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時間を食う空間

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 聞く気はなくとも、聴いていると、その内容には興味をそそられるものだった。そんな中で、一つ気になる話題があったのだが、
「ねえ、マスター、この店って、時間が早く過ぎてしまうような気がするんだよ」
 と客がいうと、
「ああ、そうだろうね。ここは、時間を食うからな」
 と、マスターは、真面目に答えた。
 二人の間に、冗談めかしたところは一つもない。まるで、その話がすべてにおいて、本当のことのように思えてならないのだ。
 思わず、こちらから、
「時間を食うって?」
 と、横槍を入れてしまって、
「しまった」
 と感じるのだが、それはもう後の祭りだった。
「ああ、そうなんだよ。この店は客の時間を食うということをいう人が今までにも何人かいたんだよ、だから、彼が、時間が早いと言った時、ふっと連想したのが、時間を食うという感覚だったんだ」
 と、マスターは言った。
 マスターは、慣れているのか、落ち着いて話をした。
 だが、少し思ったのは、この老人もどこか、百戦錬磨な気がするので、
「敢えて」
 という感がないわけではない。
 それを思うと、この二人の会話を聞いていると、どこか、人を食ったところがあるように思ったが、まあ、会話として聞いてる分には、別に問題があるわけではないので、楽しく会話に引き込まれたふりをするのもいいように思えたのだ。
 毎日会社では、会議がある。
 定例会議を含めて、プロジェクト会議など、さまざまである。一日中会議などということも珍しくはない。
「こんな暇があったら、作業をするのに」
 と思わなくもない。
 こんなものがなくて、朝から、他の人を手伝っていれば、残業など、最初からないのだからである。
 会議といっても、出席理由のほとんどが、
「課長だから」
 というだけであった。
 定例会のほとんどは、自分よりも上の人ばかりである。いわゆる、
「経営会議」
 に近いようなもので、出席メンバーが、
「課長以上」
 になっているので、ただ出席しているだけだ。
 当然、発言する権利などあるわけもなく、ただ、黙って聞いているだけだ。意見も言えずにいるだけだというのは、それこそ、苦痛であり、襲ってくる睡魔と戦わなければいけないということで、会議というのは、出席するだけで疲れるのであった。
 逆にプロジェクト会議というのは、自分よりも下のものが多い。責任者というのは、主任クラスで、責任者を中心に、若手で構成されている。
 そのため出ているのは、
「課長だから」
 という理由だけである。
 それこそ、
「お飾り」
 であり。発言権もなければ、当然、決定権もない。
 せめて、明らかに間違った方向ではないかと思った時だけ、
「それはちょっと違うんじゃないか?」
 といって、いさめるくらいである。
 それも、本当によほどの時でもなければ口出しをしないのがルールであり、大日本帝国時代の天皇が、いくら天皇という神とも思しき立場にいたとしても、
「政治には口を出さない」
 という、暗黙の了解のようなものだった。
 そういう意味でも、課長というポジションは、
「なるもんじゃない」
 と思わせるに十分だった。
 最近は、会議の時間がさほど長くなかった。
 というのも、会議が始まるまでに、水面下で大体のことは決めてあり、会議には、議題として出すだけで、決定まではあっという間であった。
 つまり、
「根回しが行き届いている」
 というわけだ。
「そういえば、俺が主任の時も、ちゃんと会議の前に根回ししていたな」
 ということで、まずは、会議の日程を決める時も資料がいつまでに出来上がるということを考えてから、
「来週の水曜日、午後以降でいかがでしょう?」
 と、他の部署の担当者に話をしていたりした。
 特に、自分が課長をしている時は、他部署との連携に関するプロジェクトが多かったことで、根回しをしておかないと、次から会議の出席を渋られてしまう。資料作成は、必須だったのだ。
 ただ、今の係長も、主任も、そのあたりのことをよく分かっていない。
「昇格して、まだ日が浅い」
 ということなのだろうが、今まで自分たちが見ていた上司ではないか。
 そもそも、自分が主任の時係長の仕事をちゃんと見ていたという自覚はあったが、課長の仕事は、見ているつもりだったが、なってみると、自分が想像していたことと、まったく違ったような気がしたのだ。
 主任から係長と、係長から課長ではまったく見え方が違う。同じ角度で見ていると、想像していたこととまったく違っているのを感じさせられるのだ。
 やはり、課長以上は、
「管理職」
 ということなのだろうか?
 残業手当は出ない。責任だけは押し付けられる。下と上の板場差になってしまう。そんな状況が、当たり前だったのだ。
「ああ、そんなことを忘れたいと思って出てきたのに」
 と、思わず、自分の首をグルグル回してみたくなるくらいだった。
 目が回るくらいに首を振れば、それこそ、目が覚めるに違いないと思うのだった。
 バーで話を聞いていると、どうも、マスターよりも、むしろ、この老人の方が、
「この店は他に店とは違っているんだ」
 ということを言いたくてしょうがないように見えた。
 ただ、それを自分が説法でもするかのように話して聞かせたのでは、効果がないと思ったのか、マスターとの話の中で、それを醸し出すかのような会話になっているように思えたのだ。それが序の口だったのだ、
 そして、少し時間が過ぎてくると、
「人と話をしていると、時間が経つのが早いというだろう?」
 と老人が、こちらに聞いてきた。
「ええ、まあそうですね」
 老人が何を言いたいのか、よく分からないまま、曖昧に相槌を打った。
「だけど、普通だったら、そんな楽しい時間が過ぎてしまうと、本当にその時間があっという間だったと思うはずなんだ。それは、錯覚でも何でもないんだけどね」
 という。
「はあ」
 老人は続ける。
「それって、夢の世界に似ていると思わないかい? 夢を見ている時って、どんなに長い夢であっても、目が覚めるうちに、あっという間だったって思うだろう?」
「ええ、そうですね」
「だけど、それは、夢というものが、目が覚める数秒前くらいの一瞬で見るものだということを聞いたことがあるかい?」
 と言われ、
「あるようなないような」
 と答えたが、実は、子供の頃に似たような話を聞いたことがあり、その意識がいまだに離れず、本当は、老人に言われた時、ドキッとしたのだが、つい、その気持ちを悟られたくないと思ったのか、曖昧に答えたのだ。
 それまでも相手を探るような態度だったことが幸いしてか、相手に違和感を与えないのはよかったと思った。
「夢って、実際にその数秒らしいんだ。でも、目が覚めていく時って、夢からうつつというように、覚えていた夢の世界をどんどん忘れていく。忘れたくない、覚えていたいというようなことこそ忘れていくと思わないかい?」
 と言われ、
「はい、そうですね」
 と、次第に話に連れ込まれているのを、感じたのだ。
作品名:時間を食う空間 作家名:森本晃次