小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

墓場まで持っていきたい思い

INDEX|19ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

 幸いなことに、ブースのスペースも十分に作られているので、満室になるということも、めったになかった。この日も半分以上が空室になっていて、どうやら、これが普段の姿なのだろうと、春日刑事は感じていた。
 コーヒーを注文すると、カギがかかるようになっていて、ウエイトレスが出ていくと、さっそく弁護士の方が話しかけてきた。どうやら、この話に前のめりなのは、弁護士の方であって、春日刑事は、
「ここまで前のめりになるということは、やっぱり何かあったんだな?」
 と、最初の勘がほぼ当たっていることが証明された気がした。
 春日刑事の方では、
「社長が見つかって、無事にいるんだけど、少し体調を崩されているので大事を取って、入院させている」
 ということだけを話していた。
 要するに詳しいことは、何も犬山弁護士は知らないはずであった。だからこそ、前のめりになるのは、当然のことであろうが、とりあえず無事だということさえ分かれば、
「何かの事件に巻き込まれたかも知れない」
 と思ったとしても、一安心なはずなので、前のめりになることはないだろう。
 ということは、やはり想像していた通り、事件性があることに、社長は首を突っ込んでしまっていると言えるのではないだろうか。
 もし、そうだとすれば、相手は弁護士だとはいえ、簡単に返すわけにはいかない。もちろん、事情を聴く必要があるのだが、肝心の本人の記憶が飛んでいるのであれば、どうしようもない。
 一応、医者に、
「まさかとは思いますが、自分で意識して記憶喪失になるなんてことできるんでしょうか?」
 と訊ねてみたが、
「できる人もいるでしょうが、普通の人では無理です。それなりに能力を持った人間が行うか、それとも、催眠術でその力を覚醒することができる人がいれば、その人の手によって、記憶喪失にさせることも可能でしょうが、これには、いくつかの偶然であったりパターンが必要になるでしょうから、急にできるというものではないでしょうね」
 ということであった。
「じゃあ、この人が記憶を失ったのは、ショックを受けたことで、心を閉ざしてしまう場合や、他人からの圧力で記憶を失う場合があるということでしたが、前者の方が圧倒的に強い可能性を孕んでいるということでしょうか?」
 と医者に聞くと、
「それは、当然そうだと思いますよ。ただ、前者だって、まったくのゼロというわけではない。限りなくゼロには近いですがね。ただ、後者の方だって、かなり無理のあることでもありますよ。どちらにしても、何かの組織が働いていないとできることではないので、事件性という意味では大きいのではないでしょうか?」
 ということであった。
 そんな話をまず、医者としてきているので、弁護士ともそれを踏まえたうえでの話になる。
 弁護士は当然、顧問弁護士なので、すべてのことを分かっていて、そして、あれこれ指示を出しているのだろう。
 ただ、電話で
「犬山さんが顧問弁護士をされている、清川コーポレーションの社長さんなんですが、実は、今病院に入院されているんですが、ひょっとして、行方不明か何かで、お探しだったでしょうか?」
 と訊ねると、電話口であっても、明らかに動揺しているのが分かった。
「ああ、そうですか、それは助かりました。面会とかできますか?」
 と平静を装いながら、そういったのだ。
 普通であれば、
「どこで、どのように見つかったのか?」
 などということが気になるはずである。それを気にしないということは、やはり行方不明になっていることは分かっているようだった。そして、門松署の人がバタバタしているのを見ると、
「誘拐事件だ」
 と、すぐに分かったのだった。
 だが、公表はしていない。あくまでも極秘捜査を行っているということは、
「人命第一」
 ということであろう。
 誘拐されたのが、有名企業の社長ということになると、もし公開してしまうと、社会的影響も大きい。犯人からの要求なのか、それとも、当事者の判断か? 少なくともこの時点で警察がいるということは、後者の可能性が高いのだった。
「面会は、今のところできないと思っていただいた方がいいですね」
 というと、少し弁護士は怪訝な様子だったが、
「そうですか。お医者様もおられるということですから、安心ですね。申し訳ありませんが、もうしばらくよろしくお願いします」
 と言って、少し話を流そうとしているように見えた。
 だた、よく見ると、指先が震えているのも分かる気がした。微妙なので、刑事の目で疑って見ているから、そんな風に感じるのか、聞きたいことがたくさんあるということが、見え見えだった。
「清川社長は、意識はあるんですが、ちょっとその瞬間の記憶が曖昧なようなんです。なぜ自分が、そこにいるのかということを忘れているようで、ちょっとしたショック状態から、記憶が少し曖昧なようで、医者の話からは、あまりいろいろ聞いてはいけないということだったので、念のために入院をしてもらうことと、あまりお騒がせをしたくないということもあるでしょうから、まずは、弁護士さんに連絡を入れさせてもらいました」
 と、春日刑事が言った。
 それを聞いて、犬山弁護士は、とにかく一安心という感じだった。
 それは、
「誘拐されていた」
 ということを裏付けているようなものだが、安全が図られたことで、春日刑事には話してもいいとは思ったが、きっと、門松署に依頼している関係で、管轄外の春日刑事に先に情報を流すというのは、まずいと思ったのだろう。
 彼ら弁護士は、必要以上に警察を敵に回すことはしたくないはずだ。ただでさえ、弁護士と警察官というと、犬猿の仲と言ってもいいくらいなので、何もないところで、余計な確執を植え込む必要はないだろう。
 ただ、これで、春日刑事としても、この事件が、元々誘拐事件から始まり、犬山弁護士が、いろいろ指示を出しているのだろうということが分かったのだった。
 春日刑事が気になったのは、
「一体、犯人の目的は何だったのだろう?」
 ということであった。
 先日の清川邸の様子を見ている限り、犯人とのファーストコンタクトはまだのように感じられた。
 まだ、これからいろいろな危機を運び込んでいるのが分かったからだが、そもそも、警察がいつの段階で、どのようにして介入することになったのかということを、酒殿署の方では分かっていない。
 酒殿署は、最近、いろいろな事件が多発しているわりに、門松署の方では、さほど事件らしい事件はなかったのを把握しているので、今回のような事件は、いきなり出てきた大きな事件であったのは間違いない。
 それだけに、少し浮足立っているのも確かであろう。
 なるべく今回の事件を、大っぴらにしたくなかったのは、被害者の命最優先だということは当たり前のこととして、捜査の進め方に自信がなかったというのも本音だったのかも知れない。
 被害者の家族も、そんな門松署に捜査を依頼しなければいけない状況に、苛立ちを覚えているのかも知れない。それは弁護士であっても同じことであり、今来ている、福岡刑事もどれほどあてになるというのか、気になるところではあったのだ。