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時間を食う空間

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 と、言って片付けるしかなかった。
 何が噛み合っていなかったのか、正直今となっては分からないが、お互いにまだ高校生、相手もウブだったし、自分も童貞、発展するとしても、限度があったことだろう。
 結局、彼女はできても、初体験をできるような環境にならなかった。
 後から思えば、
「それはそれで、当たり前のことだったのかも知れない」
 と自分の性格を考えると、その通りだった。
 高校時代までの自分は、
「父親のミニ版」
 と言った感じだった。
 正義というものが何なのか、自分なりに感じていた。今から思うと父親のそれと、近かったように思う。
 将来、あれだけ毛嫌いすることになる性格なだけに、大人になってから、自分の子供時代のことを思い出すと、怒りがこみあげてくるくらいだった。
 だが、実際には、懐かしいと思える思い出も多く、それだけに。嫌いというわけではなかった。
 総合すると、
「好きだった」
 といっていいのかも知れない。
 そんな佐久間が大学に入ると、ちょうど一年先輩が結構よくしてくれた。
「兄貴肌」
 といっていいような人で、羽振りもよく、結構いろいろ奢ってくれたりもした。
 その時の風俗も先輩の奢りだったのだ。
「大学に入ったんだから、これを記念に、童貞を卒業してくればいい。風俗で卒業するというのは恥ずかしいことではない。お前だって、高校時代までに、彼女がいなかったわけではないんだろう?」
 と言われて、
「ええ、そうですね。卒業する機会はあったはずなんですが、機会がなかったというか、噛み合わなかったというか」
 と正直にいうと、
「ははは、そういうことだってあるさ。俺だってそうだったんだからな。でも、最初童貞だってお姉さんの前に出た時は、正直恥ずかしかったな」
 と、先輩は、恥ずかしそうなそぶりを隠すことなく披露してくれた。
 それだけに、佐久間は安心できたといってもいいだろう。
「童貞だからって、こういうお店では恥ずかしがることはないんだ。女の子も正直に言ってくれた方がありがたいんだよ」
 と先輩がいうので、
「どうしてですか?」
 と聞くと、
「だってそうじゃないか。相手が童貞だと分かると、女の子の方だって優しく教えてあげようって思うだろう? それに女の子によっては、緊張する子もいる。もし、相手が自分で、その男の子が、女というものを嫌いになったらどうしようって思うからね。だから、童貞なら童貞だって知っておくほうが、対処のしようだってあるだろう? 後から知る方が、何となく嫌な気持ちになるものさ」
 と先輩は言った。
「そんなものなんだ」
 と、佐久間は感じ、実際に、風俗での童貞喪失が、自分には一番合っているのだという結論に達したのだった。
 先輩は、それなりに風俗経験もあるので、
「お前のような童貞に、一番ふさわしい女の子をつけてあげよう」
 といって、店も女の子も選んでくれた。
 奢ってもらうのだから、当然文句が言えるはずもないが、
「この先輩がいうのだから」
 と、安心しきっている部分もあったのだ。
 一つ前もって教えておいてもらってよかったと思ったのが、
「女の子の方も緊張する」
 ということだった。
 それを聞いて、
「俺のような童貞に、女の子も緊張してくれるんだ?」
 という思いが気を楽にしてくれた。
 こちらが童貞だというと、相手の女の子は、
「面白がって、いろいろいじってこられたりすると嫌だな」
 という思いと。
「却って緊張させて、無理に背伸びする形で、お姉さんぶって、いろいろ説教しなければいけない」
 と思う人もいるのではないか?
 そんな思いがあったのだ。
 しかし、今回は、風俗通を自他ともに認めるという先輩が推薦してくれた、
「この子なら」
 という子だったのだ。
 間違いなどあろうはずがない。さぞや、今までに何人も童貞の、
「筆おろし」
 をしてきたのだろうことを想像させるのだった。
 先輩に連れてきてもらい、先輩は、別の女の子を指名した。最初先輩はコソコソとスタッフの男性と話をしていて、スタッフの男性がチラッとこっちを見たのを感じたので、
「ああ、あれは、僕を見たんだな」
 と感じた。
「きっと、僕が童貞なので、そのあたりはうまくやってくれ」
 とでもいったのか、そもそも、目的は童貞喪失なので、別に隠すことでもない。オープンにしてもらった方がこっちも気が楽である。
 二人で待合室に通されると、すでに、2,3人の人が待っていた。
 当時は、タバコなど吸い放題だった時代だったので、灰皿に吸い殻が溜まり放題だった。
 その時にいた連中のうちの一人は喫煙者で、落ち着きのなさがハッキリ捉えられた。タバコを、ぷかぷか吸っているという印象で、相当の落ち着きのなさが感じられた。
 とはいえ、
「童貞なのか?」
 と考えれば、そうでもないように見えた。
「初めてというわけでもない人でも緊張しているんだろうか?」
 とその時は思ったが、後から思えば少し違って感じられた。
「落ち着きがないように見えたが、そうではなくて、楽しみにしているワクワクの裏返しなのではないか?」
 と思えたのだ。
 実際に、風俗にそれから何度も行くようになると、待合室で待っている時間も、意外と嫌ではない。あまり長いと興ざめしてくるが、10分、15分くらいであれば、緊張感を高めるのにちょうどいいくらいの時間に思えてきた。
 待合室に入って、1分も経たないうちに、
「お待たせしました」
 などと言ってこられると、
「ああ、まだ心の準備ができていない」
 と思うかも知れない。
 適度な緊張感を高めるのには、時間がいるというものだ。そういう意味で、待合室という空間は、気持ちを高めるには最高で、それまでお店に行くまでの緊張感が、一度受付を済ませると、リセットされるのだった。そこで、再度緊張感を高めるためには、この待合室という環境は大切だった。
 そういう意味で、いまだに佐久間は、デリヘルというものを使ったことはなかった。
 デリヘルというのは、待合室がそのまま、ホテルの部屋になり、プレイルームになるのだ。童貞を失ってからのあの待合室の緊張感の心地よさが忘れられないので、佐久間はデリヘルを使わないのだ。
「きっと、箱型の風俗にいく連中は、俺と同じ感覚になる人が多いんだろうな?」
 と思えたのだ。
 初めての相手の女性と対面した時、最初に感じたのは、
「お姉さんだ」
 という印象だったのだ。

                 賢者モード

「はじめまして、あやねといいます」
 と、カーテンがオープンされると、そこには、
「少しケバいのではないか?」
 と思うようなお姉さんが立っていた。
 その顔は、無表情で、軽くニコリとはしているが、落ち着いていたのだ。その表情に、こちらを興味津々で見るような感じも、変に人懐っこさも感じられなかった。おかしな言い方をすれば、
「事務的」
 にも見えなくもないが、下手に興味を持たれてしまうと、緊張しているだけに、興ざめしてしまわないとも限らないと感じた。
 もちろん、先輩から話が言っているはずだろうから、そのこともわきまえてのはずだ。
「こちらへどうぞ」
作品名:時間を食う空間 作家名:森本晃次