自由と偽善者セミナー
「そろそろ引退が近いのでは? このままいけば、自分の現役と一緒に引退ということになるかも知れないので、ここはひとつ、その花道を選手の自分の花道として、一緒に飾ってあげよう」
と思い、大いに奮闘したのだった。
だが、他の選手はというと、シーズン中盤で首位とに、十数ゲーム離され、三位のチームとも6ゲームほど、まだ何とかなる成績ではあるが、夏場に入り、主力が次々にリタイヤ、そこに持ってきての監督ということなので、とても、うまくいくはずもない。
それを考えると、選手も次第にやる気がなくなってきていて、楽をすることを考える。
といっても、
「無理をせずに、けがをしないようなプレイに走るか?」
あるいは、タイトルに手の届きそうな選手は、
「自分のタイトル奪取に向けて」
にしか興味がない。
ホームランが視野にある選手は、一発しか狙っていないし、ベンチから、バントのサインが出ないのをいいことに、本当に、ホームランしか狙っていない。
これは、プロの選手なので、チームプレイとはいえ、仕方のないことであろう。そのまま給料に直結することであるし、無理をしないというのも、今年がダメなら、来年、万全な調子で迎えられるように、たとえば、打撃改造に取り組むなどの、いわゆる、
「消化試合」
として、練習している気持ちでプレイをしている選手もいるだろう。
それはそれで悪いことではない。ただ、問題は、
「ファンが見に来ている」
ということだ。
だが、彼らに言わせれば、
「優勝できないのであれば、せめて、シーズンの愉しみとして、球団からタイトルホルダーを出すというのも、ファンサービスではあいか?」
というのだ。
もちろん、それも一つの考えなのだが、球団としては、溜まったものではない。
球団の本音とすれば、
「優勝もしないのに、タイトルホルダーばかり増えれば、その連中の年棒を挙げてやらなければいけないじゃないか? 収入よりも支出の方が嵩んでは、球団経営としてはたまったものではない」
ということになる。
そうなると、球団としては、たまったものではない。
「有名選手ばかりを抱え込んでいるのに、優勝できないとは、どういうことだ?」
と言われかねないのだ。
今までは、監督が名監督だったので、タイトルホルダーの数に比例した成績を上げてきたので、
「選手と監督、首脳陣がmうまく噛み合っているから、優勝できた」
と言われてきた。
ただ、今回は、そのタイトルホルダーの常連が引退し、そのまま監督に就任したのだから、当然、自分の穴を埋める選手を育てるか、他から取ってくるかしかないだろう。
正直、チーム内に、
「後継者」
となるべく選手はいない。
正直、
「四番候補はたくさんいるが、実際に固定できるほどではない。帯に短し、たすきに長しという選手が多すぎるんだよ」
ということであった。
そこであらためて、
「前監督は、そのような選手を起用に適材適所で起用することで、うまく行ってきたのに、今となってみれば、なかなかうまく機能しないというのはどういうことだ?」
ということになったのが、今シーズンであった。
さすがに、最下位ではないが、今までの球団からいけば、かなりの低迷で、少なくとも前監督の時には、ここまでひどいことはなかったと言われている。
そのせいもあって、世間では、
「史上最悪の成績」
という言われ方をしていて、ファンもその通りだと思っていた。
監督である本人もそう思っているくらいで、いつも、
「どう責任を取ればいいのか?」
ということで悩んでいたようだ。
そんな時、午前中に行われる、首脳陣の会議は、まさに、
「小田原評定」
で、負けが確定している戦争を、いかに被害を少なく終わらせることができるかということが問題なのだ。
「このままいけば、チームは、悲惨な末路を遂げる。何とかしないといけない」
という会議であるのだが、皆考えていることはバラバラだ。
すでに来シーズンのことを考えている人もいる。
それは、もちろん、自分がこのチームに残れるかどうかで決まってくるので、残れる残れないで考えなければいけない。
残れるとする場合は、まだ前向きな考えを出せるというものだ。
ただ、今シーズンを棒に振ってでも、来年をいかにスタートさせるかということにしか頭の中にはない。
今年を何とかしようと思っている人は、
「どうせ、俺はこのままお払い箱だろうから、せめて、解説に回るとしても、有終の美だけは飾っておけば、またどこからコーチの口もあるだろう」
と考えている。
さすがにこの時点で、来年、どこかのチームから誘いが来るというようなことは考えにくいと思っていたし、少し充電期間がほしいというのも、本音ではないだろうか?
そんなことを考えていると、
「もう、この球団のことはどうでもいい」
という思いの方が強くなってきた。
そうなると、却って気は楽だった。
今まで下で活躍していた選手を上に挙げて、その選手が活躍すれば、
「活躍した選手を下から引き揚げた」
という実績が残り、
「スター選手を一人発掘した」
とも言われるかも知れないのだった。
そんなチームで、一人のコーチがいるのだが、彼は、選手時代には、結構自分よがりの選手で、いわゆる、
「自分流のプレイで、個人プレイに走りがちな選手」
であった。
ただ、あまり知られていないが、そんな彼は、ベテランになった頃に、自分の派閥を形成していたのだった。
「俺は、そのうちに、コーチから監督になるから、お前たちはこの俺についてくるか?」
という感じで、チーム内で、密かに広がった派閥だった。
首脳陣はウスウス分かっていただろう。
しかし、選手としての成績は抜群なので、ここで怒らせて、下手に他球団に移籍でもされたら大変だ。しかも、同一リーグに移籍などされると、
「昨日までの頼れる選手が、あっという間に、敵に回るのである」
しかも、派閥形成が結構うまく行っているようなので、このままでいくと、
「他の選手まで一緒に移籍ということになり、戦力だけでなく、
「お家騒動が明るみに出る」
という結果になってしまい、球団としてのイメージにまで波及してしまうのだ。
そんなことになれば、ファンも離れていくかも知れないし、いい選手も入ってこない。
「負のスパイラル」
を一直線に駆け下りるだけになってしまうことだろう。
それを思うと、下手に扱うことのできない選手として、球団も甘やかすしかなかった。
本当は、そのまま引退させればよかったのだが、前任監督が、
「彼をぜひともコーチとして残してほしい」
ということをフロントに直訴した。
本人は、どうやら、解説者になるつもり満々だったようだが、監督に頼まれると、嫌とは言えないというところがあった。
結構、あざといところがある人間ではあったが、任侠のような仁義であったりが好きな選手だったので、そこまで監督に言われれば、その気になったのであった。
むしろ、選手時代から、
「扱いにくい選手だ」
と思われていたのは分かっていただろうから、監督に慕われていると思うと、
「冥利に尽きる」
作品名:自由と偽善者セミナー 作家名:森本晃次