後悔の連鎖
そんな何を考えているか分からない、
「魑魅魍魎」
のような連中ばかりを相手していると、自分の正義などという感覚はマヒしてくるに違いない。
普通は、弁護士になろうと思う人は、ほぼ皆、
「法律を使って、正義をまっとうするんだ」
という気持ちで、弁護士を目指し、難しい司法試験に合格してから、弁護士になるために、さらに勉強を重ねていくというものだ。
なってしまえば、まさか、こんな自分が待っていようなどと、誰が思うことだろう。
それを思うと、
「もう、ここまで汚れてしまった自分を元に戻すわけにはいかない。毒を食らわば皿までという言葉もあるが、まさに、それなって感じなのではないだろうか?」
さらに、
「俺の気持ちなんて誰も分からないさ。俺は一生孤独なんだ」
と、思うことで、孤独な自分を、強さの象徴のように感じることで、自分が鬼になれると思っている弁護士もいるだろう。
ただ、それも自分が思っているだけ、まわりは、自分を認めてはくれない。
しかし、それは、同じ弁護士同士であっても、同じこと、余計に他の弁護士に対しては、自分と立場は同じなので、同情という気持ちも芽生えてきそうなのだが、そんな気持ちを通り過ぎて、相手の気持ちが分かるだけに、余計に、
「許せない」
という気持ちになるのだ。
だから、本当に孤独なのだ。まわりが見れば、
「その孤独は自分が作っている幻なのではないか?」
と思うかも知れないが、
「これこそが、本当の孤独なんだ」
と感じることで、他の人たちとの違いを感じさせるのだった。
婦女暴行
K市のマンション建設ラッシュが続いている中で、季節は、冬から春になりかけていたが、それはあくまでも、暦上のことであり、実際には、その寒さは、風が吹いてくると、耐えられないほどのレベルであった。
その時期というのは、2月から3月にかけての。いわゆる、
「年度末調整」
と呼ばれる時期で、その頃になると、道路など、あちこちで穴を掘って、工事をしている。
どうして、
「年度末調整」
というのかというと、
「国土交通省などの、省庁の予算は一年単位で決まっていて、その年度で与えられるのだが、決まった予算は使い切ってしまわないと、翌年に繰り越したりなどするわけもなく、ましてや、今年度は足りていて、余ったんだと思われると、来年度の予算は、使った予算に比例して、減らされてしまう」
ということになるのだった。
だから、年度末までに使ってしまわなければいけない。そのために、
「いずれは手を付けなければいけないかも知れないが、今すぐではないと思うようなことでも、手っ取り早く予算を使い切ってしまえるような事業に手を出すのだ」
と言われている。
予算さえ使いきればいいので、
「どーでもいいこと」
が、その使い道になったりするのだった。
値段的には大したことではないのかも知れないが、これこそ、
「予算の無駄遣いだ」
と言えるのではないだろうか?
それを、政府は一体どう思っているのだろう。元から決まっていたことなので、まるで、
「必要悪のようなものだ」
と感じているとするならば、政治家なんて、
「先生」
と呼ばれる資格のない連中ばかりではないかと言えるだろう。
そんなK市において、婦女暴行事件が起こったのは、そんな道路工事が行われていて、誰もが、そんな幹線道路を避けるようになり、他の道を探るようになったことで、ちょうど、新たに建設中のマンションが、死角になっていた時期があったことだ。
ちょうど、犯人にとって都合のいいところが生まれたもので、きっと犯人も、それくらいのことを分かっての行動だったのだろう。
つまりは、完全に、計画的な犯行だったということだ。
捕まってから、警察の取り調べで、この男は、自分が頭がいいことをひけらかすように、自分の証言が、有利なのか不利なのかということは、二の次であり、あくまでも、自分が頭がいいということを、最優先にして話をしているところのある男だった。
ただ、この男は実は捕まったわけではない。弁護士とともに、出頭してきたのだ。
自分から、出頭してきたという意味で、自首に近いものであるが、現場から逃げているので、自首とは違う。
これは、ただの出頭なのだ。
この男は、まだ、18歳だった。いずれは、青年と呼ばれる年齢になるのだが、この時はまだ未成年。法律で守られる年齢でもあった。
だが、こいつがやったことは、決して許されることではない。未成年法で許されるものではないのだろうが、それを分かっていて、弁護士は警察に話をしてくる。
犯人の親は、会社をいくつも経営している実業家で、何不自由なく暮らしてきたのだ。
判で押したような、
「ボンボン」
なのだった。
出頭してきた、容疑者は、名前を、笹川良治といい、笹川グループの総帥だった。
「親は笹川だったら、それこそ何不自由のない暮らしをしても、まだおつりがくるくらいじゃないか」
と担当した刑事は思ったことだろう。
一緒についてきた弁護士は、名前を渡辺弁護士という。
笹川財閥の顧問弁護士だが、昔から勤めていた人ではないようで、最近、顧問弁護士に就任したという。
前の弁護士というのは、どうやら、あこぎな内容のことを、事もあろうに、笹川氏に対して企んでいたことが、事前に分かったようで、解雇させられたのだ。相談した相手が、さすがに、笹川氏を敵に回すことを恐れて、笹川氏にチクったようだった。
もっとも、笹川氏は、弁護士と一緒に、このチクった相手も解雇した。
「仲間を裏切るような人は、信用できん」
という理由だったのだが、それは、前の弁護士に対しての信頼が裏切られたことでの、錯乱状態から、チクった人間も、一緒に解雇する気持ちになったのだろうが、それだけではないだろう。
やはり、相手が、どんなに悪いやつであったとしても、裏切る相手は、自分の損得でしか動いていないということを自らで表しているやつなので、こんな男が、笹川氏は一番嫌いだった。
自分も大悪党なくせに、
「そんな自分だから分かる大悪党というものだから」
ということで、二人をある意味、
「同じ穴のムジナだ」
と考えたに違いなかった。
そんな笹川氏だったので、次の顧問弁護士には、少し気を遣った。
そこで、目星をつけたのが、
「以前、自費出版社系のいくつかの会社の弁護を引き受けて、実にうまく処理した手腕を持っている」
という話を聞いたからであった。
「一つを解決すれば、他の会社も、皆二番煎じで、同じようなあくどいことをしていたのだから、他も同じ手法で解決できる」
ということを、いち早く見抜き、それをあたかも、平然とした様子で、当たり前のことのごとく、裁いていけたのが、社長の目には、敏腕に見えたのだ。
だから、笹川氏はすぐに、渡辺弁護士に連絡を取り、顧問弁護士の話を持ち掛けた。
これには、渡辺弁護士の方も、
「渡りに船」
のようだった。
自費出版社関係の仕事を一気に解決したのも、
「自分の名前を売る」
という魂胆があったのも事実だった。