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必要悪と覚醒

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 まるで睡眠剤でも飲まされたかのように感じるその時間は、子守歌を聞かされているかのようであった。
 それも、リズミカルな子守歌である。
 睡魔を誘う音楽というのは、何も、
「スローテンポだから眠くなる」
 というわけでもない。
 軽やかであっても、そう、軽音楽が睡魔を誘うというではないか。
 つまり、人間、それぞれに睡魔を誘うリズムがあるのだろう。それも幾種類もである。
 それが共通しているのが、オルゴールであったり、軽音楽であったりと、いわゆる、その人にとっての、
「バイオリズム」
 というものが、決定するものなのかも知れない。
 そんなセミナーだったので、実際に会社から、
「参加しないか?」
 と言われると、若い頃は断っていたが、この年になり、主任から、係長になっていくと、簡単に断ることもできなくなっていったのだ。
「せめて、いかに苦痛を逃れるか?」
 ということが重要になり、そのために、考えたのが、
「妄想の世界に入る」
 ということであった。
 その発想が功を奏してか、眠くならないようにだけはなっていったようである、
 ただ、セミナーに実際に参加してみると、本当に眠っている人もいて、中には、豪快に鼾が聞こえる人もいた。
 講師も、大っぴらに注意できるわけではない。そこはさすがに大学の講義とは違うので、難しいところであった。
 それでも、畠山は、どこか後ろめたかった。実際に聞いているふりをして聞いていないのだから、それも無理もないことだろう。
 しかし、今回も、今までと同じように、自分の妄想の世界に入っているにも関わらず、最期には、同じところに着地しようとしているのだと感じると、そんな後ろめたさはなかったのだ。
 逆に、
「自分が、成長したのではないか?」
 と、まったく根拠のない自信めいたものを感じることで、余計な気持ちになる自分がいて、おかしな気分にさせられた。
 その日のセミナーを終えると、いつもと同じように、講習を受けた人が、2,3名。講師に何かを確認に行っているようだ。
「会社によっては、セミナー参加してくれば、そのレビューをまとめて提出しないといけない会社もあるらしいからな。そういう意味では、うちの会社は、まだ甘いと言われても仕方がないわけだ」
 といっている人もいた。
「それは確かにそうだよな。レポート提出って言われたら、さすがに上司になったとはいえ、参加を考えてしまうかも知れないな」
 と言ったが、それだけ、セミナーにおける睡魔との闘いは、結構きついものがあるのだった。
 その日のセミナーの終了予定時間は、午後八時半、時計を見ると、ほぼ正確な時刻を示していたのだ。
 講習が行われていた部屋を出ると、皆一人として知り合いがいないことで、皆蜘蛛の子を散らすように、それぞれ帰宅を急いでいるようだった。
 それは、畠山も同じことで、部屋を出ると、足早にホールの玄関へと向かったのだ。
 すると、
「すみません」
 といって後ろから声をかけてくる人がいた。
 その人を見ると、さっきまで、自分の斜め後ろに座っていた男性だったのに気が付いた。
 いつもならどんな人がいたのかなど、すぐに忘れるのだが、その人のことを忘れなかったのは、その人がさっき、すぐに眠ってしまったからだ。
 しかも、その様子が実に気持ちよくである。
「先にそんな風に気持ちよくなられたら、こっちの立場もない」
 と苦笑いをした。
 もし、その人がいなければ、自分が睡魔に陥っていたということを考えたからだったのだ。
「どうかしましたか?」
 と後ろを振り向いて、こちらから声を掛けると、
「先ほどの、セミナーはどうでしたか?」
 というではないか?
「お前は寝ていたから聞いていないんだろう?」
 と思わず言いかけてしまったが、口をつぐんだ。
「実は私はこの講義を受けるの初めてではないんです。何度かあるので、実は大体分かっているんです」
 というではないか。
「どういうことですか?」
 と聞くと、
「私は転勤や部署替えが結構多いので、同じ研修を何度も受けることもあるんですよ。以前は、上司に話してましたが、今では面倒臭くなって、言わなくなりました」
 といって、苦笑いをするのだった。
「そうだったんですね。あれだけ堂々と寝ちゃうので、こっちが、ひやひやしましたよ」
 といってニッコリと笑うと、
「それは申し訳ないことをしましたね。でも、それも無理もないことなのかも知れないですね。僕も少し反省しないと」
 といって、また笑っている。
「ところで、何かご用ですか?」
 と聞くと、
「あっ、いや。この後少し時間があるかと思いましてね」
 というではないか?
「ん? 何かお話でもあるのですか?」
 と、いうと、
「え、ええ、まあ、これから食事でもしながらと思いましてね」
 と相手は、ドギマギしているのか、それとも、言葉を選ぼうとするが、ハッキリとしたことが癒えないとでも思うのか、そのどちらなのだろうか?
 そんなことを考えている相手が、可愛らしいというか、滑稽にも見えたので、せっかくだから、このまま帰るというのも、もったいない気がして、付き合うことにした。
「いいですよ。お話伺いましょうか?」
 と気軽に答えた。
 これだけの、あからさまな戸惑いは、別にヤバイことを話すわけではないだろう。本当にヤバイことだったとすれば、こんなにも戸惑っているわけもなく、まるで子供が、迷っているような様子に、畠山は、却って、気楽な気持ちになったものだ。
 この時点で、
「マウントは自分が取ったようなものだ」
 と感じたのだった。
 実際に、マウントを取ったというよりも、
「ちょっとからかってやれ」
 という程度のもので、本当に気楽なものだった。
 そこで、彼に誘われるがままについていくと、なくなったと思っていた飲み屋横丁が、場所を変えて存在していて、少し驚かされた畠山だったが、
「ここまでくれば、ついていくしかないのよ」
 と感じたのだった。
 男の後ろからついていくと、男はそのうちの一つのバーに入っていった。
 こじんまりとした店内には、カウンターに数名。そしてテーブル席は一つという、本当に10名もくれば結構いっぱいという店だったのだ。
 その日だけのことなのか、いつもそうなのか、扉を開けると、テーブル席にもカウンターにも誰もおらず、マスターが洗い物をしているだけだった。
「いらっしゃい」
 と言われて、男について、畠山が中に入ると、もう一度、
「いらっしゃい」
 とマスターは言って、それ以上、二人を見ようとはしなかった。
 それが、この店での
「二人のしきたり」
 のようになっているのか、それ以上、マスターと男は目を合わせることはなかった。
「テーブルと、カウンターどっちがいい?」
 と、男が言った。
 普通、初めての客を自分の常連の店に連れてきた場合は、そのほとんどを仕切るのが、連れてきた人間の常識のはずなのに、男は、相手に主導権を渡すかのようなことをした。
 まるで、
「バトンを渡された」
 かのようではないか。
 それを思うと、
「この人は一体何を考えているんだ?」
 と思った。
作品名:必要悪と覚醒 作家名:森本晃次