小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

時間を食う空間

INDEX|2ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 ブルーレイレコーダーも、一緒に買ったので、最初の方は、いろいろ録画して、帰ってきてから見るのが楽しいだった。
 それも入社当時くらいのことで、
「録画してまで、見るようになると、見るのが義務のようになって、億劫だな」
 と感じるようになったのだ。
 確かに録画をして見るというと、義務になってしまう。特にドラマなどは、一週間の間に見ないと、一週分が溜まってしまい、億劫なのはしょうがなかった。
 そんなことを考えていると、
「俺の人生って、家にいる時、こんなに億劫なことばかりだったんだ」
 と、気が付けば、億劫だとしか言っていないように思えて、苦笑いをしてしまうほどだった。
 だから、レコーダーに録画しなくなってから、久しいように思う。主任になってからが、結構長かったので、主任になってから録画もしなくなったように思う。そういう意味で、テレビから遠ざかるようになってから、10年以上が経っていたのだ。
 仕事が8時までに終わるようになってから、まっすぐ家に帰る気にはならなくなっていた。
 徐々に帰る時間が早くなってきたという自覚を感じるようになったのは、9時台に帰れるようになってからだろうか。最初の頃は、最終じゃなくなったという意識はあったが、そんなに早く帰っているという印象はなかった。
 帰り付いてから気力が途切れるのは、最終で帰っていた時期と変わらないからだ。逆に却って、何かをしようという気にもならないという感覚を露骨に感じ、自分が、ものぐさなことを意識するようになった。
 だが、これも慣れてくると、気にもならなくなる。
 部屋が少々汚れていようとも、気にすることもない。そんな毎日だったが、嫌ではなかった。
 逆に少々部屋が汚れているくらいの方が落ち付くくらいになっていて、家にいても、落ち着くという気分が自分でもよく分からなかくなってきた。
 だから、仕事が8時に終わったからといって、
「さあ、早く帰ろう」
 とは思わなくなっていた。
 どちらかというと、
「早く帰っても、どうせ何もすることもないし」
 という感覚になるのだ。
 だから、最近では、
「呑んで帰ろうか?」
 と思うようになってきた。
 かといって、どこか店を知っているわけでもないし、いきなり一人で入るというのも、ちょっと考えるところがあった。最初は、
「居酒屋のようなところが気軽に呑めていいんだろうか?」
 と思ったが、居酒屋というと、変に明るくて、しかもせわしない雰囲気の中に、いろいろなグループや単独客がいたりして、若い頃ならよかったのだろうが、中年になってくると、少し、ハードルの高さを感じていた。
 それよりも、落ち着いたバーのようなところで、食事と酒をゆっくりと味わいたいという気持ちがあったのだ。
 少し値は張るかも知れないが、ダイニングバーのようなところだと、落ち着ける気がして、スナックやバーが多いと言われるところが、駅裏にあるのを聞いたことがあったので、一人フラッと行ってみることにした。
 居酒屋が建ち並ぶ、
「赤のれん横丁」
 というような雰囲気とは明らかに違っていた。
 暗い雰囲気のところに、看板がまるで街灯の役目をしているかのように、ひそかに灯っているという感じであった。
 スナックがほとんどだったが、バーも数軒あるようで、ひとまず、最初に目についたバーに入ってみることにした。
 店の名前は、
「クロノス」
 という名前であった。名前にも感銘を受けたといってもいいかも知れない。
 そもそも、バーの名前にどういう名前が多いのかを分かっているわけではなかったが、その時、
「何か気になるな」
 ということを感じたのだった。
 中に入ってみると、なるほど、こじんまりとした店であって、カウンターに5人座れればいい程度で、テーブル席もあるが、一つだけだった。
 カウンターも、最初5人と思ったのは、一つずつ席を空けて座って、5人ということなので、詰めて座れば、10人くらいは座れるということだろうか?
 酒を呑むところで、自分の連れであれば、席を空けることはしないだろうが、知らない人が隣に来るときには、席を空けるのが当たり前だと普段から考えていることで、そのような感覚になったのだろう。
 中に入るとその時は、カウンターに一人、初老の男性が座っていたが、その人は、他の人が入ってきても、別に気にならないのか、後ろを振り向くということはなかった。
 カウンターの中には、燕尾服をまとった、いかにも、バーテンダーを思わせる男性が、
「いらっしゃいませ」
 といって、洗い物をしている手を休めることなく、静かに言った。
 思わず、緊張してしまったのだが、
「バーなんだから、これくらいは当たり前だよな」
 と感じたのは、無理もないことだった。
 客が他に誰もいないことを確認すると、カウンターの一番奥の席に腰かけた。
 ここが、これからの指定席になるのだが、この席に誰かが座っているのを見ることがなかったことから、
「この店の常連になってよかった」
 と思うことになるのだが、それは、まだ少し先のことで、最初は、必要以上に緊張してしまったので、店に入ってしまった自分が、後悔してしまったのを感じさせられてしまったのだった。
 カウンターに座っているもう一人の男の人は、常連客であった。
 見た瞬間から分かってはいたが、どれほどの常連かということまでは、すぐには分からなかった。
 何しろ、バーに来ることなど、初めてだったし、スナックにしても、必ず誰かがいたものだった。
 一人で呑みに入るというのは、本当に居酒屋程度で、それも、酒を呑むというよりも、
「焼き鳥を食べたい」
 という感覚で入ることもあった。
「今日はアルコールはきついかな?」
 と感じた時など、
「お酒なしでもいいですか?」
 と、最初から断って入っていた。
 こういう時に、まわりがざわついているのはありがたかった。静かなところで、アルコールなしなどというと、
「何だ、この客は?」
 と、まわりの客から、そんな風に思われる気がしていたが、賑やかな店だと、一人の客が、アルコールを飲まないくらい、自分たちには関係ないのだった。
 その日、バーに入って、すぐに客が一人だけだというのが分かると、最初はホッとしたのだが、一人だというと、
「話しかけられたりしたら、嫌だな」
 と思ったのだ。
 だが、そんなことはなかった。
 どちらかというと、その客はマスターに話しかけていた。
 話しかけるといっても、忘れた頃にちょこっと話しかける程度で、ほとんど、静かに呑んでいる。
「何を考えているのだろう?」
 と思うほどで、その客は、時々、酒の入ったグラスを上から覗き込んで、フッとため息を吐く程度だった。
 ため息を吐くタイミングでいつもマスターに話しかけている。
 話の内容は、他愛もないことのように思えたが、内容はうんちくのような話だった。
 だが、そのうんちくも、よく聞いてみると、
「よくできた話だな」
 と感じさせ、
「さすが、初老に見えるだけのことはある」
 というような、話の内容は、結構博学なものだった。
作品名:時間を食う空間 作家名:森本晃次