墓場まで持っていきたい思い
「とにかく、国や自治体が問題を起こすというのは、単純な事務処理ミスというのが多いんだよ。再犯防止と言いながら、同じようなミスを繰り返す。実際に、結構ニュースになっているから、皆、またかと思っているんだろうが、あれだって、しょせんは、氷山の一角にしか過ぎないのさ。実際に起こっている事件は、結構あって、それをどう処理するかということも大変だったりするのさ」
というではないか。
「そうなんですね、あれだけあるので、それ以上はないのかっておもっていましたけど」
というと、
「本当に細かいことあ、マスゴミだって、何も騒ぎはしないさ」
というのを聞いて一瞬違和感を感じた。
「マスゴミですか?」
と聞くと、
「ああ、マスゴミ さ、あいつらは、下手をすれば政府よりひどいかも知れない。ニュースが話題になるように、インタビューだって、切り抜いて報道したり、ニュースだってかなり誇張したり、私見をかなり入れてきたりするからね、何が真実なのか、分かったものじゃない。まるで。依頼者の利益が正義よりも優先する、弁護士のようじゃないか?」
と、男は言った。
なるほど、この男は、いろいろ文句を言っているが、ちゃんと理屈が分かっていて、文句を言っているんだということは分かった。
そういう意味では、耳障りは正直よくはないが、
「しっかりと聞いてみたい」
という気持ちにさせるに十分な気がした。
彼が、
「マスゴミ」
と言いたい気持ちは、福岡にもよく分かった。
刑事などをしていると、事件について、新聞やニュースなどを見ていると、
「明らかに、インタビューなど、都合のいい人間や、その場所だけを切り取って取材を編集しているな」
ということが分かる。
「要するに、マスゴミというのは、そういう姑息なことができる連中で、しかも、それを悪いことだと認識せずにできるだけの気持ちを持った人間でないと、やっていけない」
というものなのかも知れない。
そんなことを考えると、福岡は自分が刑事であることに、ある程度の誇りを持っているつもりであったが、
「人によっては、まったく違う見方だってするんだよな」
と思うのだった。
確かに、好きなことを好きなようにできないという苛立ちは警察に入ってから感じていた。
「縄張り意識」
であったり、
「縦割り社会」
などというのは、今に始まったことではない。
考えてみれば、警察というのは、公務員ではないか。
しかも、官僚にはありがちの、学歴社会でもある、警察学校でも、高等な学校を卒業していれば、
「キャリア組」
として、研修の後、配属された時、すでに、
「警部補」
という地位からである。
つまり、普通に警察官になった人間は、最初は巡査から始まり、交番勤務を経てから、刑事などになる場合もあるが、キャリア組はそのあたりをすっ飛ばして、いきなり警部補である。
すでに捜査権を与えられるという身分であり、一般の会社であれば、
「新入社員が研修終了後に、いきなり課長のポストを与えられるようなものだ」
つまり、それだけキャリアというのは、すごいものであって、一般の警察官がどんなに出世をしても、警視あたりの、警察署長あたりがいいところであろう。
ということは、それ以上の階級となると、キャリア組しかいないということになるのである。
そう考えると、警察官を始めとする官僚は、入署とともに、すでに未来は決まっているというところであろうか?
そんなことを考えていると、仕事をするのが嫌になる時もある。しかも、所轄の刑事ともなると、県警を挙げての捜査ともなれば、県警本部からやってきた人たちの奴隷扱いだ。
運転手をさせられたり、表の警備に回されたりと、まるで、制服警官の頃に戻ったような嫌な気分にさせられることだろう。
しかも地道に捜査してきたことも、
「情報共有」
などという言葉につられて、最期には、せっかく自分たちで収集してきた貴重な情報まで吸い取られ、挙句の果てに、キャリア組の、
「手柄」
にされてしまいかねないのだ。
老練の刑事などは、地元の人たちに信任を受けていて、
「あの刑事ならあてになる」
ということで、情報を流してもらって、自分の仕事に役立てていたのに、パッとやってきた県警本部のキャリア組に、そんな苦労が分かるはずもなく、
「使えるものは親でも使え」
とばかりに、勝手に自分たちの好きなようにされてしまうのだった。
そのせいで、それまで積み重ねてきた信用を失ってしまったりと、所轄の刑事にとっては、踏んだり蹴ったりであった。
もっとも、キャリア組はキャリア組で大変なのかも知れない。
何があっても、成果を出さないと、キャリア組の中でも落ちこぼれ扱いされ、さらに、ここまでうまくやってきた人が、ちょっとした人情などに流されて、ヘマをしてしまうと、
「せっかくのキャリアにクズが付く」
ということで、これまでの苦労が水泡に帰すということになってしまうのだ。
それを、上司から言われると、若いキャリア組は逆らえない。
「所轄の刑事など、踏み台にしたって、それは、キャリアじゃない、あいつらが悪いんだ」
と言わんばかりである。
そんな状況を鑑みると、そもそもの警察組織の縦割りが、いかに悪いということなのかが、分かるというものである。
30年くらい前にあったトレンディドラマが流行った時代の刑事ドラマでは、そんなキャリア組と、ノンキャリアとの間の確執が、話題になったりした。
「警察で、自分のしたいことをするには、出世するしかない」
であったり、
「キャリアでも、たった一度の失態が、命取りになってしまう」
などと言った、キャリアはキャリアなりの苦悩があったりと、そんな刑事ドラマが流行り出した。
それまではというと、一人の刑事が主人公で、彼のまわりの刑事たちと、事件を解決していくうえでのキーワードに、
「熱血」
というものが付いたりした。
いわゆる、
「熱血刑事ドラマ」
である。
かと思えば、カーチェイスであったり、アクションが中心となった、いわゆる、
「ハードボイルド」
なドラマが注目された。
爆破シーンであったり、狙撃シーン、まるで自衛隊のような、迷彩服に、装甲車に、ライフルと言った、レンジャー部隊のような連中が出てくることもある。
そうなると、普通の刑事ドラマではなく、完全に犯罪も組織化されたもので、
「そんな犯罪が、帝都であったり、横浜で起こったら、一体どうなるか?」
と言わんばかりのものではないだろうか?
実際に、そんな昭和の刑事ドラマをなかなか見たことはなかったが、それが平成になると、今度は、警察組織内部を切り込むような作品が多くなった。何がどう影響したのか分からないが、そんな内容のもので、果たして、
「警察官になりたい」
などという人がいるだろうか?
昔だったら、本当に単純に、
「警察官になれば、国家権力を使って、合法に悪をやっつけることができる」
と、子供の頃は感じたことだろう。
そういう意味で、小学生に聞いた、
「なりたい職業」
という中に、警察官も含まれていたかも知れない。
ただ、その裏返しとして、
「危険が孕む職業」
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次