墓場まで持っていきたい思い
「ああ、殺人事件か?」
ということで、いつものように、春日刑事は、今まで気にしていた清川社長のことをいったん頭から離して、普段の仕事モードに頭を戻したのだった。
現場に到着し、マンションの部屋に入ると、そこは、明らかに女性の一人暮らしの部屋であった。部屋は、ピンク系統のものが多く、明らかに、20代、それも前半の女性の部屋に思えてしかたがない。そんな部屋が殺人現場というのも、何とも言えない気がする。このピンクが真っ赤な鮮血に染まっているのかと思うと、ゾッとするのだった。
すでに、初動の警官は入っていて、ロープが張られたりして、現場の保存はしっかりできていて、その分、
「いかにも犯行現場」
という雰囲気で溢れていた。
犯行現場に入ると、すでに刑事が数人来ていて、部屋に入ると、リビングでうつ伏せで倒れている男性が見せた。
背中からナイフで刺されているようで、背中に刺さったままのナイフが痛い隊しかった。ただ、犯行現場としては、そこまで荒れているわけではない。争った跡はないということだ。
「ナイフのこの刺さり方で、そんなに血が飛び散っていないということは、結構、慣れている人間の仕業ということかな?」
と、春日刑事が聞くと、近くにいた鑑識が、
「ええ、そういうことでしょうね。しっかりした角度で突き刺せば、身体の深くまでナイフが刺さることになる、これくらいに奥深くまで突き刺さっていると、身体の硬直と、ナイフの間に隙間がなくて、反発がなく、却って、深く身体にめり込んでくるようになるので、血が噴き出すことはないということだね。確実に相手を殺せるだけのテクニックを擁しているということと、狂気のナイフは、この部屋の台所にあったものではないということから、この男性は明らかに、力が強くて、しっかりと相手を殺せるだけの力を持っているということでしょうね」
というのだった。
「ところで、この部屋は誰の部屋なんですか?」
と聞くと、
「この部屋には、深川あいりという女性が住んでいます。職業はキャバクラ嬢ということで、源氏名は、みきというそうです」
ともう一人の刑事が言った。
もう一人の刑事は、中川刑事という。
「よく、この短時間でそこまで分かったな?」
と言われた、中川刑事は、
「ええ、この事件の第一発見者が、この部屋の同僚の女の子で、そこまでは、話してくれました」
というではないか。
「どうやって発見したんだい?」
と聞かれた中川刑事は、
「二人は、大の仲良しということで、ちょうど、体調の周期が同じだったということで、二人は一緒に一週間のお休みを貰って、今日から、温泉旅行にいく手筈になっていたそうなんです。本当は昨日から、泊まり込んでいきたかったそうなんですが、昨夜は、みきちゃんの方で、何か用事があったようで、今朝、早くてもいいからということで、この時間に来たんだそうです。夜中にやってくることは珍しくもないので、別に問題なかったんです。よほど信用されていたのか、合鍵も持っていたということですね。それで彼女は今朝の4時にやってきて、返事がなかったので、寝てるのかなと思い、合鍵を使っていつものように入ってくると、リビングでこの男が死んでいたということでした」
という。
「彼女は、今は?」
「無効の部屋で、桜井刑事に事情を聴かれています」
というのだった。
「ところで、この部屋の住人はどうなったんだい?」
「どうやら、行方不明のようで、電話を掛けても電話には出ないし、メッセージを送っても、既読にすらならないということでした」
普通に考えれば、この男を殺して、逃亡していると見るべきなのかと、春日刑事は考えていたが、
「ところで、被害者の身元は分かったんですか?」
と聞くと、
「今、調べているところです」
ということで、春日刑事は、殺害現場に戻って、今度はもう一度ゆっくりと殺害された男の顔を覗き込んだ。
さっき見た時は、少し白目を剥いているその断末魔の表情と、まさか、知っている人間がそんなところで横たわっているなど、想像もしていなかったので、考えもしなかったが、そこに倒れている男をじっくりと見ると、
「あれ? この男は?」
と言って、もっとよく見ようとした春日刑事に、
「どうしました? 知っている人なんですか?」
と、中川刑事が声を掛けると、
「この男性は、弁護士の犬山さんではないかな?」
というではないか。
「弁護士? 弁護士が女の、しかもキャバクラ嬢の部屋で殺されているというのも、おかしな組み合わせですね。依頼人か何かなのか、それとも、弁護士の愛人か何か?」
と、中川刑事がいうと、
「愛人というのは、どうなんだろうね? 弁護士が愛人を持てるほど、儲かるものなのか、そして、彼女もキャバクラ嬢をしているのなら、それほど金銭に困っているということなのだろうか?」
と春日刑事は言った。
「まあ、人それぞれなので、一概には言えないけど、だけど、このマンションは、それなりに高級なところではないですか? パトロンがいたとしても、不思議はないかも知れない」
と、中川刑事がいうと、
「じゃあ、愛憎のもつれか何かが動機ということでしょうか? 男を殺して、女が逃げているということになるのかな?」
と春日刑事が聞くと、
「単純にそうだとは言えないと思うんですよね。これだけ、しっかりと殺せるのは、プロとまでは言わなくても、女性の力でできるものなのかって思うんですよ」
と、中川刑事は言った。
確かに、中川刑事の言っていることも間違っていないし、自分もむしろ、その考え方の方が、捜査を進めるうえで、正しいと思うのだが、何か釈然としない。
一つは、二人の関係である。
女の方とは会ったことがないので分からないが、殺害された弁護士とは、実際にこの間遭っている。別にどこがおかしいという雰囲気でもなく、ただ、彼と話をしていると、想像していたような、敏腕弁護士の匂いがプンプンしてきた。
敏腕だからと言って、愛人を作ったり、キャバクラ嬢と付き合ったりしないとは言い切れないが、
「犬山弁護士には、何か一本筋が通った何かを感じる」
と思ったのだが、話を聞いてみると、父親も弁護士で、清川コーポレーションとは、二代に渡って、雇われていて、敏腕であり、筋が通っているように思えたのは、父親からの遺伝のように思えたのだった。
そして、もう一つ引っかかっているのは、どうしても、清川コーポレーションのことだった。
どこか誘拐事件の匂いを感じながら、どうしても表に出てこない。もちろん、誘拐されたと思っている清川社長が発見されたことを知らない、被害者側と門松署の刑事課の方は、いまだに誘拐事件で、頭が回っていないことだろう。
だが、急転直下と言えばいいのか、これまで、
「司令塔」
として、裏で指揮を執っていた犬山弁護士が、まさかこんな姿で発見されるとは思ってもいなかっただろうから、ショックは大きいかも知れない。
だが、弁護士が殺されてしまった以上、いくら記憶を失っていると言っても、このまま社長を隠しておくわけにはいかない。かといって、この訳が分からない一連の謎めいた事件に、マスゴミは殺到するかも知れない。
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次