後悔の連鎖
「仕事が減っちゃって、何か趣味でもしないと、身が持たないんだけど、今から何かないかしらね? お金のかからない趣味がいいわ」
と言われて、
「じゃあ、小説家、詩を書いてみるのはどうかしら? 博学になった気にもなれるし、パソコンで書くんだったら、持っているパソコンを使えばいいしね、お金は、かからないわよ」
と言って誘ったのだ。
彼女は、ずぶの素人だったので、この出版社からの、
「おだて」
ともいうべき、
「少し落としておいてから、後は、引き上げておだてまくる」
というやり方に、完全に引っかかってしまった。
むしろ、おばさんのように引っかからない方が珍しいくらいで、すっかり褒められたことで有頂天になっていた。
それは別に悪いことではない。褒められて伸びる人もいるくらいだ。だが、そこで、自分の度量を見誤って、自分がプロにでもなった気分になり、
「出版社か誰かの目に留まりさえすれば、自分の作品は売れるんだ」
と思ったようだ。
出版社もそのように言いくるめて、完全に、その気にさせてしまうのだ。
「これが一番怖いのに」
と思ったが、そう思い込んでしまった本人に他人が何を言っても、もう後の祭りだった。
下手に指摘すれば、こちらが、相手の才能をやっかんでいると思うことだろう。そうなってしまうと友達関係にもひびが入り、相手は完全に、自分の殻に閉じこもってしまう。
それも、
「自分は天才だ」
とでも思うから、殻に閉じこもっても、平気なのだ。
「あっちの世界にいけば、あっちの優秀な友達ができ、自分も優秀の仲間入りだ」
と思っているのだろう。
百歩譲って、彼女がある程度の才能があったとしよう。そして、出版社界で、
「底辺の方での合格者」
だったのだとすれば、どうなるのだろう>
それは、受験において、五分五分が怪しいところを受験して、運よく合格できた場合と似ているのではないだろうか?
それまでは、クラスの中でもトップクラスだった自分が、成績優秀者が揃っている学校にいけば、自分は底辺でしかない。
成績も、
「こんなはずではない」
と思っているが、その時初めて、自分が、
「来てはいけないところに来てしまったのだ」
ということに気づかされる。
そう、その同僚も、おだてられて、自分が天才だと思って、本を出してみると、まったく売れない。本を出すまで、いや性格には金を出すまでに、あれだけ熱心に前のめりになって協力してくれていた出版社の人は、今度は裏を返したかのように、知らんぷりであった。
そうなると、不安が不信感に変わる。そこまでくると、それまでモヤモヤした感覚があったが、それがやっとその時に感じた不信感で、繋がった気がするのであった。
「何だ、これ、架けられた梯子に上ったはいいが、外されてしまったような感じではないか?」
と思うと、やっと、自分が愚かだったことに気づかされる。
それは、彼女だけのことではなく、皆そうであろう。
「どこかで似たような感覚を覚えたことがあったような」
と一度は感じることだろう。
おばさんはそこで感じたのが、
「生命保険の勧誘」
だという。
保険を契約するまでは、しつこいほどに連絡をしてきて、いろいろ食事をごちそうしてくれたりした。
相手の誠実さに打たれる形で、やっと保険の話を聞く気になって、最終的に、
「お任せします」
となった時、いよいよ、保険の契約ができてしまうと、最初だけ、成約のお礼ということで、何かしらの特典はあったが、その後はそれっきりである。
連絡を入れても連絡が取れないとか、以前、あまりにもひどいので、
「全然連絡をくれないんだけど」
といって文句を直接言いに行くと、署長が出てきて、
「担当者が変わった」
というではないか。
「はぁ? こっちは知らねえよ」
というと、
「じゃあ、新しい担当に挨拶させます」
ということで、その人が、申し訳なさそうに出てきて、低姿勢で対応してくれたが、結局、その人も何年も経つのに連絡もない。
「ああ、どうせ、もう担当が変わって、俺の名前はたらいまわしにでもされているんだろうな?」
と思うと、もうバカバカしくなった。
そう、自費出版社系も、
「本を作らせて、金を出させれば、もうそいつには用はない」
というだけのことである。
それが、
「自費出版社系の会社の正体」
なのである。
おばさんは、正直、今回の、
「被害者の会」
には、ほとんど乗り気ではない。
しかし、署名を頼まれて、署名をした関係と、自分が誘ったことで、入会した人がいるという後ろめたさから、渋々つき合っているようなものだった。
そんな気持ちは、弁護士から見れば簡単に分かるようだった。そんな態度を看過されたことで、弁護士から、
「ちょっと、岡崎さん」
と言われたので行ってみると、
「困るんですけど」
と言われたので、
「はぁ? 何がですか?」
と、こちらも付き合わされているという意識から、不愛想な態度になった。
これで相手も確信したのだろう。
「岡崎さんだけが、テンション低いんですよ、皆さん、一致団結して立ち向かっているのに、どうして、そんな他人事のような態度が取れるんですか?」
と、おばさんを、その他大勢の人と同じ括りに見えているようだった。
「正直私は、被害者だなんて思っていないから、テンションが上がらないだけです」
というと、
「えっ? あなたはこちらで本を出されたんじゃないんですか?」
と言われ、
「ええ、出しましたよ。でも、ちょっとした詩集だったので、金銭的にも大したことはないし、自費出版をちょっときれいに製本してもらったと思えば、私は、もったいないとっも思わないし、さらには、騙されたという感覚ではないですよ」
というと、
「ああ、そうなんですね? まさか、そういう人もいるとは思っていなかったです。だったら、どうしてこの会に出席なさっているんですか?」
と言われたので、
「私が誘って入会させたために、本を出す羽目になった人がいるので、後ろめたさからですね」
というと、
「そうですか。でもですね。それならあなたが別に後ろめたいという気持ちになる必要はないんですよ。正直、本を出すことを決意したのは、その人ですからね。正直私も弁護士という仕事をしているから、全力で依頼者の財産や立場を守りますが、私個人としては、半分は、自業自得だって思っているんですよ。確かに、騙す方も悪いです。でも、騙される方も隙があるから騙すんであって、騙された方にも、それなりに落ち度があったのだということを自覚してもらわないと、正直、こういう事件はなくなりません。本当はそのことを言いたいんですけどね、弁護士という立場上それはいえないし、言ってしまうと、こちとら、おまんまの食い上げですからね」
と言って、笑っていた。
おばさんは気づいていたのだ。
「本当は、言いたいんだけど、弁護士の立場の方が、目の前の裁判代金よりも、もっと重要で、弁護士が、依頼者の財産を守ることが、一番の最優先であるということを分かっているからだった。それを言ってしまうと、依頼人を裏切ることになり、依頼人を裏切ると、終わりなんだ。この商売は」