墓場まで持っていきたい思い
「それは分かりませんが、女房が最近、父である会長に、近づいているのは分かりました。でも、それは、父が息子の嫁を横恋慕したとかいうそういうものではないんです。女房が何かを探っているのが分かったんですよ。女房は私がそのことに気づいているのを知っていました。知っていて、何も言わないんです、私はきっと、女房が何か覚悟しているのではないかと思いました」
とそこまでいうと、少し、社長はきつそうな態度を取った。
それを見て、
「じゃあ、少し話を変えましょうか?」
と春日刑事がいうので、
「これ以上何を変える話があるというのか?」
と感じた福岡刑事だったが、
「清川社長は、昨日、顧問弁護士の犬山さんが、亡くなったのをご存じですか?」
と聞いた。
「いえ、知りません。あの犬山弁護士がですか? 殺されたとかですか?」
と、明らかに今までとは少し違い、前のめりになりながら、聴いてきていたのには、福岡刑事はビックリした。
「ええ、殺されたんです。社長はどうして殺されたと、すぐに感じたんですか?」
と聞くと、
「あの人は、会社のための裏の仕事や、汚れ仕事を一手に引き受けていたので、死んだと聞くと、殺されたと思うのは自然なことだと思います。しかも、私が誘拐されたという事実があったり、それについて、刑事さんは二人も来ているんですから、それくらいのことは勘づきますよ」
と社長は言った。
「さすがに鋭い」
と、福岡刑事は感じた。
「さすがにご明察です。ところで、社長は、犬山弁護士をどう思いますか」
と聞かれて、
「敏腕の弁護士でした。ただ、簡単に殺される人でもないと思っていたんですけどね」
というと、
「あの犬山弁護士というのは、親父の代から、働いてくれていたので、犬山さんの父親の代から、犬山弁護士が引き継いで、10年くらい経つようなんですが、私がまだ、社長になる前の、部長くらいの頃、息子の大山慶一郎氏が、正式に顧問弁護士に就いたんです。それまでは、補佐のようなことをしていたようでしたけど、あの人は、どうも、先代である、父の秘密を知っていたようなんです。だから、犬山弁護士が、父親から今の職を受け継ぐ時、かなりの教育があったようです。この会社の顧問弁護士を引き受けるということは、かなりの覚悟が必要だということだったんでしょうね」
と社長がいうと、
「清川社長は、それをご存じなんですか?」
と聞かれて、
「ええ、知っています。だからこそ、私も今の犬山弁護士には頭が上がらないんですよ。下手をすれば、親父に対してよりも、頭があがらないんですよ」
というではないか。
「じゃあ、社長は、犬山弁護士に対してどのような感情を持っていますか?」
と聞いているのを見て、
「まさか、社長を疑っているのではないだろうか?」
と福岡刑事は一瞬思ったが、そんなことがありえるはずがない。病院を抜け出して人を殺しにいくなど、そんなに簡単なことではない。
いくら、うまく殺せたとしても、まったく返り血を浴びないわけもないだろう。それを考えると、社長には無理だと思えた。
「君は私を疑っているのかね?」
と笑いながら余裕の表情で訊ねた。
「いいえ、いくら私でも、アリバイを確認もせずに、このような話をしませんよ。あなたが、ここを抜け出していないことは、看護婦さんの定期巡回で分かっていますからね。三十分に一度の巡回があるのに、片道車で一時間かかる殺害現場までを往復できるはずはないですからね。殺害するまでに、かかる時間だってあるわけですしね」
と春日刑事は言った。
「どうやら、春日刑事は、この事件の全貌が見えているようですね?」
と社長はいうと、
「ええ」
と答えた。
「でも、よく親父の仕業だと分かりましたね?」
「ええ、会長が自ら、ヒントを与えてくれていましたからね。この誘拐だって、半分は狂言なんでしょう? 計画をしたのは、犬山弁護士ですよね?」
「ええ、そうです、すべては、犬山弁護士殺害計画から始まったんです」
「そうなんでしょうね。この事件は最初から分からないことが多すぎて、ただ、その中のキーポイントで、繋がる何かがあると思ったんです。それが、すべて、犬山弁護士を差している。そんな時、犬山弁護士が殺されたとなり、その前奏曲となるものが、あなたの誘拐でした。しかし、誘拐と言いながら、身代金の要求もなく、あなたは解放された」
と春日刑事がいうと、
「ええ、そうなんです。これが、躓きだったんです。犬山弁護士が、頭がよすぎて、この誘拐が狂言であるのは、自分を殺害するための計画の第一段階ではないかと疑い始めたんです。私は最初から、犬山弁護士を疑っていましたので、最初から、その裏を考えていました。屈強な連中を雇って、いざとなれば、強行に出るということですね」
「なるほど、それが今回の殺人だったんですね? やり方はプロの犯行だと思ったんですが、どうにもやり方がお粗末すぎる。女の部屋で女が行方不明ということにすれば、確かに犬山弁護士が、不倫か何かをしていて、愛人でも囲っているのではないか? と思わせるんでしょうが、犬山弁護士に限ってあまりにもずさんですよね。このギャップが私には、おかしい気がしたんです。ひょっとすると、あの部屋を借りていた女というのは、奥さんだったんですか?」
「いえ、あいびきをしていたのは、奥さんだったんですが、借りていたのは、別の女性でした。名前だけ借りて、契約の時だけ、お願いしたんです」
というではないか。
「でも、どうして、犬山弁護士を殺す必要があったんですか?」
と、今度は、福岡刑事が口を挟んだ。
もうここまで事件が明るみに出ていれば、黙っている必要もないだろう。
「福岡刑事。どうして私たちが、家族に知らせる前に、二人だけで、ここに事情聴取に来たと思う? この場面では少しおかしいとは思わないかい?」
と言われて、福岡刑事は頷くしかなかった。
「そうなんだ、今回の事件は、握ってしまった秘密を、犬山弁護士が、他の会社に売り飛ばそうとしていることが、偶然分かったんでしょう? あの人が、簡単にボロを出すわけはないので、彼が信頼していた相手に裏切られたりなんかしたんじゃないかな?」
と春日刑事がいうと、
「何でもお見通しなんですね、その通りです。あの弁護士は、どうしても、弁護士としての職をまっとうしようという思いがあるから、ワルになりきれないんでしょうね。しょせん、悪党ぶっても、弁護士の血が、争えない、そういう意味で、彼は父親を憎んでいたんでしょうね。ひょっとすると、それが、彼の命取りだったのかも知れない。だから、我々にあの人の計画がバレてしまったんですよ。そういう意味では彼も悪になりきれなかったんですね」
というではないか、
「ところで秘密って何なんですか?」
と福岡刑事がいうので、
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次