった。
その客は、ちらりとも見ないことから、
「この人も常連なんだろうな」
と感じた。そして、ランカーが空いたにも関わらず、その人を指名しなかったということは、最初から、
「俺は、オキニがいて、その子を指名したんだ」
と言いたかったに違いない。
だから、逆に自分にその白羽の矢が向いたということだろうが、こうなったら、せっかくなので、ランカーに入ればいいと思うのだった。
自分よりも前に、最初に待っていた客が呼ばれた。
妥当な順番であるし、女の子と会う前に、待合室で一人になるというのも、悪いことではないということで、吾郎としては、
「よかった」
と思ったのだ。
客が誰もいなくなってから、それまで2分くらいだったかと思っていたのに、そこからが、今度は少し長く感じられた。
それまでの2分から考えて、
「そろそろ3分経ったのでは?」
と思って、入り口を見ると、誰かが来ようとする雰囲気はなかった。
「どうしたんだ? そろそろじゃないのか?」
と、普段ならイライラし始めるのだろうが、その日は最初から、リベンジのためということと、どこか放心状態がまだ残っていたということもあって、一歩冷静になれたのだ。
そして。そのまま時計を見ると、本当にまだ3分どころか、1分も経っていなかったのだ。
「俺の感覚はどうしちまったんだろう?」
と思い、それが、そもそもの放心状態から、時間の感覚がマヒしてしまったということから来ているのか。それとも、二度目のこの店で、日にちの感覚すら飛び越えたかのようになり、意識が朦朧としているかのように思えたのかではないかと感じていた。
だが、冷静になれているおかげなのか、それほど焦りもなく、待ち時間が、それほど苦痛ではなかった。
しかも、他に誰もいないということも幸いしたのか、自分の様子を誰にも見られていないと思うと、だいぶ、精神的に楽だった。
と自分が落ち着いた気分になると、面白いもので、
「お客様どうぞ」
といって、受付に案内された。
普段であれば、緊張の一瞬で、もし、これが本指名の相手であっても、久しぶりに恋人に会うかのような新鮮な気持ちになれたのだ。
しかし、この日は、何か新鮮な気持ちになっているような気がしていたのだが、実際には、受付までの道のりに、足が吸い付いてしまったかのように、足取りは重たかったのだった。
受付までくると、いつものように、注意喚起が行われる。そして、いよいよ、
「カーテンの向こうに女の子がいますので」
という、正直聞き飽きたセリフであったが、実際には、
「何度聞いてもいい」
と思うのであった。
いよいよ女の子とのご対面、
「俺には手の届かない、高嶺の花だ」
と思っていた相手である。
カーテンが開いて、そこに笑顔で立っている女の子を見ると、一瞬、拍子抜けした。
ランカーというくらいで、予約困難嬢が、普通に笑顔で迎えてくれているではないか。どちらかというと、鼻につきそうなくらいの上から目線で見られるのではないかと思っていただけに、それは本当にいい意味で、裏切られたと思った。
「どうぞ、こちらに」
といって、荷物を持ってくれる。
「暑かったでしょう?」
といって、絶えず声をかけてくれるのを見ると、
「なるほど、これがランカーというものか」
と心の中で関心したが、自分のお気に入りも、他に入った女の子も、その最初に限っては、それほど大差はなかった。
ただ、ランカーだと思っていた相手が、ここまで、他の子に合わせるような低姿勢に出られると、それこそ、自分がまるで、竜宮城にでも来たような気分にさせられる。
ある意味、このやり方が、彼女のランカーたるゆえんなのかも知れない、
何しろ、こちらは、予約が困難なランカーに相手をしてもらっているという、ある意味引け目のようなものがあるために、錯覚してしまうのも、無理もないことだった。
そういう意味では、ランカーという肩書があるだけで、普通の接客でも、他の女の子の倍の効果があるということなのかも知れない。
「なるほど、これだと、差が縮まるはずなどないよな」
と感じるのだった。
だが、それは、この時の吾郎のような心境でないと、たぶん感じないだろう、
他の人はランカー相手で、しかも、そのランカーが、自分のために奉仕してくれ、自分の腕の中で、悦びの声を挙げると思っただけで、ゾクゾクするのだ。
完全に、名前負けして、
「最初から臆している」
といってもいいだろう。
「俺って、そんなにあの時、冷静だったのだろうか?」
と思ったのは、実際にプレイに入り、重なった時に、
「あれ? 特筆すべきところはないな。これで、ランカーというのはどういうことだ?」
と感じた。
作品名:第一印象と二重人格の末路 作家名:森本晃次