自由と偽善者セミナー
「3点台の前半くらいまではなら、先発ピッチャーは合格点」
と言われたものだ。
昔から、
「3点までは、先発ピッチャーの責任ではない」
と言われたものだ。
特に、昔は、
「ピッチャーは先発完投が当たり前」
と言われた時代である。
ただ、イニングは短くても、ホームランで点を取られると、あっという間に点数が入る。ソロホームランならまだしも、3ランホームランだったら、一瞬にして、3点が入ることになるではないか。
だから、
「クリーンアップの前にランナーを貯めない」
というのが、ピッチャーの鉄則である。
ランナーが出れば、気にしなければいけないし、バッターに対して注意がおろそかになると、あっという間にホームランを献上することになる。
毎年、エースと言われて、15勝近くしている投手の中にも、
「一発病」
と呼ばれる人もいる。
特に、スピードボールで勝負する投手は、ホームランバッターにはおあつらえ向きなのだ。
「相手は直球に的を絞って待っているところに、力まかせに直球を投げると、餌食になるのは無理もないこと」
と言われている。
しかし、それも、出会いがしらということもあれば、
「勝負球ではない、カウントを取りに行った球を狙われてしまった」
ということもある。
この場合は、相手の作戦勝ちなのだろうが、ピッチャーとしては、悔やまれる。
特に直球が武器のピッチャーは、
「カーブや変化球を投げてヒットを打たれるよりも、勝負した直球で、ホームランを打たれた方が、サッパリする」
というようなことをいう。
確かに、バッターとの勝負だけであればそれでいいのだろうが、チーム戦ということもあり、しかも、打たれたのが、スリーランホームランなどであれば、守っている選手が見れば、
「ピッチャーが一人で野球をやっている」
と思われても仕方がない。
ホームランではなく、フォアボールを連発し、監督が動く前に、
「押し出し」
を連発などすれば、溜まったものではない。
まるで、
「豆腐の角で頭を打ち付け、大けがをしたかのようではないか」
という、おかしなたとえになってしまうが、このたとえも実はまんざらでもなかったのである。
監督が動く前に点が入るというのは、フォアボールにしても、一発にしても、本当は監督もたまったものではないが、その責任は、
「投げさせた監督にある」
と言われても仕方がないだろう。
野球というものがどういうものなのか、こういうところを見ていると、意外と分かるものなのかも知れない。
とにかく監督というのは、優勝すれば、テレビなどから引っ張りだこで、英雄扱いされるが、逆にいえば、優勝しなければ、ほぼ評価はないといってもいい。
よほど、万年最下位のチームを優勝争いに導くところまで行ったなどというと、
「マジック」
などと言われて、注目されるだろうが、逆に、今まで優勝争いが常連だったにも関わらず、最下位争いに転じてしまうと、今度はファンが黙っていない。
過激なファンなどは、試合中にタマゴをぶつけてくるなどというファンもいたりして、何をしてくるか分からないのがファンである。
本当に過激なファンは、郵送でカミソリを送り付けるような、脅迫まがいのことをしてくるのもいるくらいであった。
そんな過激なファンもいる中で、ストレスをためながらやらなければいけない監督、
「チームが勝てば、ヒーローは選手。負ければ、監督の采配が悪い」
そんな理不尽な世界で、十年以上も監督として君臨してくるのもすごいものだ。
だが、それも、ある時期を超えると、監督としてのイメージがまわりに焼き付き、そして、何よりも自分が、監督であることに自覚が持てるようになるだろう。
チームがあまり強くない時期もあれば、監督が何もしなくても勝てる時がある。下手をすれば、動けば動くほど、泥沼にはまることがある。
ヘッドコーチとなったこの男は、絶えず、監督の後姿を見てきた。
前任監督は、最初からオーラがあり、選手時代も、結局、この監督にだけは、頭が上がらなかった。
今度の監督は、本来なら、自分がなるはずの監督の座を奪ったともいえる、
「憎き相手」
だと思っていたが、実際には、
「あまり強くないチームを引き受けさせられた、いわゆる貧乏くじを引かされたという意味で、気の毒だ」
といえるのだが、表向きは、ついつい監督になれなかったことを恨んでいるかのように見せていた。
ただ、それも、シーズンが始まると、そんなことも態度に出さなくなった。
本当にそれだけ、戦力が致命的になかったのだ。
確かに、シーズン前の評論家の戦力ランクも最低で、ほとんどの評論家が、最下位を予想していた。
新人監督ということもあれば、前年のオフに、主砲とエースがそれぞれ、FA宣言をしてしまったので、チームを去ることになった。
しかもmエースの方は同一リーグへの移籍になってしまったので、勝ち頭が、そのまま、今年も活躍されると、自分のチームの勝ちの分と、さらに、直接対決でどうしても、負けるイメージを持ってしまう。
「味方だったら、これほど頼もしい存在ではないのだろうが、敵に回すと、恐怖でしかない」
ということになるのだ。
そんなシーズンが始まると、やはり思っていた通り、スタートダッシュで、転んでしまった。
開幕の2試合は、連勝し、
「このまま少しでも、連勝が続けば、波に乗れる」
という時に、逆転負けを喫した。
しかも、次の試合は、元エースとの白井であり、見事に相手に完封されてしまった。
今までこのチームでは、選手の寿命を考えて、100球対策を厳守していたので、いくら0点に抑えていても、7回くらいで交代させるのが、当たり前だった。
だから、勝ち星は重なったが、完投、完封などは、まったくの無縁だったのだ。
だが、チームが移ると、まったく違った男を見ているようだ。
まるで、
「水を得た魚」
とでもいえばいいのか、見事に完封されてしまい、その躍動感が眩しいくらいだった。
球数は、130球近かったが、疲れたようには見えない。
ただ、こんなことをしていて、本当に寿命が短くなるかどうかは分からない。何しろ元々の寿命が分からないからだ。
ヒーローインタビューを聴いていて、
「これが、僕の本当の姿です」
といっていたのが、印象的だった。
アナウンサーも、そこは深堀しなかったし、本人もそれ以上のことを口走ったりしなかった。
しかし、聴いていると、
「俺は先発完投型なんだ」
といっているのを同じで、いかにもこちらを見ながら、
「どうだ。これが俺の実力だ」
といっているようにしか見えなかった。
それを聞いていて、監督も、ヘッドコーチも、唇をかみしめていた。ハッキリとした屈辱感を味合わされたのだ。
「飼い犬に手を噛まれる」
とはこういうことをいうのだろう?
しかも、ヒーローインタビューの後は、今度は囲み取材で、敗者の弁を述べなければならないという、まるでさらし者のような、お仕置きが待っている。
「なんて答えればいいんだ?」
ということで、自分でも、どうしていいのか分からない。
作品名:自由と偽善者セミナー 作家名:森本晃次