後悔の連鎖
まんまとその作戦が成功したわけだが、その弁護をしている時に、自分の行動の中で、
「バックがいてくれるということは、これ以上の安心感はない」
と思うようになった。
しかも、それが財閥並みの大金持ちで、しかも、政財界に顔の利く人物ということであれば、これ以上の後ろ盾はないというものだ。
「自分がやりたいことが何なのか、今はハッキリと分からないが、その時がくれば、役に立つのは、やはりバックという大きな存在だ」
と言えるのではないだろうか?
それを思うと、今回の笹川氏の誘いは、
「願ったり叶ったり」
で、お互いの利害が一致したと言ってもいいだろう。
利害だけで結びつく関係を、
「薄っぺらいもので、いつ裏切られるか分からない」
という人もいるが、最初から、利害で結びついているという意識がお互いにあるのだから、これは、絆としては、深いものではないだろうか。
つまりは、
「人情で結びついていると思っていると、裏切りや、予期せぬ出来事にぶつかった場合、お互いに意思の疎通がうまく行かず、結局、裏切らなければならなくなったり、相手を選択しなければいけない場合、結局人情というものが何の役にも立たないということが分かるだけではないか」
ということなのである。
顧問弁護士というのは、
「後ろ盾がある」
という安心感もあるが、
「裏切ったら、命の保証もない」
という、恐ろしい面もある、
最初から、そのことを渡辺弁護士が分かっていたのかどうか、甚だ疑問であるが、いずれ思い知ることになるのだろう。
そんな渡辺弁護士に連行されるようにやってきた容疑者である、笹川良治は、笹川社長の次男であった。
長男とは年齢も離れていて、10歳くらい違っていた。
というのも、長男は前妻の子で、良治は、今の奥さんの子供だったのだ。
前の奥さんは、笹川氏の行っているあこぎな商売を、見て見ぬふりをしてきたが、実際に自分に関係のあることであっても、金儲けのために、犠牲にしようとしている笹川氏に、
「あなたお願い。あそこを取り壊すことはやめて」
と、取りすがるようにお願いをしたのだが、笹川氏は聞く耳を持たなかった。
要するに、
「人情などという甘っちょろいものは嫌いだ」
ということだったのだ。
本来、笹川氏と知り合ったのは、料亭の給仕をしているところを、笹川氏のお眼鏡にかなったというところなのであろうが、笹川氏とすれば、そんな彼女と一緒にいるのが、嬉しかった。
正直、それまで、
「癒し」
という言葉は知っていたが、どんなものなのかということを理解していなかったのだ。
それを、その時だけは、
「これが癒しというものなのか?」
と、味わったことのないものを、自分で感じることができたということに喜びを感じたのだ。
正直、彼女自身がどうのというよりも、
「癒しというものがどういうものなのかということを教えてくれた」
ということで、
「この人なら」
として、嫁に迎えたというわけだった。
どんな人が嫁にふさわしいのかということをたまに考えていた笹川氏だったのだが、実際に結婚した相手は、そんな思いとは裏腹な相手であり、むしろ、
「ふさわしいなどということを考える必要のない人だった」
と言ってもいいだろう。
そんな奥さんだったのだが、見切りをつけるのも、早かったようで、
「この人は私に、癒ししか求めていないんだ」
と思ったのが、離婚の決定づけた思いだったのだ。
性欲を求めているわけではない。性欲と癒しの違いについて、前妻は考えてみた。
「性欲であれば、相手の身体を通して気持ちも感じることができるようになったことで、満たさせるのであって、お互いの気持ちの高ぶりが必要なのだが、これが癒しとなれば、あくまでも、自分だけが癒しを得られればそれでいいという考え、相手は本人にとって、蚊帳の外だと言えるのではないだろうか?」
と思えてきたのだ。
つまり、
「癒ししか求めてこないということは、そこには、愛情が存在していないということなのだろうか?」
と感じたのだ。
「それっていつ頃からだったのだろう?」
と考えると、結論として、
「知り合って、結婚するまでの間でも、あの人は私を癒しの相手としてしか見ていなかったに違いない」
と感じるようになったのだ。
要するに、
「これから一緒にいても、性欲はおろか、癒し以外では見てくれないのではないか?」
と思えてきて。
「それって、性欲のはけ口だけにされて生きていくのと、どっちが辛いんだろう?」
という考えまで、芽生えてくるようになった。
つまりは、
「もう、一緒にいる理由はないわ」
と思ったのだ。
気になるのは子供のことだけ。
しかし、笹川は、子供を後継ぎにすることしか考えていない人だった。
だから、教育も英才教育を施していて、
「わしのような、学のない人間がそばにいるより、学のある連中に囲まれて教育を受ける方がいいに決まっている」
と思っていた。
笹川会長は、一代でここまでに会社をしてきたのだが、それは、正直運が大きな影響を持っていた。
もちろん、運がいいだけで会社を設立し、財閥と肩を並べられるほどになるわけはないのだろうが、それだけ、
「歯車が噛み合った」
というべきなのだろう。
そのことを本人がどこまで理解しているかということなのだろうが、子供の教育に関しては、うまく行ったとは言えないかも知れない。
奥さんが愛想を尽かして出ていった時、子供も、すでに、母親ということに感覚がマヒしていて、別に出ていくのを止めることもしなかった。英才教育の中で、女性もたくさんつけていたので、母親の愛情というものの存在すら分からない、いや、感覚がマヒした状態で、聴いたとしても、訳が分からないということになるだけであろう。
そんな状態なので、笹川が後妻を貰っても、別に意識もしていなかった。
長男が十歳の時に、良治が生まれたが、母親は良治の養育で精いっぱいだった。
長男には、昔でいう乳母のような存在の相手を与えることで、
「帝王学」
を子供のうちから身につけさせておこうとすら考えていたふしがあるのだった。
だから、子供を親が育てているという、
「当たり前のこと」
に、信じられないものを感じていたのだ。
後妻は、かなり若かった。
「明日からお前のお母さんだ」
と言って連れてきた時、実はまだ18歳だったという。
高校を卒業したてで、
「実は親の借金を棒引きにしてやる」
という言葉に乗って、親が、いわゆる、
「人身御供」
として差し出したのだ。
その頃の長男は、8歳だった。母親との年齢差も、ちょうど10歳だったということだ。
実は、長男は、密かに義母に憧れを持っていた。
本人がそれを意識したのが、長男が、15歳の時だった。そのことに気づいた義母は、何と、長男の、
「筆おろし」
をさせてあげたのだった。
さすがに。
「これはお父さんには内緒よ」
と当然のごとく釘を刺した。