墓場まで持っていきたい思い
「ところで、今回の事件、どう思います? 表に出てきていることだけを虫食い状態ですけど、それでもつなぎ合わせようとすると、どうも辻褄が合わない気がするんですよ」
と、福岡刑事が言った。
「ええ、そうですね。私もそれは思いました。分からないことが多いのは、どの事件でも同じで、最初から分かっていれば、苦労はしませんよね? でも、今度の事件は、何か都合のいいところで虫が食っているような気がして、もし、ここから先、捜査で分かってくることをつなぎ合わせると、まったく違う結論が導き出されるような気がするんですよ。だから、そのつもりで捜査をしないといけないと思っています」
と、春日刑事が言った。
「そうですね。私も同じことを考えています。そもそも、誘拐をしておいて、身代金の要求をすることもなく、被害者を返すなんて、まるで、狂言誘拐ではないかとまで考えてしまうほどなんですよ」
と、福岡刑事がいうと、
「そうなんですよ。まったくそう。ただ、私が一つ気になっているのは、会長が、話したという話なんですけどね。昭和の頃にあった、詐欺事件の被害者の会の会長のようなことをしていたって言っていたでしょう? どうして今頃そんな話になるんでしょうね? もう30年以上も前の話でしょう? そんな遥か彼方の昔の話。今回の誘拐事件に関係があるとは思えないんですよ。何と言っても、その頃、誘拐された社長は、まだ、中学生くらいの頃のことでしょう?」
と、春日刑事は言った。
「確かに、そこには私も違和感を感じましたが、でも、この事件が何も分かっていない誘拐だったこともあって、一つでも情報提供があればと思って、そこは、ほとんど気にしてませんでしたね」
と、福岡刑事は言った。
「渡曽も当事者だったら、そうかも知れないですが、何かおかしいというくらいのことは気にかけていると思うんですよ。まったく何も感じませんでしたか・」
と言われた福岡刑事は、
「ええ、まったくというと語弊がありますが、疑ってという感覚ではなかったですね。きっと、会長も気が動転していて、何でも情報になるのだったらということで話してくれたんだって思いますた」
という。
「なるほど。ということは、ひょっとすると、清川会長という人は、ある意味、人を食ったところのある性格なのかも知れませんね。私は会長に会う前でに話を聞いたので、明らかに何かがおかしいと思ったんですが、福岡刑事は、直接聞いてもおかしいと思わなかったということは、社長が意識的にか無意識にであろうか、福岡刑事に暗示をかけてるのではないでしょうか?」
という春日刑事に、
「無意識でも、意識的にもどちらもですか?」
と聞かれた福岡刑事は、そう聞き直した。
「ええ、どちらもですね。会長くらいになると、意識的にも無意識にでも、結果が同じになるような発言ができる人なんだろうと思うんですよ。だから、意識的なのか、無意識なのか、そこはまずは問題ではなく、相手がその通りだったとすれば、そこから先が意識的なのか無意識だったのかということに進んでいくんですよ。つまり、一つ一つ段階を踏んでいかないと、話の辻褄が合わなくなってくるということだと思うんですよね」
と、春日刑事は言った。
「さすが、いつも事件を抱えていて、絶えず臨戦態勢に入っている酒殿署の考えは、自分たちのような、たまにしか事件らしい事件が発生しない署とは、事件に対しての立ち向かい方が違っているのだろう?」
と感じるのだった。
「確かにそうですね。この事件は、一筋縄ではいかないのかも知れないですね」
と福岡刑事がいうと、痕は、頭を抱えるように、春日刑事が口を開いた。
「それともう一つ気になるのが、犬山弁護士が殺されている部屋の住人なんだけど、女性だというではないか。というと、普通に考えれば、犬山弁護士の愛人だったのでは? と考えるよね? 福岡刑事は、犬山弁護士と面識があるんだから、どうだね? あの弁護士が愛人を持っているように思うかい?」
と聞かれて、
「うーん、そうですね、人は見かけによらないと言いますから、何とも言えないですが、私には。愛人を持っているようには見えませんでしたね。それに、あんなに簡単に、背中から刺されたというのも、疑問に感じます。よほど信頼していた相手だったのか、相手が、それほど弁護士を騙せるほどのしたたかな女だったのかですね」
と福岡刑事がいうと、
「そうなんですよね。それに、私はその現場を見たんですが、ほとんど返り血も浴びないほどの殺傷だったんです。ひょっとすると、即死状態ではなかったかというほどのね。実際に鑑識も即死だっただろうということでしたが、そもそも、そこまでの犯行を、か弱い一人の女にできるかということですよ。普通の男性でもかなりの力がないとできないことではないかと思うので、あの場所に他の人がいたのか、それとも、女の部屋に女がいたのではなく、男同志だったのかということ、飛躍した考えに立てば、他で殺して、死体を動かしたのではないかとも考えられたんですが、鑑識の話では、死体を動かしたという形跡はなく、その可能性は限りなくゼロに近いということでした」
と、春日刑事は話した。
「なるほど、そうなってくると、事件の全貌が見えてこないですね。見えてきたと思うと、今度は今まで見えていた部分が見えなかったりして、きっと、一つのことに思い込みを強めると、犯人の罠に引っかかってしまいそうな気がするくらいですね」
というのだった。
それを聞いた春日刑事は、
「ほう、福岡刑事というのは、思ったよりも鋭いものを持っているような気がするな。どうやら、自分と似た目を持っているに違いない。ただ、同じであると、それ以上の進展はないので、こちらが、少し違った目で見るようにしてみようかな?」
と考えるようになった。
実はこの考え方は間違っているわけではなく、春日刑事のこの考え方が、今後の事件の解決へと導くことになるので、ある意味、福岡刑事と春日刑事というのは、
「名コンビではないか?」
と言われることになるかも知れないという、予感めいたものがあった春日刑事だった。
ただ、一つ言えることは、
「あまりにも、まだ事件の真相に辿り着くほどの情報が少なすぎる」
ということであった。
それを福岡刑事に話すと。
「そうなんですよ、私が思っているのは、どうして、誘拐しておいて、身代金の要求もせずに返してきたかということなんですよ。何か犯人グループの中で、問題が生じて、被害者が逃げられるようになったのか? という考えも出てきたりするくらいなんですよ。まるで、推理小説を読んでいるかのようですよね・」
と、福岡刑事は笑いながら、そういった。
「まあ、そうですね。でも、その発想、奇抜ではあるけど、一理得ているかも知れないですね。確かに、犯人グループの中で、何か問題が起こったとも考えらえる。ただ、逆に、返すことで、犯人グループの中のメリットがあると発見したのかも知れない。かなり歪な発想になりますけどね」
と春日刑事が言った。
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次