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後悔の連鎖

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 ということになるだろうからであった。
 つまり、弁護士というのも、心の中で思っていることと、実際に人に向かっていう言葉と、さらには、本当はどうすればいいのかということの三つがそれぞれ違っているので、「これほど厄介な仕事はない」
 と感じていたのだ。
 とにかく、心の中で思っていることと態度は違う。態度は、
「これこそ、弁護士」
 というような態度を取らなければいけないが、これは、自分でもヘドが出るほどやりたくないと思っていることでもあり、
「何で、あんなに苦しい試験勉強を乗り越えてきたのに、依頼人のためには、犬にならないといけない時だってあるんだ」
 というほど、理性やプライドと、実際の行動にギャップがあり、
「精神を蝕む仕事なのだ」
 と感じるのだった。
 ただ、それでも、弁護士は好きにはなれなかった。警察官も嫌いだが、弁護士の方がもっと嫌いだ。
 だが、ある意味、徹底しているという意味では潔いとも言える。下手に中途半端な態度を取ると相手から舐められるし、依頼人からは不信感を持たれる。
 安い依頼料ではないし、裁判の勝敗によって、自分の人生が決まるのだ。
「弁護士の一番の仕事は、依頼人の財産や立場を守ることだ」
 と言われているがまさしくその通り。
 実際に依頼人が思っていることを百パーセント叶えるということは、実質難しい。
 なぜなら、裁判は難しいのだ、何と言っても相手があることであるし、しかも、判断は裁判官に委ねられる。相手は検察官という専門家がいる。
「専門家と専門家の対決をジャッジするのも専門家」
 ということだ。
 検事は、犯罪者の犯罪を正確に事実を実証し、罪に服させるために、基礎して、そこで、弁護士相手にそれまで見つけてきた証拠をネタに、被告を追い込んでいく。
 弁護士は、被告人として起訴された人を守るわけだが、それはあくまでも、検察が出してきた証拠を打ち破るだけの、武器が必要だ。
 相手の言い分が、法律上成立しないということであったり、時には、被告人の精神状態が、異常だったなどと言って、実刑を免れたり、有罪は免れないと分かった時には、情状酌量を得るための証人を集めることで、執行猶予を取りに行こうとする。
 だから、弁護士の仕事は、
「被告を無罪にする」
 ということではない。
 有罪にはかわりないが、いかに、その罪を軽くできるかというのも、弁護士の手腕だったりするのだ。
 だから、そのためには、弁護士が必ずしも正義であるわけにはいかない。
 どこからどう見ても犯罪を覆すことができないと分かれば、作戦を変えることも必要だ。
 そこで弁護士は、被告に必ずいうことがある。
「それは、分かっている事実は、どんなことであっても、私に告白してください。あなたのすべてを知っておかないと、弁護のしようがありませんからね」
 というのだ。
 だから、最初に弁護士と容疑者は、入念な打ち合わせをする。容疑者も本当は普段はおとなしく、今回何かの犯罪に手を染めたとしても、それは、情状酌量の余地があることであれば、、弁護士は必死に執行猶予を取りに行く。そのために、こちらに有利なことも不利なことも、両方知る必要がある。
 有利なことであれば、そこを中心に話題を持っていき、ひょっとすれば、検察側の意識を変えさせることもできるかも知れない。しかし、不利なことも知っておかないと、せっかく有利なことを必死になって訴えたとしても、不利なことを検察が突っ込んでくればどうしようもない。
 つまり、ここで、当事者の中で知らないのは、弁護士だけだったということになると、弁護士は、一気に形勢逆転させられてしまう。
 しかも、裁判官に対しても、ここでの仲間割れは、被告と弁護人の意思疎通がうまく行ってないということを意味しているのであって、検察の怒涛の攻めに耐えられないだろう。
 と感じてしまうと、それこそ、状況はかなり不利である。
 ウソをつかれてしまうと、弁護士も、途方に暮れてしまう。
「まさか、裁判になって、ウソが発覚するなんて」
 と思うと、一気に被告のことが信じられなくなってしまう。
 裁判においては、被告は弁護士の言う通りに動くものだと思っている弁護士は多く、しかもそれが、裁判中に起こってしまうと、もう、どうしようもないと言ってもいいだろう。
 弁護士の方も、
「ウソをついているのは、これだけだろうな?」
 と、それ以外がないかが不安になる、本当であれば、自分がこの場を仕切るくらいの演説をぶちまけるだけの自信があったが、依頼人に不信感を抱いてしまうと、弁護士も人の子。ここまでと、ここから先、まったく違った展開に、先が読めないということになってしまうのだった。
 検察官は、この時とばかりに、必死になって、弁護士をやり込めようとする。しかも、よく法廷で対決するような相手であれば、お互いに手の内が分かっているだろうから、弱みを見せると、後は一気呵成ということになりかねない。
 それを思うと、怖くなり、被告を疑うのは、当然のことで、それ以上に自分自身を信じられなくなってしまうのだった。
 裁判官もそれを見て、
「何かおかしい」
 と感じるのだろう。
 弁護士はある意味孤独である。検事や裁判官は、
「真実を見つける」
 という正当性がある。
 しかし、弁護士にとって、真実は二の次であり、あくまでも。目的は、
「依頼人を守る」
 ということである。
 つまり、他の二人には探求心という攻撃性はあるが、弁護士は、依頼人を守るためだけに攻撃ができる、ほぼ、守りに徹していると言ってもいい。だから、弁護士は、依頼人を守ったことでしか、満足することはできない。だが、それが本当の満足なのかというと、理不尽なことも多いので、難しいところであったりするだろう。
 しかも、依頼人にもし、ウソをつかれてしまうと、弁護士というのは弱いものだ。全力で守ろうとしている相手から、裏切られたも同然だからだ。
「まわりを全員敵に回しても、依頼人を守るのが仕事だ」
 と思っているのだから、これほど孤独なものはない。
 そこが、弁護士の苦悩なのではないかと思うのだ。
 裁判になっても、孤独な弁護士は、本当に孤独でしかない。いわゆる、
「四面楚歌」
 なのだ。
 弁護士も、依頼忍に対して、自分が理不尽なことをしていると、感じさせられることがある。
 それは、依頼人の所業が、明らかな悪党だと誰もが認める時である。無抵抗の相手を惨殺したり、自分の欲求のためだけに蹂躙したりと、弁護士も人間なのだから、心情として、
「こんなやつは、八つ裂きにしてやりたい」
 というくらいに感じることもあるだろう。
 しかも、そんなやつに限って、ウソを平気でつくのだ。
 いや、ウソをつくから、こんなおかしな犯罪を犯すに違いない。
 しかし、それにしても、自分を守ってくれる相手にまでウソをつくというのは、どういうことなのだろう?
 そうか、こいつは、最初から誰も信じてはいないんだ。だから、人道的に許せないと誰もが思うことであっても、関係ない。この男にとっては、
「自分さえよければそれでいいんだ」
 と思うことだろう……。
 弁護士の気持ちを代弁すると、そんなところだろうか?
作品名:後悔の連鎖 作家名:森本晃次