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時間を食う空間

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 と言われ、一瞬、佐久間は老人が何を言っているのか分からず、思わず、マスターの顔も見てみたりしたが、マスターは相変わらず、手だけはしっかり動かしていて、聴いているのだろうが、話の腰を折るような真似をするわけではなかった。
「そういえば、これは学生から会社に入って、まったく毎日が変わった時、ちょっと感じたんですが、学生時代に感じていた時間の感覚というのは、一日一日が、結構時間が掛かったように思うんですが、気が付けば一年が経っていて、その一年は、あっという間だったという気がするんですよ。でも、逆に会社に入ってからというのは、一日一日があっという間なのに、一年がかなりかかったかのように思ったんです。不思議な感覚だと思いました」
 というと、
「それを、佐久間さんはどうしてだと思いますか?」
 と聞かれて、
「よく分からないです」
 と答えると、
「そうなんですよ。私もそうだったんです。それが最近になってやっと分かってきたんです。そういう時間の感覚というのは、人生の節目が何度かあるんですが、そこで感じるんですよね。今言われた、学校を卒業してからの時は、まさにその一回なんです。なぜかというと、そこで、自分の人生の立場が変わってしまうからなんですよ。分かりますか?」
 と、いつになく老人は興奮気味に話している。
「いや、ちょっと」
 と、圧倒されながら答えると、
「というのは、学生時代の卒業前というと、自分よりも上の学年はいないわけでしょう? いるのは、下ばかり。そんな光景を見てきたから、下しか見ていないんですよ。だけど、今度会社に入ると、上と同期しかいないわけですよ。この差は、分かっているつもりで、意外と分かっていない。だから、五月病などということが起こってくるんですよね。それは、時間の感覚にも微妙に影響を与える。それを果たして分かっているかどうかということが問題なんですよ」
 と老人は言った。
「なるほど、そういわれてみれば、思い返せば、分かる気がしてきました。何となく、目からうろこが落ちるというのは、こういうことなのかって思いました」
 というと、
「ただ、これは、人に言われて感じたことなので、正直。それがすべてだと言いません。どちらかというと、自分で気づかないといけない部類のことなんですよ。だからあなたにも自分で気づく時がくる。そしてその時、また、今ここで話したことを思い出し、新たな考えが生まれてくることを悟ることになると思いますよ」
 というではないか、
 ということは、この老人も、かつて誰かに言われて、最近気づいたことで、今度は自分がその伝道師にでもなったかのような気がしてきたのだろうか?
 それを思うと、ちょっと、
「気にしておこう」
 と感じたのだった。

                 父親への反発

 おとなしいと思っていた老人が、この時だけは、いや、この時とばかりといった方がいいのか、結構気合を入れて話をしてくれた。
 話がその後は、少し惰性な感じに移行してきた時、ふと、時計を見ると、時間はすでに、11時を回っていた。
 ここからだと、電車もバスもいらずに、家まで帰れるのだが、時計をよく見ると、次第に目がぼやけてきているのを感じた。
 あまり飲んだわけでもないのに、酔いが回ってきたのか、少しきつさも感じられた。
「もう少し休んでいくべきか、それとも、このままここを出た方がいいのか?」
 と感じた。
 しかし、結論として、
「時間が経てば経つほどきつくなりそうなので、このまま今だったら、普通に帰れそうな気がする」
 と思ったので、
「それじゃあ、そろそろ」
 ということで、会計を済ませ、店を出ることにした。
「また近いうちに来てみたいな」
 と思ったのは、正直、あの老人が気に入ったのではないだろうか?
 いや、気に入ったというよりも、気になっていると言った方がいいかも知れない。老人を見ていると、
「あの人は、自分の将来なのかも知れない」
 と、何の脈絡も根拠もない思いが浮かんできたが、少なくとも、先ほどの話全般を思い出してみると、
「確かに考え方は似ているのかも知れないな」
 と感じたのだ。
「じゃあ、また来ます」
 といって、表に出ると、風が少し冷たかった。
 そろそろ初夏という感じなのに、それにしては、風が冷たかったのだ。
「風の強さのせいかな?」
 この時期、
「風が強いと、雨が降る」
 と言われているようなので、傘は常に持ち歩いている。
 以前は折り畳みの傘や、ワンタッチで開くような、少々いい傘を持ち歩いていたが、最近の雨というのは、想像を絶するものがあり、いい傘などを持っていると、すぐに吹き飛ばされてしまい、買ってすぐでも容赦なく、
「お釈迦」
 にされてしまうことも少なくなかった。
「こうなったら、コンビニのビニール傘でいいか?」
 と思うようになった。
 半分は使い捨てでもいいというくらいに思わないと、溜まったものではない。コンビニの傘であれば、少々壊れても、また買えばいいと思う。それくらい、最近の雨は尋常ではないのだった。
 実際に歩いている人を見ると、スーツ姿のサラリーマンが、ビニール傘を差しているシーンをよく見る。
 もう恰好にこだわっている場合ではない。
「背に腹は代えられない」
 ということであったのだ。
 そんなことを考えながら、ゆっくりと、それでも、歩は着実に、家に向かって進んでいた。
 ただ、普段あまり飲まないだけに、酔うと思ったよりも深酒だったようで、家までノンストップで帰るのはきつそうだった。
 途中で神社があるのを思い出し。その神社の境内の横が、児童公園になっていたのだった。
「あそこのベンチに、自販機で水でも買って少し座ろうか?」
 と思った。
 風は冷たかったのだが、座ると思い歩くスピードを下げると、一気に汗が噴き出してきた気がした。
 背中にも汗を掻いていて、額からは、玉のような汗がしたたり落ちていた。
 普段から、ハンカチなどを持ち歩く習慣がないので、スーツの袖で汗を拭いた。
 いつもだったら、そんなことはしないのだが、酔いのせいで、気が大きくなっているのかも知れない。
「まあ、しょうがないか」
 と、全体的に気分が、少々大きくなっているようで、脚元をふらつかせながら、何とかベンチに座ったのだ。
「久しぶりに座ったな」
 と思ったが、それもそうだろう、
 このベンチに座るのは、高校生の頃が最後だった。小学生の頃はよくここで遊んでいたのだが、中学に入ってからは、何かあるたびに、ここで座って考え事をしていたっけ。
 中学時代の思春期の頃は、初めて女の子を好きになり、気持ちの整理がついていなかったことで、ここに座って、いろいろ考えていた。
 高校に入ると、受験勉強の疲れと、
「なんで、こんなことまでしなければいけないのか?」
 と、受験に対しての憤りなどで、これも、考え事をしていたのだが、ここに座って考えることというのは、それだけその時々で真剣なことだったこともあって、遊びで考えていたわけではなかった。
 それだけに、答えがまとまるわけもなく、ただ、
「考え事をするなら、この神社のこのベンチで」
 と考えるようになったのだった。
作品名:時間を食う空間 作家名:森本晃次