第一印象と二重人格の末路
何と言っても、何もできなかった自分が悪いのだ。こんな店に誘い込まれて、身ぐるみはがされなかっただけでも良かったと思えばいいのか、ただ、自分でも分からない、身震いが襲うのだった。
もう、こうなったら、
「口直ししなかい」
馴染みの店に行って、リベンジしかないと思ったのだ。
一歩間違えれば、それこそ、返討に遭うだろうに、そんなことも思いつかず、またしても、フラフラと、以前に行ったソープの方に歩いていった。
そのあたりでは、もう、ほとんど客引きはやっていない。つまりは、風俗街でも、足を踏み入れてはいけないところに、フラフラと入り込んでしまったということなのだろう。
店の前に、いわゆる、
「黒服」
と言われるような、お兄ちゃんはいるが、決して声をかけて来ようとはしない。
それだけ、その頃から、警察の目が厳しかったのだろう。ちょうど時代的に、オリンピック招致などを国内で決める候補地が、ある程度まで絞られてきて、この歓楽街がある街も、まだオリンピック候補に残っていた。
ただ、その時に日本代表になった候補日は、結局、外国の都市に敗れてしまい、日本開催が及ばなかった。
結局その20年後に、東京開催という形で実ることにはなった。
ただ、下手に候補地などになると、候補地になった時点で、法律が厳しくなる。
特殊風俗営業は、基本的な法律として、
「風俗営業法」
というものがあるが、実際に施行させているのは、
「風俗営業法で決まっている範囲内で、決める各都道府県の条例」
となるのだ。
だから、他の県とは関係なく、県で決まった法律が、風営法に準拠しているので、そのまま法律として生きるのだ。
つまり、県によって、決まりが違う。
例えば、県によっては、
「県内で、ソープを営業してはいけない」
というような条例があったり、
「○○市○○区では、パチンコ、ゲームセンターなどを経営してはいけない」
というような法律があったりするのだ。
しかも、ソープなどというと、ほとんどの県では、ある一定の場所以外では経営してはいけないようになっている。
それこそ、吉原、玉ノ井などのように、いわゆる、
「ソープ街」
というところでしか、営業ができないようになっている。
やはり、一般市民が間違って入らないようにするためなのかも知れないが、ソープなどに関しては、結構、その法律は厳しいものだったりするのだ。
さらに、新規事業として、それまでソープを経営したことがない企業が、新たに事業拡大でソープを経営してはいけないことになっている。他に店舗があって、2号店経営などという場合はいいのだという。
だから、老朽化の場合はしょうがないのかも知れないが、基本的に店の大規模改造は許されない。
事情があって、店を閉めたところに、あらたに別のソープの店を経営する場合は、ちょっとした店内改装程度に収めておかなければならないという。
もっとも、経営者もそこまで金があるわけではないので、そんなことは、百も承知ということであろう。
そんなことがあり、ソープ街というのは、他の世界とは隔絶された世界だと言えるだろう。
それこそ、昔の遊郭のようなものである。
その日は、いつものソープに二回目に、まさか顔を出すことになるとは思ってもいなかった。
それは店員も同じことで、馴染みの店ということもあって、店員とも顔見知りで、最初来た時、
「ああ、すみません。今すぐにご用意できる子がちょうどいないんですよ」
と、実に残念そうな表情をした。
なるほど、受付のパネルで、すぐに行ける子という表示が普通ならあるのに、その日は一つもついていなかった。
そもそも、その日は、ちょうど金曜日だった。多いのも無理はないことで、自分が受付で、店員と話をしている時、ちょうど女の子の準備ができたのか、受付から、店員が待合室に入っていった。
普段は、待合室で待つ方なので、店員が動き回っているところを見ることはない。
「そうか、こんな感じで動いていたんだな」
とその時は感じたものだった。
「まあ、すぐがダメなら、しょうがないな」
といって、店を出てきたのだが、まさか、その後すぐに、ぼったくりに遭って、搾り取られてくるとは思ってもいなかっただろう。
しかし、店員が、吾郎が舞い戻ってきた時の、憔悴した様子っで、ある程度のことは察したのだろうか?
「ちょうど、ランカーの女の子が、この後、キャンセルが入って、空いたんですが、いかがですか?」
といってくるではないか。
なるほど、その子は、電話を掛けても、予約できるその時間から、5分も経たないうちに、あっという間に埋まってしまう。
後で知ったところによると、本指名という、いわゆる、
「リピーター」
客に対しては、女の子が優先的に入れるという、
「姫予約」
というのをしていたそうだ。
だから、あっという間に埋まってしまう。
もちろん、姫予約ができるには、何度もリピートし、女の子がよほど気に入らないと、ダメであった。
しかも、最初から敷居が狭いのだ。まず、そこに入るのが、本当を言えば、一番難しい。
その時のように、キャンセルが出て、そこにうまく埋めることができるかということで、実績を積むしかないのだろう。
だが、いくらランカーの女の子とはいえ、そこまでして、予約しようとは思わない。
確かに、最初は、抜けられない沼に嵌ってしまうほど、中毒のようになるかも知れないが、いくらオキニとはいえ、何度もその子だけに通っていると、絶対に飽きが来るものだ。
そうなると、その子に対しての遠慮と、他の子に入ることで、入った子が、いじわるされたりしないとも限らない。
「キャバクラのお姉ちゃんのように、ナンバーワンである私の客を取った」
と言わんばかりにである。
本来であれば、
「ランカーで、これだけリピーターで毎回完売しているのに、一人くらいの客が離れたとしても、別に意識することはないじゃない」
と、普通なら思う。
しかし、風俗嬢というのは、かなりプライドが高い女性が多いという。それこそ、アイドルグループの中で、センター争いをしているのと似ているのかも知れない。
そう、風俗の女の子は、客から見ればアイドルなのだ。客は、アイドルを応援する、ファンであり、営業を助ける、悪い言い方をすれば、
「金づる」
なのだ。
それを思うと、それまでの吾郎は、最初からランカーの女の子を狙う気はしなかった。今までであれば、
「ランカーの子が、ちょうどキャンセルが入って、空いてるんですよ。ラッキーだったですね。もうこんなことはありませんよ」
と言われたとしても、吾郎は、
「じゃあ」
とは言わないだろう。
それだけ冷静に考えているからで、
「もし、その子に入れるラッキーだったとしても、もし、彼女に嵌ってしまって抜けられなくなることを考えてしまう。もし、同じように、指名合戦を繰り広げた時に、以前からの常連さんが強いに決まっているだろう」
と考えた。
作品名:第一印象と二重人格の末路 作家名:森本晃次