五感の研究と某国
しかし、左右バラバラでないとできない音楽や楽器などはどうしてもできない。
ピアノあったり、ギターであったり、両方を同じ目的に向かって、別々に行うという、
「そう、バランス重視の行動」
といってもいいだろうか?
それをうまくできないのは、ただ、
「左右で別々なことができないからだ」
と直球で考えてしまうと、きっと永遠にできなくなってしまうことだろう。
しかし、これを、
「同じ目的のために、左右バラバラであるが、結果としてバランスが取れていることから、うまくいく」
と思うと、できるのではないかと後から思えば感じるのだった。
しかし、ある程度の年を重ねてくると、
「もう、いまさら分かったとしても、どうしようもない」
と簡単に諦めてしまうこともあるだろう。
左右でバランスを取れないと、ほとんどのことはうまくいかないということが頭の中では分かっているのに、音楽などではどうしてもうまくできない。
「芸術的なことは、俺にはできないんだ」
と思い込んでしまっているからなのではないだろうか?
人間には、思い込みというものがあり、結構厄介である。
時に、
「俺にはできない」
と思い込んでしまったものを、またやる気にさせるというのは、結構難しい。
「できない」
と思ってやめたことは、たいていの場合、トラウマのようなものが残っているからだ。
子供の頃に、無理やりやらせようとして、その反動で、できないと思い込んでしまい、そのこと自体、自分で受け付けなくなるなどということである。
そういう意味での触覚に対しての、錯覚というのは、結構あるのかも知れない。
ただ、楽器のように芸術に関してのことを錯覚というのは、若干違うのかも知れない。錯覚というのは、前述の目を瞑って、指を這わせるようなあんな感じのものをいうのではないだろうか?
そんな中で、触覚に対しての研究で、今注目されているのは、
「真空」
というものの研究だった。
真空というと、すぐに頭に浮かんでくるのが、食物の腐敗などを防ぎ、日持ちさせることを考える、
「真空パック」
という考え方だ。
触覚に対しての真空という発想は、元々は、まったく違うところから来たのだ。
この真空という発想は二段構えになっている。まず最初に浮かんできた発想としては、まず、
「感覚をマヒさせる」
というものであった。
感覚がマヒするということとして、考えるのは、
「冷却させてしまう」
ということだった。
なるほど、冬などの寒い時、冷たい時など、感覚がマヒしてくるのが分かってくる。そして思うのが、
「下手に転んだりしると、すぐに骨折などをして、大けがしてしまう」
ということだった。
そこで、酷寒の寒さの中で、特に北極や南極の究極の寒さの中で、
「バナナで釘が打てる」
というではないか。
カチコチンい凍ってしまうと、氷と同体化してしまい、ハンマーのようになるというのだが、逆に考えると、
「これほど、脆いものはない」
ともいえる。
相手が自分よりも少しでも弱ければ、十分な力を発揮するのだが、逆に相手が自分より強度が上であれば、こっちは、ひとたまりもない。
つまりは、生身の人間の時は叩いてお潰れることはないのだが、凍り付いた腕であれば、ハンマーを使えば、簡単に、こっぱみじんにぶち壊すことができてしまう。
つまり、凍り付いたものというのは、強度が強いが、すぐに壊れてしまうという弱点もあり、一種の、
「諸刃の剣だ」
といえるのではないだろうか?
ハンマーの力はかなりのもので、こっぱみじんにしてしまうと、破片しか残らない。
そもそも、血も凍るほどの冷たさなのだから、ハンマーでぶっ叩いてこっぱみじんにしたところで、血が流れることはない。
もし、それが解けてきて、氷がなくなり、やわらかくなってくると、バラバラの肉片が飛び散っていて、溶けた血液が流れ出るのではないか?
と考えてしまうのだった。
そもそも、そんなところまで普通は想像しないだろう。
砕けて壊れた時点で、頭の中はショッキングなことを見たくないという本能から、それ以上は考えないようになり、溶けてくるところまで想像がその現場から残っていることはない。
その場の想像だけで十分だからである。
そうやって考えると、人間を完全に氷詰めにする装置さえあれば、バラバラ殺人などできないわけではない。
ただ、バラバラ殺人という発想が、
「被害者を特定させたくないから」
という目的の元に行われているとすれば、氷詰めにして、叩き割ることで、バラバラにしたとしても、それは意味のないことであろう。
こんな恐ろしい研究を、日本はかつて、大日本帝国時代、陸軍が行っていたという。
それも、満州国というところの、ハルビンということろでだ。
その実験は、言語に値しないもので、何をどう表現しても、悪夢でしかない。
そんな状態で、研究している方も、
「気が狂っていたに違いない」
といえるのではないだろうか?
その研究所での所業を、かなり昔の映画で公開されたことがあったという。一度、DVDを借りてきて見たことがあったのと、実際にネットで検索すると、残っている証言を、あからさまに書いているのを見ると、その所業は、ナチスが行った、アウシュビッツなどの強制収容所におけるホロコーストなど比ではないくらいのものだった。
ただ、どうして、ナチスの行ったホロコーストほど、世界で騒がれていないのかというと、証拠らしい証拠はすべて、終戦前に日本軍が処分したからだという。
さすがにナチスは規模が大きすぎて、一つの収容所の処分だけでも大変なのに、それがいくつも国内に存在しているのだから、
「すべてを抹殺」
などというのは無理なことだった。
ハルビンにある研究所一つだけでも結構大変だったのだからである。
大量の研究資料、そして大量の死体の処分、さらに生き残っている、
「丸太」
と呼ばれた捕虜の処分などである。
生き残った捕虜に穴を掘らせて、そこに死体を埋めることになる。つまり、これは本当の、
「墓穴を掘る」
である。
そして、死体を償却しようにも、書類の山で焼却炉はいっぱい。結局穴に埋めるしかなく、処刑するにも大変だ。
ということで、研究所では、
「デスゲーム」
をさせた。
つまり、殺し合いをさせるのだ。一人の生き残りも許されないデスゲーム。最後まで生き残ったとしても、結局その人も日本兵に殺されるのだ。
そして、掘らせた穴に彼らの死体を放り込んで、処分をする。結果、戦争終結後、解放軍がハルビンに入った時には、証拠はまったくなくなっている。建物も破壊されているからだ。
生き証人も基本的にはいないはずなのに、なぜか、証人がたくさん出てくる。
それは、戦後自由の身になった研究所の所員たちがその状態を証言するからだ。
すでに、自分たちを処分する、上官も、大日本帝国自体がない。占領軍から、
「正直にいえば、命は取らない」
と言われれば、白状してしまうのも、無理もないだろう。