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時間を食う空間

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「いいえ、ほとんど一人で来ていましたよ。奥さんを連れてきたのは一度だけでした。もう余命が分かってしまって、奥さんのたっての願いということで連れてきたそうです。本人は、奥さんは、絶対に連れてきたくはないと言っていたんですが、さすがに、死期を悟ってしまい、落ち込んでいる奥さんの気持ちになれば、連れてくるもの、やむなしと思ったんでしょうね」
 とマスターは言った。
「その時、どんな話をされたんですか?」
 と聞くと、
「ほぼ、話らしい話はしていませんよ。絶えず奥さんは、ニコニコ笑って、珍しそうに店の中を見渡していました。まるで初めてバーに来たかのような感じでしたね。『こういうお店を知っていながら、私を連れてきてはくださらなかったのね?』といって笑っていましたけど、半分は本心だったような気がしますよ」
 ということであった。
「それから、数か月で奥さんが亡くなったということですが、奥さんが亡くなったというその日まで、2日に一度のいつもの来店パターンを竹中さんは崩すことはありませんでした。いつものルーティンを頑なに守っていたという感じでしたね。あの人にとっては、あれが供養だったのかも知れませんね」
 と、言って、マスターは話を続けた。
「竹中さんが、その誰かを連れてきた時というのは、奥さんが亡くなった後のことですか?」
 と聞くと、
「そうですね。奥さんが亡くなってから、半年くらい経ってのことだったと思います。それまでは、いつも寂しそうにしていた竹中さんだったんですが、その日は、相手が喋ろうとしないにも関わらず、竹中さんの方が積極的に話しかけているんですよ。そんな竹中さんを見ることもそんなになかっただけに、どうしても、気になってしまいましたね」
 とマスターがいう。
「じゃあ、竹中さんは、その時から、前の元気を取り戻したという感じでしょううか?」
 と聞くと、
「まあ、そうでしょうね。元々話好きなひとではなかったので、あの人の中での、明暗というのは、その境界がよく分からなかったんですが、その時は分かったような気がしましたね」
 とマスターは言った。
「たぶん、マスターも、私が言おうとしていることの意味が分かった気がしたんだろうな?」
 と、佐久間は感じていた。
 佐久間にとって、もし、この時、
「気持ちや考えていることがずれていれば、どうなっていただろう?」
 と考えてしまう。
「マスターは、客が考えていることが分かるんですか?」
 と唐突な質問をした。
 すると、さすがに、
「おっと、いきなりの質問だね」
 と、驚いたようなリアクションではあったが、苦笑いを含んだような雰囲気で、笑って答えたマスターだった。
「いやいや、分かるわけなんかないよ。だけどね、何かの拍子というか、リズムが噛み合った時、分かったような気がすることがあるんだよ。それが実際にいつなのかということは、正直分かったものではない」
 と、マスターが答えた。
「私も仕事をしていて、まるで何かが降りてきたかのように、上司や先輩と話をしていて感じることはあるんだけど、部下や後輩には、そういう思いを感じたことはなかったですね」
 と佐久間は言った。
「ところで、佐久間さんは、会社で仕事をしていて、一人で自由にできたらいいなと思ったことはありますか?」
 と聞かれて、
「正直、一人で自由にできればいいとは思っています。それだけに、会社では思わないようにしようと思うんですよ。思ってしまうと、できないということを実感させられて、嫌な気分になってしまいますからね」
 という。
 確かにそうである。できるかできないか分からないことに挑戦しているのであれば、まだいいが、
「会社にいる以上は、組織の中で動いているわけだから、いくら、クレジットに、自分の名前が載っても、自分で自由にできたわけではないということは、ハッキリしているわけだ」
 ということだった。
 それをマスターに話すと、
「それは、自営業でも一緒ですよ。いや自由業だからこそ、リアルに感じるんです。お金の問題、人の問題。会社員よりも、よほどリアルですからね」
 というではないか。
「なるほど、それは確かにそうですね。ところでマスターは、ずっと最初からここでマスターをしているんですか?」
 と聞いてみると、
「いいえ、私は脱サラ組なんです。正直、会社の命令であったり、自分で何かを作っても、それは自分のものではなく会社の財産になるわけでしょう。確かに、成果としては認めてくれるけど、著作であったり、もし、特許のようなものがあれば、会社のものになるわけです。なぜなら、開発や研究する環境は、会社から与えられているものだということだからですね」
 というではないか。
「でも、脱サラって、かなりの勇気がいるでしょう? 少なくとも、金銭的な不安があると、決してできることではない。格好のいいことを言っても、失敗すれば惨めなだけですからね」
 と言われた。
「そりゃあ、そうですよ。だから、人によっては、店を始めて、自分が脱サラしたことを言いたくないと思っている人がほとんどではないでしょうか?」
 と、マスターは言った。
「それこそ、人に言わないということは、影が薄い人間と同じに見えるのではないでしょうか?」
 というと、
「そうかも知れないね」
 とマスターは言った。

                 夢幻

 佐久間が、飽きを真剣に感じたのは、かつてよく行っていた、風俗遊びだったのだろう。お金を払って、
「遊ぶ」
 ということは、そのこと自体に興奮を覚える。
 別に興味のない人から見れば、
「お金を払ってまで、どうして通うんだ? 努力して彼女を作ればいいじゃないか? その方がよほど健全だ」
 と言われるに違いない。
 確かにまさしくその通りであろう。お金を払って、
「女を買う」
 というような行為は、どこか後ろめたさがあるもので、しかも、興奮を通り越してしまうと、そこに待っているのは、
「賢者モード」
 ではないか。
 後ろめたさのような罪悪感のようなものが、
「お金を払って女を抱くということに対して、お金がもったいないと思うのか、セックスという行為自体、お金で買うというのが、いかがわしいとでも思うのか?」
 と考えてしまった。
 しかし、一度起きてしまった興奮を抑えないと、自分がどうなるか分からないと言った場合、女を買うことに何が悪いというのか、そもそも、昔から、遊郭であったり、慰安婦というものは、公営であったではないか。
 その頃は法律的には認められていなかったブラックだったものなのだろう。
 今の時代は、逆に、
「法律で禁止されている部分もあれば、認められている部分もある」
 そういう意味では法律が整備されたといってもいいのだろうが、その境目は、昔よりも曖昧だといってもいいだろう。
 法律が整備されていない時代は、決め事がしっかりしていないと、統制が取れていないということになり、境目のところはハッキリとしていたのだろう。
 しかし、今のように法律がしっかりしていると、何と言っても、境目を曖昧にはできない。
 だから、逆に見た目を曖昧にしてしまうしかないということで、
作品名:時間を食う空間 作家名:森本晃次