墓場まで持っていきたい思い
と言われるやつで、孫がいる一人暮らしの老人をターゲットに、
「事故ってしまって、人にケガをさせた」
だとか、
「仕事でミスって、自分が弁償しなければいけない」
などと言った話を、まるで孫が自分から電話を掛けてきたかのように、
「オレオレ」
と言って、老人を騙すやり方をするので、
「オレオレ詐欺」
というのだが、時代は変わっても、老人の孫可愛さであったり、寂しさに付け込むというのは、詐欺として狙われやすいものである。
孫が困っていると言われれば、放っておく老人はまずいないと思い込んでのことだろう。
もっとも、5人のうちの一人が成功したとしても、十分なくらいではないかと思うが、やっていることは犯罪なので、それがバレた時に被る自分たちの損害を考えると、そこまで犯罪に対して真剣に取り組んでいないのかも知れない。
「今の犯罪は、誰もがやっているような手口で、気軽に、それこそゲーム感覚でやっているのかも知れない」
と思うと、やり切れない気持ちにもなるというものである。
やっていることは、卑劣でえげつない犯罪なのだが、それをやっている連中がゲーム感覚だとすれば、たまったものではない。
「ちょっとした小遣い稼ぎ」
くらいに考えているのだとすれば、言い方は悪いが、昭和の頃の犯罪の方が、もっと真摯に犯罪に向き合っていたという意味で、まだ、
「潔い」
と言ってもいいのではないだろうか?
「ひょっとして、犯罪マニュアルのようなものがあるのかも知れない」
などとも考えたりする。
これは犯罪だけではなく、仕事においてもそうなのだが、例えば、プログラミングなど
昔であれば、それなりの学校を出た人が、専門知識を身に着けて、当然最初の頃は、プログラマーなどは、本当に専門的な勉強をした人しかできなくて、それだけに会社には先輩がいなかっただろう。
そうなると、部署内で教えるということもできず、おのずとコンピュータの開発メーカーが、講座を開いて、そこにプログラマー養成という形で、数日間の研修を受けることになるだろう。
しかも、昔のコンピューターは互換性がないので、メーカーごとに開発環境であったり、それを使うための捜査が難しかったりする。そのため、購入した会社のセミナーや研修を正しく受けなければ、動かない。それだけ、メーカーごとに独自のOSが存在し、今のように、互換性のあるものはなかったのだ。
パソコンが普及し、マウスによるウインドウズのようなOSが出てきてやっと。共通の開発ソフトが生まれてきた。
「データを入力して、伝票を印刷する」
というのも、昔は、いちいちプログラミングをしていた。
それが、ウインドウズなどのOSが出てくると、エクセルやワードのように、打ち込んだものを、印刷用にページ設定さえすれば、いくらでも出せるようになる。
要するに、打ち込んだデータをいかに、保存しておくかということさえクリアできれば、普通の事務員でも、営業社員であっても、簡単に使えこなせる時代になったのだ。
さらに、今はほとんど互換性を気にすることもないので、
「パソコンができるのは、当然である」
という見方をされるようになる。
だから、就職活動において、普通自動車免許と同じくらいに、エクセルとワードができるくらいは、当たり前となってきた。むしろ、
「エクセル、ワードができないような人はいらない」
とまで言われるようになった。
昔は、入力専用の女子社員を雇っていたのだろうが、今では誰もができて当たり前。そんな時代になってきたのだ。
そんなことを考えていると、犯罪が多種多様化してきたのも分からなくもない。前述で示した、
「犯罪マニュアル」
なるものだけではなく、ひょっとすると、陰で、
「犯罪教室」
なるものもあるかも知れない。
それだけ、会社で普通に仕事をする人と同じくらいに、犯罪に加担している人もいるかも知れない。
要するに、パソコンでのちょっとした事務処理に使うプログラムくらいは、エクセルなどで普通にできて当たり前の時代である。専門家でなくても、ちょっとした犯罪ならできるというものだ。
後はノウハウだけの問題で、それを教える教室のようなものがあれば、そこに通う人も多いかも知れない。
「ちょっとした犯罪くらいであれば、たくさんの人が関わって、少しずつ、ほとんど内容に無関係の人間がかかわっているとすれば、それは犯罪者の元締めとしてはいいのかも知れない」
と言えるのではないだろうか。
メリットとしては、
「警察に目をつけられても、階層のようになっていれば、なかなか上には辿りつけない。さらに、底辺でたくさんの人が関わって、底辺での横のつながりは分かっても、そこから上に上って行って。黒幕に辿り着くのは。困難である」
と言えるのではないだろうか?
それだけ、
「犯罪自体はワンパターンなのだが、そんなに難しいことを考えなくても、ちょっとした詐欺くらいはできるのではないか?」
ということである。
警察というのは、科学捜査は出てきたが、それでも、犯罪になかなか追いつけないのが現状ではないだろうか? 上層部が昔の、まるで昭和を引きずっているようで、犯罪に追いついてこない。それに比べれば、犯罪者の方は、どんどん細分化されていき、犯罪が表に出て、やっと警察が捜査に乗り出した時には、犯人グループは、すでに抜けていたとでもいうのだろう。
事件が急転直下したのは、その日のうちのことだった。
犯人からの連絡を根気よく待っていたが、一向に電話がなる気配もないし、連絡が他から入ってくるということもなかった。
「警察に連絡をしたので、警戒しているんでしょうか?」
と、会長がいうと、
「そんなことはないと思います。警察には連絡が行くとこは、やつらにも最初から分かっていたことでしょう。何しろ、絶対に言わなければいけない、警察には言うなという言葉を一言も言わなかったんですからね」
というと、刑事がその横から、
「でも、どうして、そう断言できるんですか? 犯人だって人間です。ムカついてしまうと何をするか分からないし、緊張していると、言わなければいけないことを、ついつい言いそびれてしまうことだって、あるんじゃないですか?」
というのだった。
「それはそうかも知れませんが、相手は落ち着いていたんでしょう?」
と刑事が訊ねると、
「ええ、それは確かに落ち着いていましたけど、やっぱり、警察にいうのは、控えた方がよかったんでしょうか?」
というので、
「いや、そんなことはないと思います。とりあえず、連絡がなければ、何もできないので、待っているしかないと思います」
福岡刑事は分かっていた。
連絡がないのは、すでに身代金を必要としなくなった。いや、取ることができなくなった。つまりは、被害者はこの世にいないという考え方だった。
ただ、それはあくまでも、最悪の場合のことで、考えられてもその確率はかなり低いだろう。
まだ、事件は始まったばかりで、一度も脅迫してきたわけではない。今だったら、ただの誘拐で済むだろうから、これが殺人ともなると、何もしていないのに、重大事件になってしまうことを、誘拐を最初に考えるだろうか?
作品名:墓場まで持っていきたい思い 作家名:森本晃次