墓場まで持っていきたい思い
一人でできる犯罪でないことは分かり切っている。入念な犯罪計画が練られたはずだし、少なくとも本当に誘拐に成功したのだとすれば、それができるくらいの頭は持ち合わせているはずである。
だから、犯人グループがバカだと思えない。しかし、これだけの犯罪を犯すのであれば、細部に至るところまで計画は出来上がっているはずである。それなのに、こんな初歩的なミスを犯すというのは、信じがたい。電話を掛けるにしても、最初に原稿くらいは作っておくだろう。それすらもしていないのだとすれば、何ともお粗末な犯人だといってもいいだろう。
だから、犯人が、
「警察にはいうな」
ということを言わなかったということは、最初から計画のうちであり、そうなると、今被害者側が警察に連絡を入れているのも、最初から分かっているということだろう。
もし、誘拐が本当だとすると、犯人グループの狙いは何であろう。営利誘拐など、成功する確率は非常に低いと思われる。いくらの身代金を要求するのか分からないが、計画を立て、そして、人を集め、さらに犯行を実行。皆で一緒に一つのことをしているというよりも、役割分担をしていることは分かり切っている。
誘拐するための実行犯、そして、拉致してくれば、監禁するための場所と要因が必要である。
その場所も完全な密室だったり、人とかかわりのない場所に監禁するなど、ひょっとすると、犯人グループは、そんな私有地のような場所を持っているのかも知れない。
そう考えると、
「やつらは、一体、いくら持っているんだろう?」
ということになる。
だったら、身代金誘拐というのは、少し辻褄が合わないのではないだろうか?
誘拐するくらい、計画の段階でかかるだけのお金があるのであれば、身代金は、数千万では足りないのではないかと思える。いくら、有名企業の社長と言えども、さすがに億単位になると、却って目立ってしまう。秘密裏に行うということは難しいであろう。それこそ、割に合わないと言えるのではないか?
だとすると、お金がないからの誘拐だということになる。しかし、お金がないと計画しても実行などできない。金で第三者を巻き込むというのであれば、身代金を受け取っても、口を封じる必要がある。そうなると、一体いくらくらい必要だというのか、それも身代金を受け取った成功報酬だとするならば、普通のはした金ではどうしようもない、
となると、もう一つの目的として、
「目的は金ではなく、被害者自身の命ではないだろうか?」
といえるのだ。
そうなると、今度は警察に言わないでほしいというのは、もっときつくいうはずだ。それもないということは、
「一体、犯人は何を考えているのだろう?」
ということであった。
被害者意識
その女性がいうには、被害者は、自分の主人で、地元の人間であれば、たいてい誰もが知っているような会社の社長だという。
今の社長は3代目社長で、創業者は、当時はまだ開発もほとんどされていなかったパソコンを使った事業展開を、どこよりも先駆けてやったことで、世間で注目を浴びた会社だった。
時代的には、昭和の終わり頃であるが、末期というほどではない。ちょうど、コンピュータに近いものが、カルチャーで流行ったりした時代だった。
たとえば、音楽では、テクノポップなるジャンルが出てきて。ゲームでは、やっとその先駆けである、
「インベーダーゲーム」
が出てきた頃だったのだ。
インベーダーゲームもそこから2年くらいして、立体的なゲームがすでに出来上がっていた。
3Dほどの迫力ではないが、シューティングゲームで、地上攻撃ができる、
「空対地ミサイル」
が搭載されたマシンを、コントローラーで操作できるゲームができたのはビックリだった。
実は正直に言えば、もっとビックリしたのは、陸上競技のゲームで、オリンピックのゲームだったが、コントローラを駆使できると、まるで3Dに匹敵するような動きになるのが見えてくると、本当にすごいゲームだということが分かってきたのだった。
これは、後から発覚したというか、暴露されたことであり、それこそ、
「その会社の、最初からの計算ではなかったか?」
と、言われたほどのあざとさだったが、タイミング的にちょうどよかったのか、それらの真新しいゲームを画策したのは、実は、今回誘拐された社長の祖父が設立した会社だという。
なぜそんなあざといことをしたのかというと、当時は出始めで、そんな頃に暴露しても、混乱に打ち消されてしまうのがオチだった。
しかし、少し落ち着いてきて、さらに、まだ伸びしろを残しているような業界であれば、いいタイミングで分かってしまえば、注目を浴びるのは、必死だった。
しかし、さらに、それを自分たちで演出するというよりも、第三者によって発見されたというよりの、
「すっぱ抜かれた」
あるいは、
「暴露された」
と言った方が、最初から言わなかった会社は、
「実に謙虚な会社ではないか?」
ということになり、その評価はうなぎのぼりになるだろう。
しかも、まだ成長過程にある産業であれば、まだまだここから乗り出しても、十分に爆発的な売り上げが見込めるという、実にうまく計算されていたのだ。
確かに最初のブームの火付け役は、格好としては確かにいいものだが、実を取るのであれば、
「ブームというのは、すたれ始めると早い」
と言われる通り、出てくる時も早かったが、萎んでいく時はあっという間だ。
しかし、発展途上で、彗星のように現れた企業が、あっと驚くような開発をしていたとなれば、下火になりかかっている企業をしり目に、今度は自分たちの一人勝ちになるというもので、その目論見は見事に嵌った。
しかも、その後に出てくる。パソコンや、ポケベル(あっという間にブームは過ぎたが)さらに、携帯電話から、スマホに至る、この切れ目ないブームとその業界の伸びを考えると、地元だけでの知名度というのは、
「実は、もっと裏に何か考えがあるのではないか?」
と、勘ぐってしまいそうなほどであった。
「能ある鷹は爪を隠す」
というが、まさにその通りだろう。
それも、これも、何と言っても、先を見る目、先見の明があったからに違いない。そんな会社の社長が誘拐されたというのは、ゾッとするほどの大事件ということであろう。
誘拐事件があったというだけで、すでにその気はあったが。社長の名前を聞いた瞬間、ただでは済まないことは、誰にも承知のことであった。
ただ、
「優良会社だと思われていた、有名社長が誘拐されたということになると、ちょっとした問題では済まない」
ということだ。
それを、犯人側は、身代金を受けとるには、警察や世間の目を欺いた形で、密かに行った方が、成功率も高いことだろう。しかも、実際に受け取る身代金をいくらにしたのか分からないが、誘拐には相当なリスクと、時間と経費が掛かるはずだ。それを覚悟で行うのだから、よほどの成功に対する自信を持っているか、あるいは、犯人側に、何か他の目的があるのかということである。
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次