墓場まで持っていきたい思い
それを思うと、あることないことを報道されないとも限らない。
門松署も、酒殿署の方でも、分かっていることを上に報告せず。勝手に動いたという形にでもなれば、世間からの非難も避けられないに違いない。
とりあえず、まずは、門松署として、死体発見の捜査と、発見された清川社長のことを、門松署と、清川家に話して、詫びを入れ化ければならなかった。
清川家の方は、記憶を失っているとはいえ、生きて生還できたことを素直に喜んでいた。入院も余儀なくされているということも、承知の上で、医者にその一切を任せることを一任していたのだ。
門松署に対しても、彼らとしても、誘拐事件をいくら、被害者の命が最優先だと言っても、隠しての捜査を行ったのだから、何らかの処分はあるだろうが、とりあえず、
「事なきを得た」
ということで、誘拐の方も、何もしたわけではないが、謎の解放ではあったが、無事ということで、胸を撫で下ろしたということになるだろう。
そうなると、殺人事件ということもあって、乗り掛かった舟という意味もあって、門松署と、酒殿署の合同捜査となった。
「この事件は事実上の発端は、誘拐事件から始まるだろう」
ということから、今度は分かっていることの情報提供は行われることになるだろう。
捜査本部は、死体が発見された酒殿署に置かれることになる。そして、主導権も酒殿署。門松署は協力という形になった。
誘拐事件を、世間に公開するかどうかということが最大の問題となっていたが、
「とりあえずは、被害者も記憶を一部失っているとはいえ、無事に帰ってきているということもあって、誘拐事件としての捜査は、ここで打ち切りということになるが、今回の問題の殺人事件に対して、問題になるようであれば、門松署の諸君たちからも、なるべく情報提供をしてもらえるよう、願いたい」
ということであった。
「はい」
と門松署の方でもそうは言ったが、正直事件に関しては何も分かっていない。
実際に、脅迫があったわけでも、身代金の要求があったわけでもなく、
「事件は、これからだ」
というところで、思わぬ膠着状態に入り。誘拐されたはずの人間は、いつの間にか記憶を失った状態で発見され、善後策のすべてを一任していた、顧問弁護士の犬山弁護士が殺害されてしまったという事実と、まったく想像もしていなかった、大きく横道に逸れてしまった状況を、
「いかに考えればいいか?」
と、半分混乱していた。
それは、酒殿署の方も同じで、捜査もやりにくくなりそうだと、少し気になるところであった。
さすがに、誘拐事件のあらましも、酒殿署の方に、伝えられた。ただ、それも、時系列で分かっていることだけが伝えられただけで、
「ひょっとすると、表に出ていないこともあるかも知れません」
と、門松署の福岡刑事からは言われた。
その理由について、
「どうも、清川家の方で、少し不安に思っているらしいんですよ。誘拐事件という、神経をすり減らすような事件が起こって、しかも、社長が、こちらが何もしていないのに、いきなり発見された。そして、その時の記憶が、都合よく消えている。
弁護士としても、
「何がどうなっているのか、分からない」
という。
しかも、何と言っても、それらを全幅の信頼で一任していた、肝心の顧問弁護士が、何者かに殺されてしまった。
それだけの事実があれば、それは、訳が分からなくなっても当然というものだ。
そして、清川家の会長がいうには、
「すべての対応は、弁護士に任せていたので、すべての内容は彼が握っていた。だから、ひょっとすると我々の知らないことも知っていたかも知れない。時期がくれば、キチンと話そうと思っているようなことをね。それは弁護士であれば、当然のことだと思うんです。現に、息子が見つかったことは話してくれたが、記憶を半分失っているということまでは、少しの間黙っていたという経緯もある。だから、我々も怖いんですよ。それだけ案でも知っていた弁護士が、我々から見れば、万能のヒーローのような人が、簡単に殺されてしまったということは、何か我々の想像を絶するような人たちが背後にいて、何をするか和歌ならない、弁護士だって殺されているわけでしょう? そう思うと、恐ろしくて、とにかく混乱しているところです」
と、言った。
「なるほど、それはよく分かります。ただ、我々警察としても、今言われたように、情報を弁護士が握っているとすれば、今のところ、捜査するにも情報が少なすぎるんですよ。だから、もし、何か、ちょっとでも気になることがあれば、遠慮なく話してほしいと思っているんですよ。我々は、何としても事件の解決を目指したい。社長も今は、無事に病院にいるようですが、犯人たちが何を思って、社長を解放したのかも、よく分かっていませんよね? ひょっとしたら、やつらの犯行計画は、まだ途中なのかも知れない。それに、弁護士の殺害だって、今回の誘拐に関係のないことなのかも知れない。そう思うと、訳の分からない団体がもう一つ出てきたということになります。そうなると、一つ一つ解決して明るみにしていかないと、一つの事件を解決しても、それで終わりかどうかも分からないわけです。それには、事件の全貌を知る必要があるということです」
と、福岡刑事は言った。
そばには、春日刑事もいて、その話を聞きながら、頷いていた。だが、春日刑事の頭の中では、
「これ以上、話を聞こうとしても、本当に知らないんじゃないだろうか?」
という思いがあった。
福岡刑事も、同じ思いのようで、あまりにも分からないことが多いことから、清川家の方でも事件の全貌が分かっていないというのも、当然なのだろうと思うのだった。
福岡刑事もさすがに、会長の話を聞くと、これ以上、追い詰めることは危険であると判断したのか、一応、前述のような警察の立場を、形式的に話しておいた。
「会長クラスの人物であれば、立場だけでも話しておけば、何か違う考えに立つかも知れない」
と考えるだろうと思ったのだ。
その日は、とりあえず、清川家と話をして、事件の経過を分かっているだけ話をしただけにとどめた。
何しろ、
「どこまで知っているのか、あの弁護士がすべての指揮を執っていたのだから、清川家の人間に聞いても無駄である」
ということは分かり切っていることだった。
二人は、清川家を出てから、
「少し話しませんか?」
という、福岡刑事の誘いで、食事をしながら話をすることにした。
春日刑事も、事件のあらましは、捜査本部で聞いてはいたが、形式的なことでしかないだろうから、実際の刑事に意見を聞いてみたかったのだ。一種の意見交換会のようなものである。
二人は、福岡刑事が連れていってくれた飲み屋に入った。
「この店であれば、捜査の話をしても、別に問題はないですよ。オフレコのことであれば、問題だけど、自分の意見であったり、分かっていることであれば、大丈夫です」
ということだった。
春日刑事も、自分で似たような店を持っていることから、
「はい、分かりました」
と答えたが、意外と自分で飲み屋を使い分けている刑事というのは、結構いるものだと感じたのだ。
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次